18 新宿中央公園で待つ
週末の旅行を翌日にひかえた木曜日。虹子は学校の授業を終えると、普段は家路につくため都電の雑司ヶ谷駅に向かうのだが、この日は地下鉄の駅に向かった。
陸上部を辞めてからずっと帰宅部の虹子が、この日は学校のカバンと別にスポーツバッグを持参していたので、クラスメートから珍しがられた。
地下鉄の雑司ヶ谷駅は都電だと、むしろ鬼子母神駅に近い。虹子は地下鉄の入り口を少し過ぎて、鬼子母神駅の前にある「うまいメロンパンの店」で、大好物のメロンパンを1つ買った。
本当は2つ欲しかったが「我慢、我慢」と地下鉄方向にリターンして、地下鉄への階段を降りる。
雑司ヶ谷から副都心線に乗り、3駅先の新宿三丁目で丸の内線に乗り換えて、西新宿駅に向かう。まだ帰宅ラッシュの時間には早く、制服を着た中高の学生が多い。
駅に着くとトイレで藍色のジャージに着替える。改札を通って階段を上り、地下鉄を出る。青梅街道から医科大病院の横を抜けて、大きな通りを右に行くと、ビルやホテルの立ち並んだ向かい側に、まさに都会のオアシスと飛ぶに相応しい緑が見えてきた。
新宿中央公園。母親の陽子に目的地を伝えたら「40年前ごろ、そこで殺人事件があったのよ」と物騒なことを言って来たので「えっ?」と反応すると「テレビゲームの話だけどね」と舌を出しながら言われた。
移動中Moogleに「新宿中央公園」と「殺人事件」の2ワードを打ち込んで検索すると古いゲームの画像と説明が出て来た。
なるほど探偵ゲームか・・・しかも発売されたのは40年も前だ。虹子は一時期、推理小説にはまったことがあった。いわゆる旅情ミステリーでは全国各地で殺人が起こるが、やはり作品の中で最初の変死体が人が殺されるのは圧倒的に東京だ。
探偵小説の主人公になったような気持ちで公園に入る。当たり前だが殺人現場にはなっておらず、芝生の多目的広場では小学生たちがゴムボールを蹴ったり、キャッチボールをしていた。
凌駕が指定した集合時間は16時半。まだ30分以上もある。虹子は公園内の「STARLOCKS CAFE」でアイスラテを買い、近場のベンチに座る。古賀凌駕にUNITYで「中央公園のスタロにいるよ〜」とメッセージを送る。鬼子母神前で買ったメロンパンを取り出して一口かじると、冷たいラテを体内に流し込んだ。
周囲の人間模様をなんとなく眺めている。スタロのテーブルに置いたノートパソコンと睨めっこしているサラリーマン風の男性や高校生のカップル、買い物の帰りらしい主婦っぽい女性など、当たり前だがそれぞれがそれぞれの生活感がうかがえた。
メロンパンを食べ終えて、ラテも残り少なくなって来たところで「おーい、虹ねえ!」という声が聞こえた。辺りを見渡すと、虹子が入ってきた北通り側の入り口方面から凌駕の姿が見えた。
右手にボール、だが公式級ではない。左手を振りながら向かって来たが1、2、3・・・4人を従えている。男子は凌駕を合わせて3人、女子が2人というメンバー構成だ。「あっ」と虹子は思わず声を発して、周囲の客を驚かせてしまった。
「虹子〜、元気?」
声の主は東京ヤングシスターズのセレクションで知り合った風見類だ。今日は白いシャツにピンクのパーカーという動きやすそうな格好をしていたが、ジャージ姿の虹子と明らかに違うおしゃれ感が滲み出ている。もう一人の女子は巻き毛のツインテールにつり目・・・
「星野夕輝・・・」
虹子は意外な取り合わせに状況が掴めずにいた。二人の男子は見覚えないが、おそらく凌駕のサッカー仲間だろう。一人は見上げるほどに背が高く、体格もガッチリしている。もう一人は凌駕より小柄で、背丈は長身の星野友輝とほぼ変わらない。顔立ちも何となく小動物のようだ。
5人が虹子の側までやって来ると、夕輝が「どうも、お久しぶり。セレクション残念だったわね」と嫌味たっぷりの表情で呼びかけて来た。久しぶりって、会ったのほんの4日前だろ・・・虹子は嫌悪感をあらわにしかけたが、凌駕の話を聞いていたので「ども、力不足でした」と淡々とした口調で返した。
類は二人の様子を見てニコニコしている。対照的な二人だが実力者同士、これから東京ヤングシスターズで名コンビになって行くだろう。そして毎年のようにWOリーグの優勝を争うトップチームでプレーする二人を観るの日も、そう遠くないかもしれない。
それにしても仲良くなるの早くないか・・・夕輝はともかく、凌駕と類の接点が掴めず、虹子の頭の中で”ハテナマーク”が浮かんでいた。
凌駕「こっちは萩浦雄斗。東京ヤングブラザーズのチームメートで、サイドバックをやってるけど、めちゃめちゃ足が速いんだ」
雄斗「よろしく。凌駕から話は聞いてる。ユウトって呼んで」
凌駕から話は聞いてるって、どんな話だよ・・・虹子は凌駕を一瞬睨みつけながらも、やや小柄な男子に会釈した。
凌駕「ハギユウでいいよ」
雄斗「おいこらっ」
虹子「雄斗くん、どうも。朝丘虹子です」
確かに小柄で童顔ではあるが、体つきはいかにもアスリートという感じだ。虹子も途中でドロップアウトしたとはいえ、陸上部の経験もあるだけに、足が速いというのは体つきからも伝わってきた。
雄斗「一応、俺は2年で凌駕の1年先輩だけど、早生まれだから代表の活動とか一緒で」
凌駕「ハギユウ、こう見えてもU-16日本代表のキャプテンだから」
類「あはは。ユウトくん、すご〜い」
雄斗「そ、そんなことないよ」
類の反応に、雄斗はどもりながら謙遜する。虹子はちょっと眉を潜めながら、交互に二人を見た。
凌駕「ハギユウは見た目によらず、本当に頼りになる男だよ」
雄斗「おい、見た目は余計だろ」
類「すごい、すごい。可愛いのに頼りになるのね」
顔を赤くしながら類を見てにやけている色ボケ童顔男はほっといて・・・虹子はもう一人の大柄な男子を眺めると、どこかで見たことあるような気がした。
虹子「ええっと〜」
凌駕「こっちのデカイのは志田賢太」
虹子「え、もしかしてシダケン!?」
賢太「おっす。お久です」
虹子「あの鼻たれ小僧が・・・こんな立派に」
185cmは優に超えている賢太の顔を虹子が見つめると、ちょっと照れながら顔を背け、右手の指でこめかみをかく仕草をした。
凌駕「こいつさ、6年でも城北ウイングのレギュラー取れなくて。でも図体のデカさを買われて、なんとブルーレッド東京のアカデミーにスカウトされたんだ」
賢太「おい、俺のことはいいって・・・」
凌駕「まあ、そう照れるなって。そしたら、みるみる成長して」
賢太「だからいいって!」
凌駕「なんだよ。お前、虹ねえに憧れてたじゃん」
賢太「おいっ、それ今言うか!」
凌駕は賢太にアームロックされながら「言っちゃえよ〜、虹子さんが好きだって」と叫んで、その場で沈没した。
虹子「殺人事件・・・」
類「あはは」
夕輝「ちょっと、二人とも不謹慎でしょう。リ、リョウくん?」
虹子「大丈夫なの?」
雄斗「うん。まあ二人はいつもこんな感じだから」
虹子「そうなんだ・・・」
雄斗「それにしても、賢太が憧れていた虹子さんが目の前、グハッ」
今度は雄斗が賢太に掴まれて「暴力はんた〜い、警察の方いませんか〜」と叫ぶ。まったく男子ってやつは・・・そういう虹子も中学の途中ぐらいまで、こんな感じで男子とばかりつるんでいたのだ。
それからサッカーを辞めて、高校に進んでからは男子とも女子とも付かず離れずで、陸上部を退部してから完全に孤立していた。そんな虹子にとって新鮮なような、懐かしいような感じがした。
気絶?から復活した凌駕が「さて、一通り挨拶も済んだことだし、そろそろやろうか」と言って抱えていたゴムボールを指の先で回転させて、そのまま浮かせて頭上に乗せた。
雄斗「でたっ凌駕の曲芸。ピエロとしてサーカスに入団決まり」
賢太「わっはは、間違いない!」
凌駕「うるさいわ!」
虹子「てかさ、なんでゴムボール?」
凌駕「この公園、公式級は使用禁止だから。入り口の看板読まなかった?」
虹子「そっか・・・」
凌駕「ゴムボールでも使えるだけありがたいけどね」
確かに都内ではボール遊びそもものが禁止されたりする場所も少なくない。虹子も小学生の頃、近所の公園でボールを蹴っては小さい子の母親に文句を言われた。あなたの子も何年か後には怒られる側になるんだぜと内心思いながらも、一応頭を下げては別の場所でボールを蹴っていたものだった。
それぐらいサッカーが好きだったんだ・・・
虹子は城北ウイングの練習が終わっても、華や凌駕を連れ出しては、日が暮れるまでボールを蹴っていた日々を思い出していた。




