20 サッカーが好きだ!
私たちのこと全然見てないでしょ・・・
夕輝の言葉が虹子の頭の中で繰り返された。確かにそう言われてみると、ボールを持とうとすると、極端に周りが見えなくなるというか、目の前にしか意識が行かなくなってしまうのだ。
それは単にサッカーから離れていたゲーム感覚の問題なのか。自問自答していると「虹子!」と呼びかけられて、ハッとして声の方を向くと類の顔があった。
虹子「うわっ近い」
類「えへへ」
虹子「ルールその1、あたしの50センチ以内に寄るな。ルールその2、あたしをじっと見るな」
類「照れてる、照れてる」
虹子「うるさいな〜もう」
恥ずかしくなった虹子は意地になって言葉を返しながらも、少し気分が楽になる。内心では類に感謝した。そういえば東京シスターズのセレクションの時に類のプレーを観て、不思議な違和感があった。1つ深呼吸してから「あのさ」と虹子は類に問いかける。
虹子「サッカーやってる時って、何を考えてる?」
類「何も考えてないかな」
虹子「何も?」
類「何もというのは大袈裟かもだけど、普通に楽しんでるかな」
虹子「楽しい・・・」
夕輝「そう、類の言う通りだわ」
類「あはは、夕輝が褒めてくれるなんて嬉しい」
夕輝「褒めてないわよ!」
それから一瞬の間があり、夕輝が「思い出した」と急に大きな声を発したので、虹子は一瞬ビクッとしてしまった。類も不思議そうに夕輝を見る。
夕輝「虹子とジュニアで対戦した時に何を感じたのか。思い出したわ」
虹子「夕輝に睨み付けられた記憶しかないけど」
夕輝「ええ、確かにそんな目で見ていたかも」
虹子「次戦ったら、こいつを倒してやるみたいな?」
夕輝「それもあったけど、羨ましかったのよ。あなたのことが」
虹子はジュニアの頃の自分のプレーを思い出そうとしたが、なかなか鮮明には蘇ってこなかった。プレーしている時、何も考えずに・・・
虹子「あ・・・」
類「どうしたの?」
虹子「類と夕輝のおかげで、あの時のイメージが少し浮かんだ」
そう言う虹子の方を見ながら、夕輝が「あの時のあなたは楽しそうで。華さんとも見えない糸か何かでつながってるみたいな」と伝える。
虹子「覚えてるんだ、華のこと」
夕輝「もちろん。代表で一緒だったから」
虹子「ああ、そうだった」
夕輝「私は足首を怪我しちゃって、世界大会には出てないのだけど」
虹子「ハイライト観たけど、それで夕輝はいなかったんだ」
夕輝「ふん、私が出てたら準優勝なんかで終わってないわよ」
類「あ、帰ってきたよ三馬鹿トリオが」
類が公衆トイレのある方角から戻ってくる3人を指差しながら言った。夕輝がほっぺたを膨らませながら「ちょっと、三馬鹿って。リョウくんを入れないで」と口を尖らせた。
類「はいはい、結婚式には親友としてスピーチさせてね」
夕輝「ちょっと、何言ってるの!」
類「あはは。ジョーク、ジョーク」
夕輝が顔を赤らめる。セレクションで会った時はつり目の魔女みたいな印象しかなかった。しかし、こうして見ると凌駕に対する乙女心が言葉と表情の端々に見えて、虹子にも何だか可愛らしく見えてきた。
虹子「よし、サッカー楽しむか・・・」
類「うん、楽しもう!」
夕輝「ふん、もともと楽しいものよ」
楽しむことを意識したぐらいで、すぐにプレーが変わるとも思えない。しかし、3人が戻ってゲームが再開すると、今までとは少し違っていた。そうだオンライン将棋・・・サッカーを辞めた虹子が、なぜ将棋に引き付けられたのか。今やっと少し理解できた気がした。
「そうか、そうだったんだ」
周りも気にせず声を出した虹子は夕輝くと類の位置、そして男子チーム三人の位置を瞬時に確認する。同時に全ての情報を把握することはできない。しかし、これまでと明らかに違う感覚が、虹子の頭と体に満ちていた。
右横の夕輝から左足でパスがくると、左足のタッチで凌駕のチェックをかわした。そして左斜め前の類に右足のインサイドパスを通す。そこに雄斗が動いたところで「ルイ!」と呼んだ。ルイはワンタッチで前に走る虹子にリターンした。
しかし、そこに待ち構えていたのは男子チームでも最も守備能力の高い賢太だ。虹子は笑みを浮かべる。「あっ」と声を出す賢太を上半身でブロックしながらボールをスルーした。
類がキックした瞬間に、虹子の外側で動き出していた夕輝がピタリとボールをコントロールして、目標の木の横を抜けた。唖然とする賢太の胸を「すけべ野郎!」と笑いながら小突くと、賢太の顔がみるみる赤くなった。
凌駕「あ〜あ、虹ねえに見事なスルーを決められたどころか、体まで触って。どすけべ野郎!」
賢太「どは余計だろ。あっさりかわされたお前こそ、軟弱野郎だ」
雄斗「まあまあ二人とも、ついさっき連れションした仲じゃないか。桃園の誓いならぬトイレの誓いはどこ行ったんだ?」
凌駕「ハギユウもルイちゃんに、だっせ〜やられ方したよな」
雄斗「それはお互い様。女子チームは魏軍に匹敵する強敵だよ」
凌駕「じゃあ、赤壁の戦いに挑みますかね」
それから30分を予定していたゲームはさらに30分近く、陽が落ちる寸前まで続いた。楽しい時間はあっという間に過ぎる。いつまでやっても最後は名残惜しくなる。それがサッカーなんだ。
その気持ちに男も女も関係ない。中学の時は意地を張って、もがいて、そしてついには逃げてしまった。だけど今は声を大にして言える。
「あたし、サッカーが好きだ!」
虹子の突然の言葉に5人とも驚いたが、虹子に続いて「俺も」「私も」と口々に叫んで笑い合った。
東京編が終了。ここからepisode1のメインステージである静岡県の浜松に、舞台は移っていきます。登場人物が一気に増えて世界観も広がっていきます。旅行的な要素も出てきますので、虹子と一緒に旅をしている感覚でお楽しみください。
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