第十三話 神の扉
「キョウスケ……くん……?」
――なぜ、ここに。
脳内で言葉を繋ぐよりも早く、凄まじい勢いでキョウスケがまっすぐに突進してくる。
自分に向けて容赦なく振り下ろされた、電撃を帯びた右手の拳をかろうじて紙一重でかわし、アサヒはとっさに左手を構えた。
「大気の共鳴を以て、境界線の破綻を証明する。我が左手に集う突風よ――解き放たれよ!!!!!」
容赦なく放たれた突風を正面からまともに浴び、キョウスケの身体が後ろへと激しく吹っ飛んでいく。
気がつけば、『神の扉』の間には、数え切れないほどの武装した乱入者たちが次々となだれ込んできており、あちこちで敵と味方が入り乱れる、地獄のような大混戦が繰り広げられていた。
「クソッ!忌々しいレジスタンスどもが!!」
ギルバート卿が顔を歪めて激しく吐き捨てる。
相変わらず、城の外からは派手な破壊音が鳴り響き続けていた。
サーラやニナは、無事だろうか。
あちこちから剣の激しくぶつかり合う金属音や、悲鳴が聞こえてくる。
――助けなきゃ。
アサヒは魔法を唱えようと、左手を構えた。
――でも、誰を?
オレは今、一体誰を攻撃すればいいんだ……!?
「アサヒーーー!!! お前の相手は、オレだーーー!!」
混迷するアサヒの視界を、キョウスケの激しい雷光が襲った。
「アサヒ! 日本に帰るぞ! その前に一発殴らせろ!」
――帰ったら、できねぇからな。
必死に、でもどこか愉快そうにキョウスケの叫びが響く。
「帰る……? こんなメチャクチャな状態で、帰るなんてできるわけないだろ!! そもそも、神の扉は『神』しか開けられないんじゃないのか!?」
もう、目の前のパニックにアサヒの思考は追いつかない。
「開けられるさ」
部屋の隅で、ギルバート卿に剣を構えながら、ユーリが皮肉げに冷たく笑った。
「母は……ミサキは扉を開けて日本に帰ったんだろう? だが、お前は殺したと嘘をついて、最高の功績を上げた。違うかい? ギルバート公爵様?」
嘘を暴かれたギルバート卿の顔が、怒りでどす黒く変化する。
「アサヒ殿! その者たちは簒奪の魔女に完全に操られているのだ! そんな戯言に、絶対に耳を貸すな!」
ギルバート卿の指示で、大勢の王城騎士が一斉にキョウスケに向かって斬りかかった。
自身に向かってくる騎士に対し、キョウスケは大きく右腕を振り上げ、
――バリバリバリバリバリッ!!!!!
容赦なく紫の電撃を放ち、十数人の騎士を同時に昏倒させ、尚もアサヒめがけて右腕をまっすぐに振り下ろしてくる。
「キョウスケ! オレはこの世界の皆を、笑顔にするって決めたんだ!!」
「違うアサヒ!! ケンカの相手を間違えるんじゃねえ!! こいつらのケンカに、これ以上巻き込まれんじゃねえ!!」
アサヒの左手から生み出された美しい水龍が、激しい奔流となって周囲を巻き込みながらキョウスケに迫る。
鮮やかにきらめく青い水龍に、キョウスケの放つ禍々しい紫色の雷が猛烈に絡みつき――次の瞬間、神の扉の間を揺るがす、特大の爆発がドカンと巻き起こった。
「オレは、お前がうらやましかった!!」
狂ったように、雷を纏った右の拳を振り上げながらキョウスケが激しく怒鳴る。
「こっちに来てからじゃねえ!! あっちにいた時もだ!! いっつも高いとこからオレをバカにしてただろう!!」
あまりにもあんまりな言い分に、アサヒの頭にも完全に血が上った。今度は容赦なく、巨大な激しい竜巻を室内に巻き起こす。
「はあ!? バカにしてるのはキョウスケだろう!? 王様みたいに振る舞ってさ!!」
「オレがいつ王様みたいにしてたよ!?」
激しい紫の雷光が、アサヒの生み出した竜巻を正面から真っ二つに切り裂いた。
こんなのただの規模の大きい『子供の喧嘩』だ。異世界の大魔法をぶつけ合う、バカみたいな、格好悪い戦い。
でも、これだけは絶対に負けられないと、アサヒは心の底から思った。
「やっぱりお前ムカつく! 絶対日本に連れて帰るからな!!」
「いや、なんでだよ!!」
キョウスケの振り下ろす雷は、その凄まじい威力で、確実にアサヒの体力を消耗させていく
「アサヒ…っ!」
アサヒを助けようと、アルベルトの『瞬足』が地面を蹴った。
ーーしかし。
ーーガキィンッ
まるで見えない強固な壁に弾かれたように、アルベルトの身体が後ろへと激しく吹き飛ばされた。
「なんだ!?」
どこから現れたのだろうか。この激しい戦況には似つかわしくない、全身を厚いローブで覆った男が、アルベルトの行く手を遮るように立っていた。
「アルベルト」
男はおもむろに、深く被っていたローブのフードを脱ぎ捨て、その素顔を晒した。
水色のガラス玉のような瞳が光る。
長い髪を後ろで一つに束ねたその顔には――大きな『火傷の痕』が生々しく残っていた。
「今まで、苦労をかけてすまなかったな」
「……まさ、か…………っ!!」
アルベルトは瞬間的に、怒りのままに男へと斬りかかる。しかし、その鋭い一撃は、男の剣によって呆気なく正面から弾き返されてしまった
「カイル・ヴァルハイト……っ!! 生きて、いたのか……っ!!」
十五年前のあの日、名門ヴァルハイト伯爵家を地獄へと落とした、憎き一族の宿敵。
目の前の男がそれであると気づいた瞬間、冷静沈着だったアルベルトの瞳から完全に理性が消え去り、己を見失った獣のように男へ斬りかかっていく。
「誤解を解きたいが、今は君の十五年分の怒りを受け止めねばならない」
「うるさい!! 本物の国賊に成り下がるとは!」
混乱の中、アサヒは、ふと気づいて目を見開いた。
あの人……『はと』の料理人だ。アルベルトが自分を見失いかけたあの雨の夜、温かな料理を出してくれたのではなかったか。
あらためて乱戦の周囲を見回すと、ユーリ率いるレジスタンスの面々の中に、あの『はと』の店内で見かけた顔がいくつもあることに、アサヒは気がついた。
あの背の高い青年は、はとのもう一人の料理人だ。
あの人も、優しく声をかけてくれた人ではなかったな。
アサヒの頭の中は、激しい混乱で破裂しそうになる。
「アサヒ!! 気にすんじゃねえ!! みんな自分のケンカをしてるだけだ!」
なおも雷を纏って殴りかかってくるキョウスケ。
アサヒはその叫びに苛立ちを覚え、必死に魔法の照準を定めた。
ーーその時だった。
「キョウスケ!!!」
喧騒を突き破るようにして、今にも泣き出しそうな女の子の叫び声が響き渡った。
「扉!! 開かないよ!!」
ハッとしてアサヒが『神の扉』の方を見つめると、いつの間に戦場へ紛れ込んでいたのだろうか、『はと』の看板娘、ミーナが必死に乳白色の巨大な扉を開けようと、両手で縋り付いていた。
「クソッ!! やっぱり簡単にはいかないか!」
キョウスケが悔しそうに呟き、アサヒへの攻撃をやめて、扉の前へと一目散に走り出す。
「ハハハハッ!! やはり神の扉はアウローラ様しか開けられない!! お前たちは、元の世界には帰れないんだよ!!」
勝利を確信したように、ギルバート卿が下卑た笑い声をあげた。
「うるせえんだよ! 何度だってやってやるさ」
高笑いするギルバート卿の背後から蹴りを叩き込みながら、レジスタンスの青年が怒号をあげる。
「何度やったところで無駄なこと……っ! お前たち国賊は、全員ここで無様に死ぬのだ!!」
「――死なないさ」
もう一人のレジスタンスの少年が、地面を這いながらギルバート卿の足をガシッと力強く掴み取った。
予期せぬ拘束に、ギルバート卿が大きく体勢を崩した。
その一瞬の隙。
ユーリの白刃が、狙い違わずギルバート卿の脇腹を深く、冷徹に貫いた。
「母さんが、待ってるからね」
ユーリの静かな呟きと同時に、ギルバート卿はガックリと膝をついた。
*
「畜生!!開け!!」
狂ったように、キョウスケが激しい雷撃を右拳に宿して何度も扉を殴りつけるが、乳白色の扉はビクともしない。
その背後に、何人かの騎士たちが今にも斬りかかろうと剣を振り上げている。
「キョウスケッ!!」
アサヒは考えるよりも早く、夢中でその扉へと向かって足を走らせた。
背後の殺気に気づいたキョウスケが振り返り、振り下ろされた騎士の剣を、バリバリと激しい雷を纏わせた右手で殴りつける。
しかし、もう一人の騎士の凶刃が、ミーナを捕らえようと、真横から鋭く迫っていた。
「危ないっ!!!!!」
アサヒは夢中で神の扉の表面に右手を突き、もう片方の手でミーナの腕を思い切り引っ張って、攻撃を紙一重でかわした。
――その、瞬間だった。
扉の表面に彫刻されていた、日時計の紋様が、突如として眩い金色に光り輝き始めた。
乳白色の円形の扉が、ゆっくりと、滑らかに開いていく。
ーーその向こう側。
そこに、アサヒがよく知る、薄暗くて、無機質な日本の学校の廊下が見えた。
「ーーー行くぞ!」
キョウスケが大きく息を吸い込んで絶叫すると、ミーナがうなずいて、勢いよく扉の向こうへ飛び込んだ。
「ユウトさん! 早く!」
ギルバート卿の脇腹を貫いていた剣を、その場にカランと投げ捨てて、ユーリもまた、迷うことなく扉の向こうへと姿を消していく。
キョウスケ、お前、『ユウト』を見つけてたのかよ。言えよ。
その様を呆然と見守っていたアサヒは、ぐっとキョウスケに腕を引かれて我に返った
「アサヒ!行くぞ!」
キョウスケは、もう電流を纏わせていない右手でアサヒの腕を掴み、扉の枠に片足を乗せる。
「キョウスケ……ダメだよ。オレには、この世界でまだ、守らなきゃいけないものがーー」
ーードンッ!!!!
その言葉を言い終わらないうちに。背中を、強い力で真っ直ぐに突き押され、アサヒの身体は扉の向こうへと倒れ込んだ。
「アサヒ、こんな戦いに巻き込んじゃってごめんね」
耳元に優しく響いた、聞き馴染みのある声。
この言葉は……。
空を切って倒れ込んでいく身体で、アサヒがなんとか振り返った、その視線の先。
そこには、いつものすまなそうに眉を下げた笑い顔で、しかし今までで一番力強い目をした、テオが立っていた。
「テオ……!? 何をする! アサ……っ!!!」
アルベルトが瞬足で駆けつけるが、しかし、もう間に合わない。
「アル!!」
互いに伸ばした指先が、あと数ミリのところでに虚空を切り。
――バタン。
重厚な乳白色の扉が閉ざされた。
扉の『向こう』から、鐘の音が小さく、ゴーン、ゴーンと寂しげに響き渡る音だけが、アサヒの耳に聞こえていた。
ご覧いただきありがとうございます。これにて第一幕は終了です。次回から第二幕、よろしくお願いします。
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