五十嵐記念病院22
病室や倉庫、診察室、厨房まで、深夜が立ち寄りそうな場所は一通り見た。
それでも姿はない。
階段の踊り場へ差しかかったところで、窓の外へ目を向けると、曇天の下病院の敷地を何体ものゾンビが徘徊していた。
裂けた服から灰色の皮膚を覗かせ、足を引きずりながら歩いている。
その群れの中に、背の低い影が一つ。
息が止まった。
窓へ近づき目を凝らしたが、汚れたガラスと距離のせいで輪郭が滲んでいる。
影がゆっくりと顔を上げた。
頬は腐り落ち、剥き出しになった歯が黒く汚れている。
……深夜じゃない。
「……はぁ」
ここまで探して見つからないとなると、根本的に考え方を変えるべきかもしれない。
昨夜、深夜は大勢の前でエゴを使い、その直後、御子神さんによって新たな使徒として祭り上げられた。
そして、その夜のうちに消えた。
これを偶然だと考えるには、少し出来すぎている。
連れ去った人間がいるのであれば、ビッグマザー以外に神の奇跡を使える人間がいては困る人物の可能性が高い。
ビッグマザーに近しい誰か、あるいは……本人。
探し尽くした病院の中で、まだ探していない場所は一ヶ所しかない。
見張りまで置いて、誰も近づけないようにしている場所。
伊豆子さんの顔が浮かぶ。
……話せば止められるだろう。
踵を返し、足早に禁忌の間へと向かう。
階段を下りるほど、湿った冷気が濃くなっていく。
剥き出しの配管から落ちた水滴が、どこかで小さく弾けている。
廊下の角から奥を覗き込むと、突き当たりの扉前に昨日と同じ体制の男性が立っていた。
腕を組み、視線を正面に向けている。
……昨日の反応を見る限り、話して退いてもらえる相手ではない。
一度だけ息を吐きだし、指輪へ意識を向け掌に一本の医療用メスを取り出す。
細い刃が、地下の白い光を冷たく返した。
声を上げさせないなら、狙う場所は限られる。
頸動脈。
扉の前の男性へ意識を絞り、一激を発動しようとした、その時。
「やめろ」
背後から低い声が飛んだ。
右手首を掴まれ、そのまま壁へ押しつけられる。
瞬間的にメスを離し、左手で掬い上げ刃を背後へ走らせた。
「ちょっ……!」
喉へ触れる寸前で止めると、目の前にいたのは門脇さんだった。
顎を反らし、僕の左手にあるメスを見ている。
「待て……俺は味方だ」
数秒、その目を見てから刃を引いた。
「……うっかり殺すところでした」
門脇さんの頬が引き攣った。
「うっかりで人を殺そうとすんじゃねえよ……」
「よく言われます」
「言われててたまるか」
門脇さんは額の汗を袖で拭い、廊下の先を窺った。
扉の前の男性は、こちらに気づいた様子もなく立っている。
「扉の向こうが知りたいんだろ」
「ビッグマザーについて、俺が知ってることは全部話す」
もう一度、扉の前を確認すると、門脇さんは背を向けた。
「ついてこい」




