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26 憧れの場所

虹子がご厄介になっている橙山姉妹の家から弁天島へは東海道本線の線路沿いを通る301号線に出るのが最短距離だが、華は「こっちのが車少なくて、走りやすいから」と言う理由で、東海道をそのまままっすぐ西に進む道を案内してくれた。


虹子は青のジャージ、華は半袖のシャツにピンクのパーカーを羽織っている。途中、華が言っていた松並木公園があり、黄褐色おうかっしょくの人型の像が見えた。四等身ぐらいの子供が太鼓を抱えてしゃがんでいる。


挿絵(By みてみん)


虹子「これは?」

華「波小僧なみこぞう

虹子「どういう小僧なの?」

華「うふふ。それはね。ここに書いてある通り」

虹子「つまり知らないんじゃん!」


像の下に書かれている「遠州えんしゅう七不思議の文言」によると、黒い色の小僧が漁師の地引き網にかかってしまった。


その異形に驚いた猟師たちは小僧を殺そうとしたら、小僧が懇願こんがんしてきたので、海に返してあげた。それから海の底から太鼓の音が鳴り、天気の変化が猟師たちに知らされるようになったとと言うことだ。


華「あ、そう言えば。こっちの地元ニュースで海鳴うみなりのこと()()()って言ってた」

虹子「そうなんだ。じゃあ、その言い伝えなんだね」

華「うふふ、きっとそうだね」

虹子「こういう伝説って何かの事実から来てることがあるでしょ」

華「え、そうなの?」

虹子「うん。だから、波小僧は本当にいたんだと思う」

華「さすがは虹ちゃん」


虹子は目の前の波小僧を見つめながら、高校生活のことを少し思い返した。もう少しみんなに向き合っていたら、何かが変わっていただろうか。それでも結果的にこうして華と再会できた。これまでじゃない、これからのことを前向きに考えて行こうと思い直す。


華「虹ちゃん、どうしたの?」

虹子「ううん、何でもない」

華「波小僧に一目惚れしたのかと思ったよ」

虹子「そんな趣味ないわっ!」

華「うふふ」


ちょっと道草して、時間を取ってしまった。ここから弁天島までは1500メートルほどだ。


「ちょっと走るよ。無理しないでね」


華が虹子に声をかける。松並木を挟んで車道の脇にある石畳を駆け出し、自動車が来ていないことを確認して横断歩道を渡ると、そこから真っ直ぐに伸びる東海道を進んでいった。


「速っ!」


高校で陸上をかじった虹子も付いていくのがやっとのスピードで、ちょっとでも緩めるとピンク色のパーカーを羽織った背中が離れてしまう。しかし、十字路を越えたところの左手に「深江ふかえ商店」と書かれた白い立て看板の手前で急に止まった。


華「あ、ここのお店。しらすがめっちゃ美味しいんだ」

虹子「へえ・・・」

華「そうだ。今夜はしらす丼にしよう」

虹子「それ絶対うまそう」

華「弁天島から戻る時間に、ちょうど開いてるはずだよ」


そこから華は再び加速した。しかし、今度は虹子もほとんど遅れることなく影を踏まんばかりの距離で付いていく。東海道と言っても通りは広くはなく、自動車もあまり通らない。華がランニングのコースに選んだのも納得だ。


「東海道舞阪宿の本陣跡」と書かれた黒い石柱を横目に進むと十字路が現れ、その向こうに海らしきものが見える。ちょうど潮風が顔にかかり、独特の匂いがした。「こっちこっち」と華に招かれるがまま海の方に行く。


華「舞阪漁港だよ」

虹子「おお、漁船がいっぱいだね」

華「猟師の街だからね」

虹子「うまい魚いっぱい食えるだか」

華「食えるだよ。だから虹ちゃんは絶対に合格するだ」

虹子「んだんだ・・・ていうか、それ何弁だよ」

華「うふふ。あっ!」

虹子「え?」

華「早く行こう」


漁港の手前の道を右に折れて走っていくと左手に「渡船場跡北雁木」と書かれた灰色の石柱と石畳のスペースがある。「きたがんもく・・・なんて読むの?」と虹子が尋ねると、華は「え〜」と言いながら、くるっと背中を向けて、何かをいじり出した。


華「ここは、ここは〜はい、出ました。”きたがんげ”と言いまして」

虹子「それ絶対、MOOGLE先生で調べただけじゃん」

華「これが私の持つ科学の力だ」

虹子「あんたの持ってるスマホの力だどね」

華「うふふ」


その先に伸びる弁天橋の中間あたりに来ると、虹子の眼前に浜名大橋と赤い鳥居が見えてきた。まさに雑誌やネットの観光ページで見た風景が目の前に飛び込んでくる。


「うわ〜!!!」


虹子が大きな声を出すと、華が「感動するのはまだ早いよ。早く橋の向こうに行こう」と呼びかけた。橋を渡ると「弁天島海浜公園」というゲートの看板が見えてくる。


華が「こっちこっち」と示す通りにゲートを抜けて、カーレースのコースみたいなカーブから浜辺に入っていく。小さな湖のように、ぐるっと陸地に囲まれた海の中に「いかり瀬」と呼ばれる陸地が横たわり、その少し手前に両脚を水に浸かった大きな赤い鳥居が、斜めからの陽に照らされて輝きを放っていた。


虹子「おお〜弁天島だ!やっほー!!」

華「うふふ、ここ山の上じゃないから」

虹子「ずっと来たかったんだ・・・」

華「そっか・・・もっと早く呼べばよかった」

虹子「ううん」


虹子は首を振ってから、真っ直ぐに指をさす。


「今が最高のタイミングだよ。ほらっ」


その先には大きな虹がかかっていた。


「そうだね」


華が言うと、虹子は一瞬だけ振り向いて、弁天島の上方にかかる大きな虹に視線を戻した。陽に照らされる大鳥居を眺めながら、虹子と華は手を握り合っていた。


憧れの弁天島で未来への思いを高めた虹子はついに浜名ウンディーネ・クライネの練習に参加します。虹子は静岡の浜名湖を舞台に、ここから新たな仲間たちとどんなサッカーを描いていくのか。


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