第十一話 魔王
あのパーティーでの千里眼騒動から、アサヒには『千里眼の勇者様』という荷が重すぎる二つ名がついてしまった。
「アサヒ君も大変だねえ。」
勉強の合間に訪れた『ごはん処 はと』。
混雑する店内で、一人ため息をついていると、女将さんがカカカッと笑いながら、アサヒの眼の前にドンと丼を置いた。
「疲れたら肉! 肉を食べな!」
ホカホカと湯気を立てる牛丼……によく似た料理。
「え、これは……?」
「夫がね、よく言ってたんだよ。肉を食べればたいてい何とかなるってね」
女将さんは少し寂しそうに自身の左手に目線を落とした。節くれだった、骨ばった、いかにも働き者の手だ。
ありがたくいただくことにして、スプーンを口に運ぶ。
……美味い。
チラリと厨房を見ると、今日も若い男性と年配の男性が黙々と調理している。
年配の男性は、頭からフードをしっかり着込んで顔立ちは分からないが、結構細身の身体つきをしている気がする。
もぐもぐと口を動かしていると、ミーナの元気な声が響いた。
「お父さん、一名様ご来店ー!」
「あれ! アサヒじゃん! ――あ、違った、今は『千里眼の勇者様』だったっけ?」
お店の重い木製のドアを開けて、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら近づいてくるテオを、アサヒは猛烈に睨みつけた。
「お前、マジでやめろって言ってるだろ!!」
*
学術院に帰ると、またもギルバート卿が待ち構えていた。背後には人形のようにユーリと名乗った青年が控えている。
今回集められたのは、アサヒと、アルベルトだけた。
「あの、キョウスケは……?」
「ああ、彼ならもう魔王討伐には必要ないだろう」
こともなげにギルバート卿が告げる。
「まずは、君達にラインハルト・グライエンの件を感謝しよう。昨今のかの家の横暴には王家も手を焼いていたのだ」
ちょうどよかった。
氷のような表情のギルバートに、アサヒはあの事件の結末を予感する。
「あの……ラインハルト達は、どうなるんですか?」
恐る恐る口に出すと、ギルバートはギョロリとした目をにやりと細めた。
「なぁに、心配ないよ。しばらく大人しくしてもらうだけさ」
ユーリが、息を留めて深く俯いた。
「それで、だ」
ギルバート卿は続ける。
「本格的に力をつけて来た君たちに、そろそろ魔王、それから魔族のことを伝えないといけないと思ってね。アサヒ君、ここにいる私たちのレベルを視てくれるかい?」
アサヒは一度目をぐっと閉じると、ステータスが視える目をもって部屋を見回した。
【タチバナ・アサヒ】
レベル:55
たいりょく:体力45
まりょく:70
【ギルバート・シュバルツ】
レベル:87
たいりょく:95
まりょく:75
【アルベルト・ヴァルハイト】
レベル:62
たいりょく:75
まりょく:65
一人ずつレベルを読み上げると、ギルバート卿は満足したように頷いた。
「ふむ。二人ともレベルが順調に上がっているな
この調子で鍛錬していけば、あと数ヶ月もすれば『痣の勇者』たちの能力をはるかに超えるだろう」
アサヒはふぅ、と胸の内で安堵の息をついた。
そして能力を解除しようとしたその瞬間、
アサヒの視界に、本当に何気なく、部屋の片隅に佇む青年が入った。
【ハセガワ・ユウト(ユーリ)】
レベル:40
たいりょく:45
まりょく:50
ユウト?
――え?ユウト……?
……え? あの、虚無ゲーのタイトルになってた、ユウト……!?
まん丸の目で見つめられたユーリは、怪訝そうにアサヒを一瞥し、すぐに視線をそらした。
アサヒの脳内を襲った凄まじい驚愕をよそに、ギルバート卿は熱っぽく話し始める。
「今やわが国には痣の勇者の軍隊と、鍛えられた騎士団もいる。そして最強の召喚勇者! ついに舞台は整ったのだ!!」
ギルバート卿はユーリから手渡された地図を広げ、レムレトの村と国境の間の地帯を指した。
「魔王は五十年前に突如として神の扉からわが国へ現れ、国を恐怖に落とし込んだと聞いている」
【禁足地】と禍々しく書かれたその場所へ、そのままドンッと拳を叩きつける。
「今は魔族とともに禁足地に潜んでいるが……。恐らく簒奪の魔女も味方に付けている。
わが国として、いつまでもこのような悪しき者達を生かしておくことはできない」
アルベルトが冷徹な双眸を動かし静かに口を開く。
「魔王は、一体どのような力があるのでしょうか?」
「具体的なことは誰も分からない。だが、魔王は……この世界の誰よりも強い。そして魔族は透明化して人を害すると、そう記録が残っている。
簒奪の魔女自体は強くはないが、あの女は国に不満を持つものを騙してレジスタンス軍を組織しているという話だ」
ギルバート卿は一瞬、忌々しげに顔をしかめ――次の瞬間、まるで芝居がかった口調で、大げさに両手を広げて叫んだ。
「だが、もはや我々の軍事力の敵ではない! さあ、アサヒ殿。禁足地への魔王討伐へ向けて動き出しましょうぞ」
その大声に、アサヒははっとわれに返った。
「え?魔王って、お城に来るんじゃないの?」
ゲームでは、神の扉の部屋に立ってたけど……
しん………
一瞬で、部屋の中が凍りつくような不気味な静寂に包まれた。
「魔王が、王城に襲来するのか!!」
ギルバートはガシッとアサヒの両肩を力任せに掴み、血走った目を向ける。
「いつだ! いつ魔王は襲ってくるのだ!?」
「え、えっと、たしか慰霊訪問ですべての町を回ったあとに城に戻ると、神の扉の前に……」
血走った目に射殺されそうになりながらも、アサヒは必死にこたえる。
「最後の視察は、たしか一ヶ月後だったな」
ギルバートはさっと顔色を変えると、ユーリに命じた。
「すぐに騎士団に武装させよ!!!!! 国を挙げて迎え撃つぞ!!!」
「はっ!」
音もなく部屋の外へと走り去るユーリに続き、ギルバートもガチャガチャと大剣を鳴らせて外へ出ていく。
そして最後に出口で、取ってつけたように顔だけを覗かせた。
「アサヒ殿。予言をありがとう。対策を講じ次第連絡する。君たちにも、大役を依頼することになるだろう」
誤魔化しも言い訳もする時間もないまま。
アサヒとアルベルトは、嵐が去った後のような静かな部屋に、2人きりで取り残されてしまった――。
*
あれから、アサヒは何度もユーリと接触しようとしたが、どうしてもユーリの姿を見つけることができなかった。
なんとかギルバート卿と会えた際にそれとなく聞いてみたが、
「ああ、彼か。なんでも体調不良だと宣うから、しばらく暇をだしてやったのだ……。全くこんなに忙しい時に」
ギルバート卿の強面の顔がさらに険しくなり、これ以上、深く聞くことはできなかった。
ワンパンで倒せるはずの魔王、ゲームにはいなかった透明化する魔族という敵。
そして、アサヒに不気味な忠告を残し、姿を消した『ユウト』。
自分を中心に周りの世界が大きくぐるぐる変わっていくのにーー自分だけが何も分からない。
世界の中心にいるのに孤独って、こんな事ある?
怖い。
アサヒはこの世界に来て初めて、心からの恐怖を感じた。
一人、とぼとぼと学術院に戻ってくると、談話室でアルベルトとテオが心配そうにアサヒを出迎えてくれた。
「アサヒ」
「アサ」
学術院も、あの魔王襲来の預言から一気に様子を変えていた。
ブレイブクラスは戦闘訓練のみ、ノーブルクラスは救護班として王都に残る生徒以外は避難することになったのだ。
季節は秋。
街なかの広葉樹は皆、燃えるように赤く染まっている
いつもなら綺麗だと感じる赤も、今のアサヒには戦火の訪れの炎の色としか見えなくなっていた。
「……大丈夫か?こんなことに巻き込んでごめんな」
静まり返った談話室で、苦しそうにテオがアサヒの背中をさする。
「何でテオが謝るんだよ! 大丈夫大丈夫!」
アハハ! アサヒのから元気な声が談話室に虚しく響く。
その時だった。
「アサヒ様」
入口からサーラとニナがひょっこりと顔を出した。
「サーラ、ニナ……? 二人とも避難したんじゃなかったの?」
アサヒが驚いて尋ねると、二人はキョトンと顔を見合わせてアサヒに優しく笑いかけた。
「私達、救護班として志願したんです。治癒魔法を使えますし、きっとお役に立てると思いますわ。国の危機に避難なんて、貴族として恥ずべきことですもの」
サーラが決意を秘めた、綺麗な顔で微笑む。
「でも」
アサヒが言い淀むと、今度はニナが自分の胸に力強く拳を当てた。
「大丈夫ですアサヒ様。私達は王城ではなく神殿での救護ですから。それに……」
ニナはバチンと茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。
「いざとなったら……私の『炎の龍』が、今度こそ火を吹きますからね! サーラ様と練習したんですよ!」
その言葉に、アサヒの顔にやっと笑みが戻ってきた。
そうだ、とアサヒは思う。
「そうだね。分からないことばかりだけど、オレはオレを助けてくれた人たちを守りたい」
国とか、魔王とか、何が本当なのかはもう分からない。
突然異世界転移して、全然チートなんかじゃなかった。ゲームと違うところばかりだし、毎日泥臭く頑張るしかなかった。
でも。
アルベルトが、テオが、サーラが、ニナがいてくれたから。
――だから、今日まで頑張れたんだ。街の人たちがアサヒに向けてくれたあの温かい笑顔も、決して嘘なんかじゃない。
自分が戦うための、一番『確かなもの』を、アサヒは思い出した。
――ドクン。アサヒの瞳に、力強い本物の光が灯る。
「行こう。――皆の笑顔を、守ろう!」
たくさんの作品の中から、本作をお読みくださりありがとうございます。本作は毎日18:00に、最新話を1話ずつ更新してまいります 。
面白いと思っていただけましたら、
【ブックマーク】【いいね】【評価の★】等押してくださりますと、たいへん励みになります!
感想やコメントもお気軽にいただけると嬉しいです。




