第九話 千★里★眼(前編)
見た人物のステータスが分かるという、摩訶不思議な(アサヒにとってはお馴染みの)能力は、またたく間に城のなかで話題となり、アサヒはアルベリヒ王のもとへ呼び出された。
「相手の強さや状態が一目で分かるなんて、素晴らしいギフトだな。さすがアサヒ殿」
満足そうにアルベリヒ王がうなずき、周囲もそうだそうだとアサヒを賞賛する。
「いえ、本当、ただ見えるだけで、それだけですから……」
無双できるようになったりするわけじゃないですから。
いたたまれなくなったアサヒはだんだん小声になる。
しかもこの『ステータスが視えるギフト』、常に出していると視界が文字だらけで非常にうるさい。
意識してオンオフを切り替えないといけないという、面倒くさいポイントも追加されていた。
「何を言っておりますか! こんなに役に立つギフトはありませんぞ! 相手の強さを確認してから策を練られる、状態を見て戦況を動かせる!」
バルタザール宰相が顔を赤くして、興奮したようにまくし立てる。
その時だった。
「ーーアサヒ殿は、もしや千里眼をお持ちではないか?」
黙って状況を見守っていたギルバート卿が、ゆっくりと口を開いた。
「千里眼……?」
千里眼って、壁の向こうを透視したり、遥か遠くの出来事や、未来の予知までできるという、超能力のことだろうか。
「思えば、召喚されたときから、アサヒ殿は妙に落ち着いていた。その後の行動も、なにか確認するように淀みなく動かれていましたな」
逃げることを許さない、とでもいうようにギルバート卿の目がギョロリとアサヒを捕らえる。
「ーーもしや、最初からこの世界や、未来が視えていたのでは?」
……やややややばい。
アサヒは、自分がとんでもない方向へ過大評価されている事態に、背中から冷や汗が吹き出た。
「い! いえ! 全然です! ホントに知りません! 流れだけ! 魔王を倒すって流れくらいしかーー」
言い終わらぬうちに、アサヒの必死な弁明は室内の歓声にかき消された。
「やはり魔王は倒される運命にある! アサヒ殿は千里眼を持った真の勇者だ!!」
違うんです……。ただの虚無ゲーをプレイしただけなんです……。千里眼なんてそんな大層なものじゃないんです……。
興奮する大人たちと、真ん中で半泣きで焦るアサヒ。
「日本にいたとき、勇者になってルーメン王国の魔王を倒す『夢』を見たんです!」
必死にひねり出したアサヒの言い訳に、ギルバート卿たちが一応の納得を示すまで、この異様な尋問は、小一時間も続いた。
やっと解放されることになり、ギルバート卿の付き人の青年に出口まで案内される。
石造りの床にただ足音だけが交互に響く。
ツヤツヤの顎下で切りそろえた黒髪がサラサラと揺れる。整った顔立ちでいつも静かに控える姿勢が、彼をどこか、精巧な人形のように感じさせた。
「アサヒ様、お気をつけください」
不意に、青年がピタリと足を止めて振り返った。
涙ボクロが印象的な左目が、油断なくあたりを警戒するように泳ぐ。
「皆、貴方を利用しようと狙っています」
「え」
こんなチープなギフト、狙う価値ある?
アサヒはポカンと口を開いたが、青年はそれだけ言うと、すぐに踵を返した。
「待って!貴方は……」
「私はユーリ。
ーーどうか、真実を見つけてください」
あっという間に小さくなる背中を、ステータス画面を出すのも忘れ、アサヒは呆然と見送った。
*
学術院に帰ってアルベルトの顔を見てやっと、アサヒは力を抜くことができた。
「いや、本当に怖かったー」
大袈裟に身体を震わせるアサヒに、アルベルトは考え込むように呟く。
「しかし、こちらの世界に来る前にルーメンの夢を見るとは。やはりアサは、アウローラ様に愛されているな」
「いや本当、そんなんじゃないって」
顔の前でブンブンと手を振る。
「……アサヒという名前は、『朝の日の光』という意味なのだろう? アウローラ様は、夜明けを司る神だ。
その名を持つ君が召喚されたことは、きっと大きな意味を持つと、私は思うよ」
顔を上げたアルベルトは、アサヒを見てそっとほほ笑んだ。
「あ、ありがとう。……ねえ、そういえばさ、アルベルト」
アサヒは少し照れくささを隠すように、ふと思いついたことを口にした。
「ギルバート卿の付き人の、ユーリさんって人知ってる?」
「……いや、知らないな。家名は分かるか?貴族の出自であれば分かるかもしれない」
アルベルトは手で顎を押さえじっと固まってしまった。アサヒは慌てて言葉を付け加える。
「ごめん、家名は分からなくって……、もう大丈夫だよ! ていうか、アルベルトの名前ってかっこいいよね!アルベルト・ヴァルハイトって、伯爵家!ってかんじで高貴すぎて……
……本当だったら、オレなんかじゃ話すこともできないような身分なんだよな」
なんだか、話しながら悲しくなってきた……。
しょんぼりと肩を落としたアサヒの頭を、アルベルトは乱暴にかき回す。
「……アルでいい」
「……え?」
「だから、アルでいいと言っているんだ……友達だろう」
そっぽを向くアルベルトの耳は、リンゴのように真っ赤に染まっていた。
異世界の高貴な伯爵家の騎士と、日本のモブ男子高校生。二人の魂の距離が、確かに一歩だけ近づいた瞬間だった。
*
それからもゲーム同様、何もない村への訪問イベントをこなし、アルベルトやテオの魔法スパルタ特訓を受け、サーラやエマに勉強を教えてもらい、アサヒの日常は慌ただしく過ぎていった。
さらに九月に入ると、月末に行われるダンスパーティーに向けたダンス訓練も追加され、アサヒは目が回るほどの忙しさだった。
「アサヒ!」
慣れないダンスの練習後、固まってしまった身体をコキコキと鳴らしていると、珍しく慌てた様子のテオが駆け寄ってきた。
「アサヒ、キョウスケ君を知らないか?」
キョウスケ君?
一ヶ月ほど前の暴力騒ぎから、しばらく顔を見ていない。
「ごめん、知らない……。テオがキョウスケ君に用があるなんてめずらしいね。一体どうしたの?」
以前はキョウスケにどう接すれば良いか分からないと言っていたのに、何があったのだろう。
テオは、「いや、ちょっとね……」と言葉を濁し、「じゃあこれも知らないか」、と改めてアサヒに向き直った。
「彼も先日、十七歳の儀式を受けたそうだ」
そういえば、キョウスケは九月一日が誕生日だと言っていた。
「ーー彼は……何のギフトも、貰えなかったみたいだ」
ドクン、とアサヒの心臓が、すっと冷たくなった。
教室で王様のように大声で笑うキョウスケの姿を思い出そうとした。
でも、あの日のびしょ濡れのプリン頭が邪魔をする。
この世界に拒絶された、かつての王様は今、
一体どこにいるんだろう。
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