第十二話 響介
ゲームのストーリーでは、村の訪問イベントを全てこなすと、『神の扉』の部屋に魔王が現れた。
最後の都市訪問は十一月三十日に決まった。
決戦の日に向けて増えていく騎士の人数、揃えられたおびただしい数の武器。
着々と準備は進む。
本当に魔王は来るのか。
分からない。
ーーでも、自分にできることをするだけだ。
アサヒは傷だらけになった手のひらをギュッと握りしめた。
*
そしてその日、アサヒたちの最後の都市訪問が終わった。
「アサヒ殿、アルベルト殿、こちらへ」
王城に戻り、騎士に案内されたのは最奥にある神の扉の部屋だった。
厳重な封印はすべて解かれ、あちこちに配置された騎士の間をくぐって中に入れてもらった。
広い部屋だ。
薄暗く、白い柱と壁があるだけの、不気味なほどなにもない部屋。
その中心に、東南の壁を正面に、少し傾くように、乳白色の大きな円形の扉が、荘厳に、静かに立っていた。
アサヒは、息を呑みそっと扉に近づいた。
扉の表面には繊細で美しい彫刻がなされている。
時計……のように見えるが、どこかがおかしい。
「アサ。これは日時計だ。本来は中心に針があり、太陽の影で時間を測る」
アルベルトが隣に立ち、低い声で教えてくれた。
「日時計……」
アサヒは、日本にいた頃、公園で見た日時計を思い出した。
太陽の強い光でくっきりと日時計が時を指していた、あの明るい公園に対し、この部屋には、遥か高所に明かり取りの窓があるだけだ。
今は、その高い窓から、冷たい月からの明かりが細い線のように差し込んでいた。
刻々と、時間だけがすぎていく。
部屋の入口から騒がしい喧騒が聞こえ、ギルバート卿が何人かの騎士を従えて部屋の中に入ってきた。
すぐ後ろには、ユーリも、いつものように静かに控えている。
アサヒは、やっと会えたユーリと話がしたかったが、目に見えてイライラしているギルバート卿が、些細なことでユーリに激しく怒鳴り散らしており、どうしても話しかけるタイミングをつかみ損ねていた。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……
どこかで重々しく鐘の鳴る音が響き渡った。
夜の九時を知らせる、神殿の鐘だろうか。
さっきまで忙しなかった室内が、一瞬ピタリと動きを止めた。
ーーその瞬間だった。
ひゅるるるるるる……
どこか、花火の打ち上げ音によく似た音が聞こえた――と思った、次の瞬間。
ドゴオオオオオオオオオオオン!!!!!
凄まじい大爆発の衝撃を正面から浴び、アサヒの身体は後ろへと吹っ飛んだ。
「アサ! 大丈夫か!?」
すぐに駆け寄ってきたアルベルトに身体を起こされ、痛む頭を振って顔を上げる。
視線の先――頑丈だったはずの城壁に、ポッカリと大きく、無残な穴が空いていた。
そして、その穴の真ん中に、冷たく青白い大量の月光を背にして、一人の青年が立っていた。
「こんばんは皆さん!! お招きくださりありがとう! お待ちかねの怖いこわーい魔王さまの登場だよーーん!!」
眩しい月明かりのスポットライトを全身に浴びながら、その人物は、ひどく仰々しく演技かかった一礼をしてみせる。
「ふざけやがって!! アサヒ殿、あいつは本当に魔王なのか!?」
ギルバート卿が青筋を立てて苛立ちを隠さず叫ぶ、
アサヒは、声が出なかった。
すでに魔王のステータスを『視て』、いたからだ。
「ま、魔王です……」
「レベルはどうなんだ!? 勝てるのか!?」
「レベルは、カンスト……」
「カンスト!?なんだそれは!?」
ギルバート卿の声はもはや絶叫に近い。
物語の主人公のように、月明かりを浴びて若い男の左胸には、
【✝魔王✝ (本名はヒ・ミ・ツ)】
レベル:999
たいりょく:999
まりょく:999
じょうたい:絶好調☆
ふざけきった最悪のステータスウィンドウがぶら下がっていた。
魔王は、糸のように細い目をニヤニヤと歪めながら心底楽しそうに笑っている。
「強すぎです!!勝てません!!」
アサヒの悲鳴に、ギルバートはギリギリと歯ぎしりし、騎士団を指揮しようと口を開けた。
「おっと! 僕はただ、君たちに挨拶したかっただけだよ。僕はこの部屋に用はないからね。じゃあね!」
魔王はアサヒに向けてバチンとウインクし、ご丁寧に投げキッスまでしてみせたあと、「とうっ」と、どこまでもふざけきった態度のまま煙のように消えた。
直後、城外から地鳴りのような大きな破壊音が響き渡る。
「くそっ! 陛下が危ない!」
ギルバート卿は慌てて魔王の空けた大穴に足先を向けた。
――その、無防備な背中に。
スッと冷たい月明かりを反射した剣が、鋭い狙いを定めた。
――ガキィンッ!!!!!
ギルバート卿の命を狙ったユーリの凶刃は、凄まじい速度で瞬間移動したアルベルトの剣によって、寸前で激しく弾き飛ばされた。
「さすがは『瞬足』のギフト。お見事な反応だな、アルベルト様」
初めから防がれると予想していたかのように、ユーリが唇の端を吊り上げる。
「……どうして貴方が、このような真似を」
「この男は……私の母の仇。ここで倒すべき私の敵だ」
ユーリは切れ長の目をさらに鋭く尖らせ、ギルバート卿を睨みつける。
「母の仇だと……? ふん、馬鹿馬鹿しい。お前なんぞに、この私が殺せるか!」
ギルバート卿は一瞬狼狽えながらも、すぐにいつもの冷酷な、人を見下した表情を浮かべた。
すでにユーリの周囲には、王城の騎士たちが何人も武器を構えて取り囲み、今にも一斉に斬りかかろうと間合いを詰めている。
「――私の母の名は、瀬尾ミサキ」
ガチャガチャと、騎士たちの頑丈な甲冑が騒がしく擦れ合う音の中、ユーリのその声だけは、不思議なほど凛と、そして静かに室内に響き渡った。
「ミサキ……だと……っ!?」
「私はユウト。お前の嘘を暴くため、ずっと人形のように潜んで監視していた」
「クソが……っ!!」
顔を歪めたギルバート卿が、自身の大剣に手をかけた――まさに、その瞬間だった。
――バリバリバリバリバリッ!!!!!
空間そのものを強引に切り裂くように、激しい電流が室内を走り抜け、入口付近にいた騎士たちが悲鳴をあげる暇もなく、次々となぎ倒されて崩れ落ちていく。
その騎士たちの隙間を縫うようにして、背の高い若い男と、小柄な少年が勢いよく飛び出してきた。
二人は圧倒的な身のこなしで、ユーリを取り囲んでいた騎士たちを次々と蹴散らしていく。
「アサヒーーー!!!!!」
目の前で起きるあまりの怒涛の出来事に、呆然と立ち尽くしていたアサヒは、その叫び声に、強制的に部屋の入口へと視線を戻させられた。
――そこには。
紫色を帯びた、不気味に迸る激しい電流を右腕に猛烈に纏わせたキョウスケが、獣のような鋭い眼光で、アサヒのことをじっと睨みつけていた。
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