屋上・サバイバル・デッド3
「……それにしても、みんな冷たすぎだろ。能力あるからって谷々一人に全部押しつけてさ」
階段を降りながら、松風がぼそりと毒を吐いた。
屋上のドアを閉めたとたん、「俺も行く!」と言って無理やりついてきたのだ。
止めたが、聞く耳を持たなかった。
「どうせ谷々が失敗したら、次はじゃんけんで誰かが行くことになるんだろ? だったら今ついてったほうがまだマシだし。俺の勘、けっこう当たるんだよな」
口ぶりは打算的。でも、きっとそれだけじゃない。
少なくとも“気にしてくれてる”ことくらいは、僕にもわかる。
「それにしてもさ──あの無月、なんなんだよ。リーダー面して仕切ってるくせに、危ないことは“みんなの意見を尊重して”って顔でお前に押しつけやがって。見ててイラッとするわ」
階段を一段ずつ、足音を立てないように降りていく。
松風の愚痴は止まらない。
「まあ気持ちはわかるけど、ほとんど私情だね」
「は? うっせーな冷血人間。たまには俺の肩ぐらい持てよ」
松風の言葉に、僕は少し笑った。
──たしかに彼の苛立ちは、個人的なものだ。
無月は“正しい”判断をした。ただそれだけ。
でも正しい人間ほど、嫌われるのが世の常でもある。
「お前もさ、たまには言い返せって。いいように使われるだけだぜ?」
「言い返すほどのことじゃないよ。合理的だったし」
「その合理が俺はムカつくんだよ……」
松風がぶつぶつと文句を続けているうちに、僕たちは一階目前まで来ていた。
無言で振り返り、人差し指を唇に立てる。
松風はそれを見て、すぐに口を閉じた。こういうところは利口だ。
ここまでは、幸いにもゾンビとは遭遇せずに済んだ。
けれど、ここから先は違う。
最後の数段をゆっくりと降り、踊り場の影から廊下をのぞき込む。
目に入ったのは、三体のゾンビ。
ぼんやりとした足取りで、廊下を不規則に歩いている。
教室の中にも、恐らく数体いるはずだ。
突き当たりにあるのは、食堂。
そこまでたどり着ければ、今日の分の食材が残っている可能性が高い。
「……で、どうすんの?」
「とりあえず確認から」
僕はその辺に落ちていたシャーペンを拾い、廊下の奥へ放り投げた。
カチャン。
軽い音が響いた瞬間──
「ゔあああああ!!」
ゾンビたちが、がむしゃらに音の方向へ突進していった。
互いに体をぶつけ合いながらも、止まる様子はない。
痛みは──感じていない。まるで機械のように反応していた。
……やっぱり、そういうことか。
「な、お、おい谷々!?」
確認の次は、実験。
僕は踊り場の影からゆっくりと身を乗り出し、廊下に全身を晒した。
「は!? 何やって──!」
松風が慌てて声を上げかけたが、僕は後ろ手で制した。
一番近いゾンビまで、五メートルもなかった。
その白濁した瞳が、こちらを“見る”。
──沈黙。
ゾンビは、僕を“見る”。
けれど──襲ってこない。
ふい、と目をそらし、またどこかへ彷徨っていった。
ゆっくりと物陰に戻る。
「なにしてんだお前!? 馬鹿か!? すごい馬鹿か!? もしくは死にたいのか!? お前の頭の中どうなってんだよ!!」
松風は本気で怒っていた。
怒って、そして少し、怯えていた。
「心外だなあ」
「心外な顔してんじゃねぇよ人外が!」
笑って流す。軽く謝って、観察結果を説明する。
「あいつら、目がほとんど見えてない。おそらく、自分の手元までの距離しか把握できないんだろう。
その代わり、音には極端に反応してる。
しかも──ぶつかっても、骨が折れても、まったく気にしてなかった。痛覚がないんだ。
あれはもう、感情でも本能でもない。反応だけで動いてる」
松風は、思った以上に引いた顔をしていた。
「お前……マジで実験のつもりだったのかよ……」
「うん。やってみないと、わからないからね」
「いや、怖えよその発想が。マッドサイエンティストかよ……」
彼が呆れたように肩を落とすのを横目に、僕は改めて思う。
このゾンビたち──
僕が異世界で見たやつらと、
こっちの世界の想像上のゾンビと、寸分違わない。
異世界の現実と、この世界の妄想。
まるで、二つの違う世界が、同じ答えにたどり着いたかのような……そんな、気味の悪い符合。
「谷々……? なんか、怖い顔してんぞ」
「うん、ちょっと考えてただけ。……でも、これならいける」
「え? なにが?」
「“楽しいゾンビ対策その1”だよ」
ニッコリと笑ってみせたが、
「お前、相変わらず笑顔ヘタだな……。ゾンビより無表情なのにニコニコすんなよ……不気味すぎんだろ……」
──まさに人外扱い。僕としては、少し心外だった。




