脱獄と逆襲! 科学技術と書類の山で挑む大決戦
静寂に包まれた深夜の地下牢。
ロザリアは息を潜め、ルシアンから渡された小さなガラス瓶の蓋を開けた。ドロリとした透明な薬品を鍵穴に一滴垂らすと、ジジジ⋯⋯と小さな泡が立ち、鉄が溶けるツンとした匂いが鼻をつく。
わずか三分。カチリと軽い音が響き、重厚な鉄格子が呆気なく開いた。
(⋯⋯本当に溶けたわ。相変わらず恐ろしい科学力ね)
ロザリアは音を立てずに牢を抜け出すと、羊皮紙に書かれていた地図に従って地下の暗い隠し通路を駆け抜けた。幾重もの警備を擦り抜け、王宮の最深部——かつて捨てられたという旧王宮の地下物置小屋へたどり着く。
ギシと木枠の扉を開けると、そこには眩いばかりの魔導ランプの光と、乱雑に積まれた機械部品の山があった。
「遅かったね、ロザリア。途中で捕まったかと思ってハラハラしたよ」
作業台に突っ伏して図面を描いていたルシアンが、油と煤で顔を汚したまま振り返った。
「誰のせいで脱獄囚になったと思っているんですか。それにしても⋯⋯ここは?」
「僕の秘密の地下工房さ。没収された試作品の予備や機材はすべてここに隠してある。さて⋯⋯明日の即位記念式典まで時間がない。反撃の準備を始めよう」
ルシアンは不敵に微笑むと、巨大な金属の筒のような謎のガジェットを指さした。
「公爵は『証拠がない』と白を切るつもりだ。だからこそ、式典に集まる全貴族と皇帝の目の前で、逃げ場のない『確定的な証拠』をデカデカと突きつけてやる必要がある」
「確定的な証拠⋯⋯。それなら、私に任せてください」
ロザリアは腕をまくり上げ、作業台の前にドカッと座り直した。
「公爵が偽造した過去十年の裏帳簿、消去されたはずの購入記録⋯⋯牢の中で私の頭の中にすべて叩き込みました。どの書類の何行目にどんな矛盾があるか、スラスラと口頭で証明してみせます!」
「頼もしいね。では僕は、君の証明を完璧なビジュアルとして壁面に投影する『超高輝度・科学プロジェクター』を完成させよう」
それからの時間は、まさに時間との戦いだった。
ルシアンは火花を散らしながらレンズと金属回路を組み立て、化学試薬の調合を急ぐ。
ロザリアはペンを走らせ、公爵の不正を示す数字のロジックを完璧に組み立てていく。
冷たい地下室の中で、カチャカチャという機械音と、紙をめくる音だけが響く。
ふと、ルシアンが手を止め、作業に没頭するロザリアの横顔を愛おしそうに見つめた。
「⋯⋯ロザリア」
「なんです? 今、数字の計算で忙しいのですが」
「君と出会えて良かったよ。もし君がいなければ、僕はただの『変人皇子』として誰にも理解されず、孤独に研究を奪われて終わっていたかもしれない」
予期せぬ言葉に、ロザリアの手がピタリと止まる。
振り返ると、ルシアンは煤けた顔で、どこか不器用な、けれど心からの温かい微笑みを浮かべていた。
「君のその粘り強さと圧倒的な頭脳が、僕の科学に意味を与えてくれたんだ。⋯⋯感謝している」
「?!」
不意打ちのような言葉に、ロザリアの胸がドキンと跳ね上がった。
顔が熱くなるのを隠すように、ロザリアはフンと鼻を鳴らしてみせた。
「⋯⋯お礼なら、式典が終わった後に『特大の特別手当』で払ってくださいね。それに、私も⋯⋯殿下の科学がなければ、ただの使い捨ての文官で終わっていましたから」
二人の視線が交差し、自然と笑みがこぼれる。
かつては孤独だった文官と皇子。だが今、二人を繋ぐ絆はどんな権力よりも強く、確かなものとなっていた。
「完成だ!」
夜明け前、ルシアンが掲げたガジェットが鈍い金属光沢を放った。
ロザリアの手元にも、完璧な「不正証明の構成案」が完成していた。
「さあ、ドレスに着替えてくれ、ロザリア。式典という名の最高の舞台へ、殴り込みと行こうじゃないか!」
「ええ、殿下! あの悪徳公爵をブッコロ⋯⋯叩きのめして、私の定時退勤を取り戻しますわ!」
朝焼けの光が差し込む中、反撃の牙を研ぎ澄ませた二人は、皇帝即位記念式典が行われる大聖堂へと向かって歩み出したのだった。




