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第十話 千☆里☆眼(後編)


って、いるんかーーーーい。


九月末、王城にて学術院の生徒も招かれた大きなパーティが開催された。


収穫祭の行事の一つとして、毎年開催されるものだそうだ。


アサヒは馴染みのない礼服に身を包み、周囲のきらびやかな雰囲気に圧倒されていた。


モブの性か、ソワソワと落ち着かないアサヒは人の隙間をぬって広間の隅に向かう。


……ふう。やっと息がつける。


周囲を見回したアサヒは、そこに圧倒的な不審人物を見つけた。


壁際に並んだ豪華な料理の前で広間に背を向け、大量の料理を自分のお皿に盛り付けている赤茶色のプリン頭。


時折、「ちょっ」「まてヤメロ」とブツブツ独り言も聞こえてくる。


【キョウスケ】

 レベル:15

 たいりょく∶40

 まりょく:50

 じょうたい:ふつう


「キョウスケ……くん?」


恐る恐る声をかけると、不審人物はビクッと身を屈め、ギシギシと音がしそうなほどぎこちなくアサヒを振り返る。


「や、やあ……アサヒ。この前は、オレの暴走を止めてくれて……アリガトウ」


不審人物ーーキョウスケはロボットのように不自然な笑みを浮かべた。


「久しぶりだね。最近顔を見てなかったから心配してたんだ」


「あ、ああ……オレは元気でやってるから心配しなくて大丈夫。あ……アリガトな」


まるで誰かが手渡した原稿を突然読まされたみたいな喋り方だ。


どう見ても怪しいが、キョウスケはこの世界に来てから一番生き生きしているように見える。


ステータス画面を見ても異常はなさそうだ。


「本当に、大丈夫なんだね?」


「だから大丈夫だって!あ、オレ用あるから行くな!」


じゃあな!そう言うやいなや、キョウスケはギクシャク足早に庭園へ消えていった。


「……ホントに大丈夫なのかなぁ」


アサヒが首を傾げた時だった。


「アサ。メイドたちが慌てている」


音もなく隣に寄ってきたアルベルトが耳打ちした。


目線を走らせると、たしかに普段は壁の隅でツンとすましているメイド達が、コソコソ耳打ちしたり、周囲をキョロキョロと見回したり慌ただしく動いている。


「どうしたんだろう」


言い終わらないうちに、下品な金切り声が広間中に響き渡り、広間の喧騒が一瞬で凍りついた。


「まあ! サーラ様! 何ということでしょう!!」


悲鳴を上げたのは、以前アサヒにぐいぐいと露出の高い身体を押し付けてきたクロエ・マイヤーだった。


隣には当然のように腕を組んでふんぞり返ったラインハルト・グライエンが立っている。


「感謝の儀式で使用する国宝を、紛失なさるなんて! 大罪ですわあ!!」


クロエは会場の人々に言い聞かせるように、大きく、はっきりと金切り声で叫び続ける。


「ローゼンベルク侯爵家のご令嬢であるサーラ様にあるまじき大失態ですわあ!」


「サーラ! グライエン侯爵家で王家の血筋の私の婚約者でありながら、なんと不始末を!  王家への不敬、もはや婚約破棄に値するぞ!」


ラインハルトも、公衆の面前でこれみよがしに責め立てる。


国宝の紛失という一大事に、周囲は一斉にサーラへ向けて驚きの視線とヒソヒソ声を浴びせ始めた。


収穫祭のパーティでは、建国の際に祝福の神アウローラが初代国王へ豊穣の恵みを渡したという神話に倣い、アウローラに扮した女生徒が、国王陛下へ国宝【ルーメンの心】を献上するという儀式がある。


今年はそのアウローラ役にサーラが選ばれていたのだ。


「【ルーメンの心】は私が肌見放さず大切に管理しておりました」


サーラは、自身のドレスの腰元に下がった、金銀の美しいチェーンについた小さなケースを指差した。


「唯一、目を離したのは、クロエ様が私に倒れ込み、ワインを零しそうになった一瞬だけですわ」


サーラは毅然と言い放つが、心なしかその顔は青ざめている。


ーーちょっとマジか。断罪イベントまであるのかよ!


人垣を掻き分けてようやく顔を出したアサヒは、心の中で猛烈に毒づく。


ーー素人虚無ゲーのクセに、盛り込みすぎなんだよ!!


「まあ! 国宝の紛失だけでは飽き足らず、私に濡れ衣を着せるなんて! サーラ様、これ以上罪を重ねるのはお辞めになって!!」


よよよよ……大袈裟に顔を覆い、クロエはわざとらしくラインハルトにもたれかかる。


「サーラ! もはや王家への冒涜だぞ!」


マズイな。アサヒは考える。


絶対、どう考えても、100%ラインハルトたちの犯行だろう。


ラインハルトは勝利を確信した顔を隠せていない。 


だが、メイド達の慌てようからすると、【ルーメンの心】はまだ見つからないようだ。


サーラの横顔にも薄っすらと汗が滲んでいる。 


ルーメンの心が見つからないことにはサーラの無実は証明できない。


ラインハルトの様子からすれば、隠し場所によっぽど自信があるのだろう。


パーティ中に盗んで、すぐに隠せる、絶対に見つからない隠し場所……。


……。


…………。


………………あるじゃん。


アサヒは『ある場所』を浮かべた。


あの『ユウトを助けて』のゲームのなかで、虚無の二時間で探しまくった王城内の、何もなかった小さな部屋。


「あのー」


アサヒはこっそり左手を上げながら、サーラの前に進み出た。


「なんだ。異世界の平民勇者じゃないか。今、高貴な話し合いをしているから、君は首を挟まないでくれないか」


「オレ、心当たりがあります」


「え?」


ポカンとしたラインハルトを無視して、アサヒはそのまま大広間の西側の壁に進んだ。


「たしか、一番端の装飾の……」


そして、ペタペタと壁の小さな宝石で彩られた装飾を触り始める。


あーディテールはゲームじゃ再現されてないんだよなぁ……。


ミサキー……。


ブツブツと呟きながら、装飾の端に埋められたエメラルドを押した時、



ーーカタン



とてもとても小さな音が、壁の外側から聞こえてきた。


そのまま壁を押すと、足元に一人分の隙間が生まれた。


「あ!これかな?」


するりと隙間から空間へ入ったアサヒは、ほどなく何かを見つけ、サーラへ渡した。


「アサヒ様。これは、間違いなくルーメンの心ですわ」


直径五センチほどの大きな宝石のついたネックレス。


ダイヤモンドのような透明に輝く石だが、時折内部が青や赤色に不規則にキラリと輝く不思議なもの。


「やはり、盗まれていたのですわ」


ラインハルトとクロエは血の気が引いた顔で尚も喚く。


「何をデタラメを! 自分で隠したのだろう!」ラインハルトの声が泳ぐ。


くそっ。まーだ言い逃れするか!


確かに宝石を見つけただけでは、犯人は仕留められない……。


アサヒは奥歯を噛み締め、ぐっと拳を握りしめた。


ぐぬぬぬ。


額から冷たい汗がひとすじ流れたとき、ふと、涼し気な風が吹き、アルベルトがアサヒの隣に並んだ。


そしてラインハルトへ向けて冷徹な一歩を踏み出し、ゆっくりと口を開いた。


「……不可解ですね、ラインハルト様」


涼やかな声が、広間にくっきりと響き渡る。


「王城には、王家直系の一族のみにしか伝えられない秘密の部屋がいくつかあると聞いたことがあります。


今、アサヒが入った部屋もその一つなのでは?なれば、サーラ嬢はその部屋にルーメンの心を隠すことなど不可能です」


「このパーティ会場で、あの部屋の存在を知っているのは、国王陛下と女王陛下、


ーーそれから王家から降下された元王女を母君に持つラインハルト様のみなのでは?」


広間の貴族たちが、ハッとしてラインハルトとクロエを見つめた。


アルベルトの冷徹な推理が、ラインハルトたちの自作自演の罠を、公衆の面前で完全に丸裸にしてみせたのだ。


「もうよい」


アルベリヒ国王が立ち上がり、ラインハルトとクロエの拘束を命じる。


「さすがアルベルト殿」「これぞ王国の希望ですな」

周囲がアルベルトに向けて惜しみない拍手を向ける。


……へ、へー。

そうだったんだあ。

あの隠し部屋、王家しか知らない設定だったのかぁ……。

ミサキ!!ちゃんと作れ!!


取り囲まれるアルベルトの姿を眺めながら、プンプンと一人心のなかで虚無ゲーを罵っていたアサヒは、背後でサーラが、救われた驚きと高鳴る胸を抑えるように、自分の背中をそっと見つめていたことに気が付かなかった。


「ち、違う私じゃない!! じゃ、じゃあ、なぜお前がこの部屋を知っているんだ!?お前が盗んだんだろう!」


騎士に取り囲まれながらも、狂ったように顔を引きつらせ、ラインハルトがアサヒに向けて絶叫した。


「王家の血を引く我らしか知らぬはずの部屋を、なぜ異界の平民風情が言い当てられる!  答えろ!!」


一瞬で静寂に包まれた広間の真ん中で、全員の視線がアサヒに集中する。


…………え?


確かに、部屋を知ってるならオレも容疑者じゃん!!


強すぎる視線に取り囲まれ、アサヒは思わず一歩後ずさる。


……どうしよう。


逃げ道は、どこにもない。完全に、後に引けなくなった。


冷や汗が、顎のラインを伝って床へしたたり落ちたとき、


アサヒは半泣きになりながら、しかし、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。





「――千・里・眼・です!!!!」



その声は、大広間の高い天井に、虚しく、力強く、こだました。






たくさんの作品の中から、本作をお読みくださりありがとうございます。本作は毎日18:00に、最新話を1話ずつ更新してまいります 。

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