表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/65

23 ツボミとハナ

 橙山華とうやまはなは姉・つぼみが経営するアクセサリー屋の二階に住んでいる。舞阪まいさか駅の改札を出て、正面の通りを少し歩くと、立派な松並木が表れた。その通りを右手に折れると、華が「すぐそこ」と虹子に教えた。


 華「ここ東海道なんだよ」

 虹子「へえ、あの東海道五十三次の?」

 華「そう。このちょっと先に舞阪宿まいさかじゅくってのがあってさ」

 虹子「やけに詳しいな。歴史得意だったっけ」

 華「ここに引っ越してきた日、お姉ちゃんに教えられたの」

 虹子「な〜んだ、褒めて損したわ」

 華「うふふ」


 あたりはすっかり暗くなっている。王子駅の周辺も都内では閑静な方だが、それでも夜7時ごろは賑やかで明るい。浜松駅の周辺は人も多いかもしれないが、駅前から数ブロックしか歩いていないのに、舞阪は虹子が想像した以上に、静かで暗かった。


 華「このすぐ先に松並木公園があって、そこに舞阪宿の説明が書いてあるの。それは読んだよ」

 虹子「ほんとに?」

 華「本当だよ。あ、あそこが私ん家。我が橙山城にようこそ」

 虹子「こら、城主は蕾さんだろ」

 華「うふふ」


 それにしても華はよく笑う。笑じょうごと言えば、虹子はつい前日、新宿中央公園で会ったばかり風見類かざみるいの顔を思い浮かべた。


 暗くてはっきりとは見えないが、橙山姉妹のアクセサリー店兼住居は、松の並木に溶け込むような緑色の壁をしていた。オレンジ色の看板には「TSUBOMI TO HANA」と書かれている。「ほ〜」と虹子が声を出したので「ん?」と華が首を傾げる。


 虹子「蕾さん、店の名前にあんたの名前を入れてくれたんだ」

 華「一緒に名前を考えてって言うから「TSUBOMI 」にしたらって提案したの。そしたら」

 虹子「そしたら?」

 華「恥ずかしいから、華の名前も入れようだって。うふふ」

 虹子「その流れいいな」

 華「うふふ、そうでしょ。仲良しだもん」


「お姉ちゃん、ただいま〜」


 華がお店のガラス張りの扉を開けながら呼びかける。「は〜い」と、少しトーンの高い大人の女性の声が返ってきた。生声は久しいが、UNITYの通話越しに聞いているので、すぐに蕾の声だと分かった。


「虹子ちゃん、久しぶり〜」


挿絵(By みてみん)


 ドアの向こう側から半身を出した蕾が、虹子の両手を握ってきた。華をそのまま大人の女性にした雰囲気だ。違いは青みがかったロングヘアと目に飛び込んできたものが。デカッ・・・と虹子は下卑たオヤジのような声を発しかけて、喉で無理やり遮断した。


 虹子「うっ、ゴホッ」

 蕾「虹子ちゃん、大丈夫?水持って来るわね」

 虹子「ゴホッ、ど、どうも」


 蕾が店の奥に消えるのを待って華が「今、お姉ちゃんの胸を見てデカッて思ったでしょ」と眉を潜めながら言ってきた。


 悪気はなかったのだ。4年前の時点でも、それなりに持っていらっしゃったと記憶しているが、さらに迫力を増して、女の虹子も驚きをコントロールできなかった。


 虹子「拙者としたことが、不覚なり」

 華「うふふ、潜入がバレた忍者みたいな言葉でごまかさないの」

 虹子「す、すいません」

 華「なんで私、そこはお姉ちゃんに似なかったかなあ。運動のしすぎかな」


 そう言いながら華は虹子の胸元を見て妙な顔をしていた。「ああ、虹ちゃんも成長してる。ずるい」「こらこら」とやりあっている間に、蕾がコップを片手に戻ってきた。


 蕾「はい、冷たいお茶」

 虹子「あ、ありがとうございます」

 蕾「何かしこまってるの。小学生の時は『ツボミ、今日もいいチチしてるな!』とか、両手で変なポーズしながら言ってたくせに」


 それを聞いている最中に「ブッ!」と虹子は口に含んだお茶を吹きかけて、なんとか口を閉じて噴火を留めた。しかし、その勢いでお茶をゴクッと飲んでしまい、ゴホゴホとむせ返りながら慌てて左手で胸の上部を叩いた。


 蕾「虹子ちゃん、大丈夫?」

 虹子「ゴホッ ゴホッ・・・あたし、そんな無礼な奴だったんですか」

 蕾「無礼というか、ガキ大将だったから。いっつも男の子たちを従えてね」

 虹子「さ〜せん」


 虹子が直角お辞儀をする様子を微笑ましく眺めてから、蕾が話を続けた。


 蕾「凌駕くんだっけ。『俺は虹ねえの子分だぞ』って自慢してたの」

 虹子「ああ、アイツは今もあんまり変わってないです。ちょっとスケベになったぐらい」

 蕾「まあっ。二人、そんな仲になってるってこと?」

 虹子「ゴホッ、違います。それ大きな誤解です!アイツ、あたしのこと女だと思ってないから」

 華「うふふ」


 あの頃はそれだけ世間知らずで、怖いもの知らずだったのだろう。はっきり覚えている訳ではないが、学校の先生すら名前かあだ名で呼び捨てにしていた記憶がある。少し間を置いて「でもね」と蕾が言った。


 蕾「虹子ちゃん、すごくカッコよかったのよ」

 虹子「えっ?」

 蕾「イジメっ子をその場で叱ったり、捨てられていた仔犬を何日も世話して、新しい里親を探して回ったりね」

 華「そうそう。虹ちゃんはフィールドの外でもヒーローだったんだ」

 虹子「そうだっけ。あまり覚えてないや」

 華「タローだよね、あのワンちゃん。虹ちゃんが名前付けたんだよ」

 虹子「ああ、タローは覚えてる。元気にしてるかなあ」


 落ち着いて店内を見回してみると、綺麗なアクセサリーが壁からショーケースまで、所狭しと飾ってあった。主に銀製品のようだが、貝殻を使ったものもある。


「綺麗ですね」とお世辞抜きに言うと蕾はニコニコしていた。本当に振る舞いが素敵な女性だ。


 お茶を飲み終わると、華が虹子を二階へと案内した。店内から上がるのではなく、建物の側面に階段が付いており、外から直接二階の玄関に行ける作りになっている。


 階段を上りながら虹子は「蕾さんってスポーツはやってたの?」と聞くと、華が「高校までテニスをやってたって聞いてるよ」と答えた。


「歳が離れてるから私は覚えてないけど・・・さあ、どうぞ上がって」


 お昼にカレーでも食べたのか、何だかかスパイシーな匂いが鼻をくすぐる。虹子は「お邪魔しま〜す」と玄関の奥に向かって言いながら靴を脱ぎ、とりあえず入り口にリュックを下ろした。


 華「誰もいないよ」

 虹子「一応、礼儀ってもんがあるでしょうが」

 華「虹ちゃんの辞書に、礼儀なんて文字があったんだ」

 虹子「あたし、来月で17なんですけど」

 華「虹ちゃんの誕生月は7月だったね」

 虹子「7月16日。ナナイロね」

 華「そうだナナイロ。私は8月・・・」


 虹子は一瞬記憶を辿るとすぐに浮かんだ。華の誕生日は・・・


 虹子「8月7日。ハナだよね」

 華「おっ、よく覚えていらっしゃる」

 虹子「だって簡単じゃん。めっちゃプレゼントせがまれたしさ」

 華「で、もらったのがビッグマンチョコ。うふふ」

 虹子「お小遣いの限界」

 華「駄菓子でも、もっと女の子っぽいものあるでしょ。嬉しかったけどさ」

 虹子「まあ、それなら」

 華「でも開封したら天使カードで、これと交換しろってお守りカードくれたでしょ」

 虹子「そうだっけ。すっかり忘れた」

 華「私まだ持ってるんだよ、お守りカード。静岡の実家の宝箱の中だけど」

 虹子「宝箱?」

 華「虹ちゃんとか、城北じょうほくの仲間との思い出が詰まってるの」

 虹子「ま、まじですか〜」


 虹子は姉妹の共有スペースだと言う居間に、布団を敷いてもらうことになった。さらに蕾の作業部屋と個室、そして大きくはないが、華の寝室もあると言う。


 華によると、この一戸建ての頭金こそご両親に援助してもらったが、残りの返済は蕾が全額、支払っているという。虹子はその話を聞きながら、自分が蕾ぐらいの年齢になった時のことを想像してみても、何も浮かばなかった。


 華が台所でお茶をれてくれている間に、虹子は少し頭の中を整理してみる。もし「クライネ」に合格できたら、そこから先にどういう風景が広がるのだろうか。


 一度は歩みを止めてしまったサッカーの道。あの時と全く同じ道ではないが、また進んで行ける。あの富士山を登るように、女子サッカーで上を目指していく。


 どこまで行けるか今は想像もできないけど、最高の相棒であり、ライバルでもある華が一緒だ。そのために、まず自分に負けないことを心に誓う虹子だった。


浜名ウンディーネ・クライネの練習参加を翌日に控え、虹子は華と姉の蕾のうちにやってきました。

ここからどんなストーリーが展開されていくのか。

『にじかけ。』は女子サッカーのオン・ザ・ピッチとオフ・ザ・ピッチを織り交ぜながら、虹子たちの成長の日々を綴っていきます。新感覚の世界観をお楽しみください。


よかったらブックマーク登録、いいね、評価、感想などいただけると、進行の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ