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27 クライネの練習場へ

 華と虹子は美浜みはま公園に向かうバスの最後部の座席に座っていた。


 弁天島に長居しすぎて、帰りに「深江ふかえ商店」のしらすを買って戻ると、すでに9時を過ぎていた。


 テーブルの座椅子に座りながら華の作ったおにぎりを食べていたつぼみに、虹子は「おはようございます」と短く挨拶だけして準備を急いだ。寝起きのまなこの蕾も「行ってらっしゃ〜い」と笑顔で手を振ってくれた。


 東海道沿いの「馬郡まごおり」と言うバス停から乗車したが、土曜日の朝とあって乗客は数人しかいなかった。虹子は二人席に座ろうとしたが、華が五人まで座れる最後部に行ったので、それに付き従った形だ。


 ちょっと膨れた顔で華を覗き込む。「ん?」と反応する華は合点が行った様子で「あれ、もしかして私と二人席に座りたかった?」と聞いてくる。


 虹子「あ、いや、そんなんじゃ・・・」

 華「だって虹ちゃん、ジュニアの遠征でバスの一番後ろにふんぞり返ってたもん」

 虹子「そうだっけ?」

 華「そうだよ。10年ぐらい日本代表にいるベテラン選手みたいな態度で。男子も遠慮して、一番後ろ虹ちゃんのために空けてたよね」

 虹子「そうだっけ・・・」

 華「うん。こんな感じで」


 中央にどっかり座った華が大股を開いたので、虹子は慌てて周りを見回したが、幸いまばらな客は誰もこっちを見ていなかった。


「ちょっとやめなって」と虹子が嗜めると「うふふ」と笑いながら両足を閉じてくれた。


 バスの乗車時間は最寄りの「西若林にしわかばやし」まで16分ほどだ。華がいる分、東京ヤングシスターズのセレクションと違って心細さは無いし、得体の知れない緊張感も無い。ただ、少しそわそわしていた。


「あの」と虹子は華に話題を振る。


 華「はい。どのようなご用件でしょうか」

 虹子「どこの会社の受付だよ。浜名ウンディーネの公式マスコットって、やっぱりウナギ?」

 華「あはは、違う。波小僧だよ。ドドン」

 虹子「それも違うだろ」

 華「ばれたか。ウンディーネってドイツ語で、水の精霊の意味でしょ」

 虹子「ああ、そうなんだ」

 華「だからマスコットはクラブの愛称と同じディーネ、だよ」


 そう言いながら華はスマホを操作すると、ディーネと思しき水色ベースのマスコットを虹子に見せた。浜名ウンディーネの「Undine」は四大精霊の水を司る精霊を表す。


 フランス語では「オンディーヌ」、英語だと「アンダイン」となるが、異世界者のゲームや小説で登場する水の精霊は「ウンディーネ」と呼ばれることが多く、浜松を拠点とするゲーム企業社長のオーナーが名付けたらしい。


 目的地が近づくに連れて、口数が少なくなっていた華は虹子の膝のあたりをポンポンっと叩いて「楽しもう。期待してるよ相棒」と言ってきたので、虹子は「イエス」と返した。


 虹子「そういえばさ、イエスってドイツ語で何て言うの?」

 華「えっと〜イェーズス・クリストゥス」

 虹子「いや、それキリスト様だろ。そうじゃなくて」

 華「分かってるって」

 虹子「じゃあ何?」

 華「ん〜〜〜出ました。ヤー!」

 虹子「さすがはMOOGLE先生!」


 バスが西若林に到着する前に華が「降ります」ボタンを押した。現在は全国の大抵のバスでも都内と同じICカードを使えるので、非常にスムーズだ。しかし、虹子は4390円あった残額が、運賃機にタッチした瞬間4030円になったのを見逃さなかった。


 360円・・・片道としてはなかなかの出費だ。バスを降りると華がニコニコしながら話しかけてきた・


 華「今、高って顔してたよ」

 虹子「え、まあ・・・」

 華「虹子ってすぐ顔に出るから」

 虹子「えへへ」

 華「私も普段は自転車だから」

 虹子「そうか。今日はあたしがいるから。ごめん」

 華「いいってことよ」


 浜名ウンディーネ・クライネが練習に使用している美浜みはま公園は多目的広場の他に野球場、テニスコート、弓道場などの施設を備えた複合型運動施設だ。


 サッカー場は数年前まで芝だったが、年間を通しての管理が難しく、放っておくとただの原っぱみたいになってしまうため、ハイブリッドの人工芝に張り替えたという。クライネは施設と年間契約しているが、一般の人でも予約すれば使えるという。


「だから前後に使うお客さんから頑張れって言ってもらえて力になる」


 華は虹子にそう教えた。クラブハウスはトップチームの公式戦が行われる「遠州灘えんしゅうなだシーパーク」の近隣にある。美浜公園は更衣室などを備えた本館もあるが、クライネの選手たちは更衣室、用具室、シャワー、トイレなどを収容するプレハブを利用している。


挿絵(By みてみん)


 華と虹子がバス停から歩いてサッカー場に到着すると、一人の女性が待っていたので、虹子は軽く会釈をした。40歳の少し手前ぐらいだろうか。髪をアップにしていて、とても明るい印象を持つ女性だ。華が「こちらクライネのマネージャー小野田恵子おのだけいこさん」と虹子に紹介する。


 華「恵子さん、浜松城星はままつじょうせい寮の寮母りょうぼさんでもあるの」

 恵子「小野田です。よろしく」

 虹子「はじめまして、朝丘虹子あさおかにじこです」

 恵子「虹子さん、犬が好きでしょ」

 虹子「え、なんで分かるんですか?」

 恵子「においかな」


 虹子は「えっ」と反射的に、左右の二の腕あたりをクンクンしてしまった。朝起きてシャワーも浴びたけど。弁天島まで走った格好でそのまま来たからか・・・


 恵子「ふふっそのにおいじゃないわよ。雰囲気の話」

 虹子「ああ、なるほど」

 華「うふふ」


 浜松城星寮の寮母でもあるというマネージャーの小野田恵子とは初めて会った気がしない。懐かしい感じがする女性だった。


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