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21 富士山タイム

 金曜日は慌ただしい1日となった。午後まで学校で授業を受け、都電で自宅に戻り、制服から”普段着”のTシャツ&ジャージに着替える。そして、すでに荷造りをしてあるリュックとスポーツバッグを二階の部屋から玄関まで運ぶ。


 お弁当の容器を洗い、冷蔵庫から麦茶の容器を取り出し、水筒に流し込む。母親の陽子がまだ勤め先から帰ってきていないのは残念だが、今回の外出はたったの2日間。日曜の夜には帰宅する予定だ。それでも外出慣れしていない虹子にとっては冒険だった。


 玄関でスニーカーを履きながらスマホを手に取ると、UNITYで陽子に「行ってきます!」とメッセージを入れた。虹子の自宅から徒歩10分、飛鳥山と向かい合うようにJRの王子駅が構えている。


 王子のメリットは何と言ってもこアクセスの便利さだ。虹子は通学にもっぱら都電を使っているが、京浜東北線で横浜方面にも大宮方面にも行ける。


 例えば渋谷に行こうと思えば、田端で山手線に乗り換えるAプラン、赤羽から埼京線に乗るBプラン、南北線から半蔵門線に乗り換えるCプランとあり、たまに出かける時は迷ってしまうレベルだ。


 今回の目的地は静岡県の浜松市にある橙山姉妹の家。東海道本線で浜松駅から西に2駅のところに、最寄りの舞阪まいさか駅ある。


 虹子は前日の夜に華とUNITYのやり取りで、住所とアクセス方法を聞いていた。まず京浜東北線で東京駅まで出て、新幹線の「ひかり」で浜松へ。そこから東海道本線で向かうのが最短ルートだ。


 スマホの電車アプリで確認すると、東京駅での乗り継ぎ時間は10分。しかし、虹子が楽しみにしている駅弁を買う時間には心許ないので、京浜東北線の乗車を1本前に設定した。


 橙山華とうやまはなの苗字と同じ、オレンジ色のジャージを着た虹子は電車に乗り込むと、リュックを降ろして空いている横長の席に座る。


「うっしゃー」と声を出してしまったので、隣で夕刊紙を読んでいたサラリーマンにギョッとされて、虹子は無言で辞儀した。スマホでマップのアプリを開くと、舞阪の辺りをズームする。前夜に何度もチェックしたのにワクワク感が収まらないのだ。


弁天島べんてんじま♪」


 虹子は旅行雑誌を読むのが趣味の1つで、行きもしないのに全国の名所をチェックして、その気になっていた。その中でも特別のお気に入りは「旅先の夕日特集」にあった弁天島の大鳥居だ。


 弁天島の海浜公園で、鳥居を横目に夕方のランニングとか気持ちいいだろうなあ・・・虹子は妄想の世界に入っていて「次は東京、東京」というアナウンスでハッと我に返った。


 あたりを見回しながらリュックを背負い、進行方向の右側のドアに行きかけて、ホームが反対側なのに気付いて振り返る。新幹線の切符は王子駅で購入済みのため、乗り換え口の外側にある大きめの売店で、乗車中に食べるお弁当を探した。


 目を細めながら数々のお弁当とにらめっこしていると、ちょうど居合わせた口髭メガネのおじさんが、魚河岸うおがしの目利きみたいな顔と声で「ジャージの姉ちゃん、この『味噌カツひつまぶし風 欲張り弁当』にしとけ。間違いねえから」と言ってきた。


 うーん、うまそうだけど1250円は予算オーバーだ。そう思って900円の「とりごはん弁当」を手にとった。それを見て、少し残念そうにしているおじさんに「さ〜せん」と軽く謝った。


 17:03発の「ひかり」なので、浜松に到着するのが18:30前ぐらい。三島駅と静岡駅の間で、富士山を通過するのが17:50すぎぐらいだ。ちょうど夕方で、紅く照らされている富士山が見られるかもしれない。


 弁当選びに時間をかけてしまった虹子は、すでにホームで待っていた新幹線に飛び乗り、5号車のA席に座る。それから1分ほどで発車のベルが鳴った。意外とギリギリだった。弁当屋のレジが混んでいたら危なかったかも知れない。


 新幹線が東京駅を出て、最初の停車駅である品川を発車する頃には「とりごはん弁当」がほとんど空になっていた。


 虹子は基本的に食べるのが早い。できるだけゆっくり味わって食べようと思っているのだが、いざとなると習性が出て思うように行かない。弁当の食べ方とサッカーってよく似てるな・・・と妙なことを考えているうちに、横浜に到着した。


「そうだ、旅行雑誌っと」


 虹子は棚のリュックから『ぶるる』の静岡編を取り出した。今回は観光なんてする時間がないと分かっていながら、王子駅前の本屋で買ってしまったのだ。目的地の浜松・浜名湖のところを見る前に、富士山麓のページが気になった。富士山の絶景スポットをチェックすると、だいたいはキャンプ場やドライブ先からの眺望になっている。


「そりゃそうだよな・・・」


 そう自分を納得させながらページをめくっていると、駅から徒歩で行けるスポットが。富士駅、そのまんまじゃん・・・どれどれ。駅前でも正面から富士山を眺められるが、少し北に歩くと見晴らしの良いスポットがある。


「へえ・・・」と虹子が『ぶるる』を見ながら感心している間に、新幹線は新横浜で停車した。一気に乗客が増える。。虹子の隣に成人らしき女性客が座ってきたので、軽く会釈して少し姿勢を正した。


 新幹線で三島と静岡の間には新富士駅があるが「ひかり」は停まらない。新富士で降りるには「こだま」に乗る必要があるのだ。虹子はスマホを手に取り、MOOGLEマップで新富士駅をチェックした。


 新幹線の新富士駅とJRの富士駅は、南北に意外と離れていることが一目瞭然で分かる。徒歩でだいたい25分。しかも、新幹線とJRは静岡駅までまじわらない。新富士で新幹線を降りて、富士駅から東海道本線に乗ったとして・・・


 虹子は富士駅から浜松駅までの乗車時間をチェックすると、1時間27分と出てくる。おお、なかなか時間かかるな。


「待てよ、静岡駅で静岡おでんを・・・」


 そんな妄想をしている間に、新幹線は三島に到着。虹子は『ぶるる』を閉じて脇に置くと、スマホを窓の方に構えた。隣の女性がいぶかしげに見ている気配を背中に感じるが、富士山の誘惑はそんな周囲の目を排除していた。


 外は少し夕焼けがかっており、山々の上部がだいだい色に照らされてきている。橙色か・・・華の色だ。舞阪で待つ友のことを思い出しながらも、景色を逃さないように集中力を高めた。


 するとしばらくして、愛鷹あしたか山の向こう側に白い頭が現れた。富士山だ・・・そこからしばらく頭が出たり消えたりしながら、愛鷹山を越えると大三角形が目に飛び込んできた。夕焼けに照らされた富士山だ。


「わあっ」


 虹子は思わず声に出してしまい、一瞬周囲の反応が気になったが、両眼は瞬きもせずに正面の巨大な山を捉えていた。


挿絵(By みてみん)


 城北ウイングの遠征で新幹線に乗ったことはあった。その時は海側に座って、山側の席に陣取った男子たちが「すげえ、富士山だ!」と騒いでいるのを肩肘付きながら、冷めた横目で見ていたのだ。


 リトル虹子「あいつら本当ガキだね〜」

 リトル華「虹ちゃん、聞こえるよ」

 リトル虹子「あわしに歯向える奴なんていないよ」

 リトル華「ほらほら、ポッキーあげるから」

 リトル虹子「花より団子、富士よりポッキーだわ」

 リトル華「うふふ」


 そんな会話をしていたことがふと思い出された。帰宅部になってから旅行雑誌を見たり、ネットで旅情報をチェックするようになって、富士山がどれだけ人々をきつけるパワースポットかを思い知った。


 今思えばサッカーを辞めて、それまでは夢中で上を目指していたものから離れことで、日本で一番高い富士山に憧れるようになったのかもしれない。新幹線の車窓からの()()()()()()はあっという間に終わった。


「ディーネに合格したら、次来る時に立ち寄ってみるか・・・・」


 とにかく、浜名ウンディーネ・クライネへの所属が認められないことには道も開けない。虹子は新幹線が静岡を過ぎたところから、浮かれた気持ちを少し引き締め・・・いや、とりあえず舞阪で華と再会してからでいいかと『ぶるる』を開き直して、顔を綻ばせながら浜松・浜名湖のページに目を落とした。

静岡編ついにスタートしました。ここから浜名湖をメインステージに、世界観が一気に広がっていきます。個性的なキャラも多く登場するので、楽しみにしてください。その前に、虹子と華の”リアル再会”が待っています。


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小説の情報はTwitterの @yoshikawayukiji で展開しています。

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