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屋上・サバイバル・デッド2

無月が屋上にいる生徒を一人ずつ目で追い、指先で空を小さくなぞる。


「屋上まで来られたのは……十五人か」


噛み傷を負った者がいないか、全員で互いの身体を確認した。


擦り傷や打撲を負った者はいたが、幸いにも噛まれた者はいない。


傷口を水で洗い、持っていたハンカチやタオルで応急処置を済ませる。


その間に、扉の前には古い机をさらに積み上げた。


無月が屋上の隅にある蛇口へ向かう。


捻ると、短く空気を吐いたあと、濁りのない水が勢いよく流れ出した。


匂いを確かめてから、貯水槽の残量計へ目を向ける。


「貯水タンクの水は生きてる。飲み水を優先して最低限に絞れば、五日くらいは持つと思う」


ひとまず、水はある。


それだけでも全員の表情がわずかに緩んだ。


「次は、ここで使えそうなものを探そう。何人かは扉の見張りに残って」


無月の提案を受け、五人ほどがバリケードの前に残る。


ほかの生徒たちで屋上と、脇に建てられた用具管理室を調べた。


五畳ほどの狭い物置には、箒やモップ、バケツといった清掃用具が押し込まれていた。


その奥から、大きなブルーシートが数枚見つかる。


用具管理室の壁に掛けられた鍵箱からは、屋上扉の予備鍵も一本出てきた。


手芸部の生徒が二人、ブルーシートの端を折り返し、裂けないよう幾重にもビニール紐を通していく。


不格好ながら数枚をつなぎ合わせ、フェンスと横倒しにした机の間へ斜めに張った。


風で煽られないよう、机の脚には用具室から運んだコンクリートブロックを載せる。


即席の屋根が出来上がった。


みすぼらしい見た目だった。


それでも、泣いていた生徒が初めてフェンス際から身体を離し、シートの下へ座る。


一人が入ると、ほかの生徒たちも少しずつその下へ集まっていった。


屋根がある。

たったそれだけのことが、今はひどく大きかった。


「これで日除けは確保できたね。風除けも欲しいところだけど……まあ、贅沢は言えないか」


無月が張られたシートを見上げる。


「準備もなしに逃げてきた割には、充分な環境よね」


四方田さんは静かに頷きながら、シートの下へ集められた鞄を見ていた。


「足りないのは……食料だね」


全員でポケットや鞄の中身を確認する。


逃げるだけで精いっぱいだったため、食べ物を持っている者はほとんどいない。


女子生徒が飴玉を数個持っていたが、十五人の命をつなげる量ではなかった。


空はまだ明るい。


校内へ戻るなら、少なくとも周囲を目で確認できる今のうちだ。


「誰が行くかを決める前に、下の状態を確認しよう」


無月がビニール紐と透明な用具袋を持ってくる。


録画状態にしたスマホを袋へ入れ、カメラの部分だけを外へ出して紐で固く縛った。


屋上のフェンス越しに、最上階の割れた窓までゆっくりと降ろしていく。


窓枠の高さで何度か向きを変え、廊下と教室の内部を撮影した。


数分後、回収したスマホの周りへ全員が集まる。


画面には、人の声が消えた校内を歩き回るゾンビたちが映っていた。


廊下を引きずる足音。

開いた教室へ入り、何かを探すように首を動かす生徒。

壁際へ座り込み、床に落ちた肉片を噛み続けている教師。


映った範囲だけでも十体を超えている。


教室の奥までは見えなかった。


「さっきよりは減ってるけど……廊下だけでこれだけいる。教室の中にも残ってるでしょうね」


画面を覗き込んだ四方田さんが眉を寄せる。


「授業中なのにね」


僕が肩をすくめると、四方田さんが呆れたようにこちらを見た。


「他人事みたいな言い方しないでよ……」


四方田さんは何か言いかけたが、そのまま口を閉じた。


映像を見終えた無月が、スマホを伏せる。


「食料を確保するなら、購買か食堂へ行く必要がある」


しばらく、誰も口を開かなかった。


校内へ戻らなければならない。


その事実だけが、十五人の間に置かれている。


「……僕が行く」


沈黙を破り、無月が手を挙げた。


「駄目だよ!」


すぐに声が上がる。


「無月がいなくなったら、誰が指示を出すんだよ」


「リーダーとして、ここにいてもらわないと困る」


「何かあった時、まとめられるのは無月だけだろ」


無月が反論するより先に、四方田さんが前へ出た。


「それなら、私が行く」


「八重も駄目!」


「あなたがいなくなったら、私たちは無防備になるじゃない」


「扉を破られたら、誰が守るの?」


四方田さんが唇を結ぶ。


数人の視線が、ブルーシートの下へ向いた。


膝を抱えていた嵯峨さんは、顔も上げずに呟いた。


「……無理。下に行けって言うなら、屋上を崩してでもここから動かないけど?」


誰も、それ以上は何も言わなかった。


視線が屋上をさまよう。


無月から外れ。


四方田さんから外れ。


嵯峨さんからも外れる。


誰も僕を指差さなかった。


ただ、僕以外から順番に目を逸らしていった。


最後に残った視線が、僕へ集まる。


「みんな、待ってくれ」


無月が一歩前へ出た。


「依代が行けることと、依代一人に行かせていいことは別だ」


「じゃあ、誰が一緒に行くんだよ」


男子生徒の一人が、低い声で返した。


無月が生徒たちを見渡す。


「戦えなくてもいい。周囲を見たり、危険を知らせたりはできる。誰か一緒に──」


誰も手を挙げなかった。


スマホの画面へ目を落とす者。


足元の小石を靴先で転がす。


「別に、押しつけてるわけじゃないよ」


別の生徒が、俯いたまま言った。


「依代が嫌なら、断ればいいし……」


「俺らがついて行っても、足手まといになるだけだろ」


「一人の方が動きやすいんじゃないの?」


「普通の人が行くよりは、絶対に安全だよ……」


無理に行けとは言わない。


嫌なら断ってもいい。


食料は必要だけれど、自分たちは行けない。


だから、最後は僕に決めさせたいのだろう。


自分たちが僕を選んだことにならないように。


「別にいいよ。僕が行く」


屋上のあちこちで、長く息を吐く音が重なった。


一人ではなかった。


それまで僕を見られなかった生徒たちが、そこで初めて顔を上げる。


「依代、待ってくれ」


無月だけは、安堵しなかった。


「いくら君でも、あの数を一人で相手にするのは──」


「下がどんな状況でも、誰かが行かないと食べ物は増えないでしょ」


「でも──」


無月は何度も口を開いた。


けれど、僕の代わりも、僕と一緒に行く人間も挙げることはできなかった。


「……分かった」


絞り出すように言い、無月は唇を噛む。


どうせ行くなら、さっさと済ませた方が楽だ。


右手の人差し指にはまった銀色の指輪を、親指で一度だけなぞる。


そのまま屋上の扉へ向かった。


扉を開けた瞬間にゾンビがなだれ込まないよう、ほかの生徒たちはシートの奥まで下がった。


嵯峨さんも壁へ手をつき、いつでもエゴを使えるよう扉を見ている。


扉脇へ残ったのは、四方田さんと無月だけだった。


無月が屋上扉の予備鍵を差し出す。


「戻る時は、これで外から開けられる。鍵が回る音がしたら、僕らが机を退かす」


鍵を受け取り、ポケットへ入れた。


扉の前へ積まれた机を、三人で静かにずらしていく。


途中で一度、振り返った。


さっきまで僕を見ていた生徒たちは、また誰一人として目を合わせなかった。


うつむく者。


意味もなくスマホを触る者。


ブルーシートの紐を何度も結び直す者。


四方田さんだけが僕の隣へ立つ。


「……扉のすぐ外にいるかもしれない。開けるところまでは、私が援護するわ」


「ありがとう、四方田さん」


扉へ耳を当てる。


向こう側から音はしない。


内鍵を外し、ノブをゆっくりと回した。


数センチだけ開いた隙間から、薄暗い階段を覗く。


人影はない。

ただ、血の臭いだけが下から漂ってきた。


「すまない、依代……」


無月が背後から小さく言った。

振り返ると、申し訳なさそうに眉を寄せている。


「そんなに謝らないでよ。……いつものことなんだから」


本当に、責めたつもりはなかった。

それでも、無月も四方田さんも何も言えなくなった。


気にしないでと言っても、気にしてと言っても、いつも同じ顔をされる。


困ったものだ。


前を向き直り、扉の向こうへ一歩踏み出した。


背後で扉が閉まる。


続いて、内側から机を押し戻す重い音が響いた。

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― 新着の感想 ―
そのまま一人で逃げたらいいと思うよ。
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