第一話 ヨシュアの村
レムレトの村の入口で、キョウスケは、アサヒと薄茶色の髪の青年のやり取りを、少し離れた場所からじっと見ていた。
アサヒとこちらの世界へ来てから、だれもが自分を遠巻きにしているのは分かっていた。
誰に話しかけても、すぐにそそくさと逃げ去ってしまう。
この、お坊ちゃんどもめ。
慌てるように去っていく学生たちの後ろ姿を思い出し、思わず心のなかで吐き捨てる。
ただ、そんな最悪な環境でも、キョウスケは頑張ろうとはした。
でも魔法の理論なんてワケがわからないし、魔力もさっぱり湧いてこない。
三カ月頑張っても少々足が速くなったり、重いものが持ち上げられるようになった程度。
そんななかアサヒが風の大魔法を使ったと聞いて、キョウスケはすっかりやさぐれていた。
「おい」
アサヒが去った後、キョウスケはポツンと佇む青年に話しかけた。
「こんにちは勇者様。ここはレムレトの村。僕の生まれた村です」
「それはさっき聞いた」
青年の目は、相変わらず何も映していない。
「お前、名前はなんていうの?」
「勇者様に私の名前など覚えていただくのは、恐れ多いことでございます」
「それももう、何度も聞いた」
キョウスケは学術院に編入してからずっと、しつこくしつこくこの、『アサヒ曰くNPCのような青年』に話しかけていた。
「はーあ……」
キョウスケは深い、重い溜息をついて、泥の地面にそのままどっかりと腰を下ろした。
照りつける太陽に、思わず目をつぶる。
「なあ、お前の母さんってどんな人だった?」
目を閉じたまま尋ねたが、二人の間を通り抜ける風が、伸び切った草花をサラサラの寂しげに揺らす音しかしなかった。
「俺の母さんは肝っ玉でさ、よくぶっ叩かれた。でもさ、いつも最後は笑って許してくれるんだ」
キョウスケの脳裏に、日本の家族が映った。
「俺は、俺はさ……。母さんに会いたいよ」
キョウスケにとって、それはただの独り言のつもりだった。
――しかし、そこでようやく。青年の口が、かすかに、本当にわずかに開いた。
「私の母は……どんな人かはわかりません」
ぎこちなくキョウスケの隣へ腰を下ろす。
それからゆっくりと、初めて意思を持ったロボットのように、青年はぽつりぽつりと話しだした。
「私は、『勇者の痣』を持って生まれてきたので、生まれてすぐに勇者育成所へ預けられたと聞いています」
「まじかよ。たまに帰省したりしなかったのか?」
「……痣の勇者が生まれた村には、毎年、報奨金が入ります。それは、村の貴重な収入です。報奨金は、勇者の能力や、取り組み姿勢で変わるので、一日も欠かさず鍛錬することが……親孝行になります」
「ーーそうかよ」
キョウスケは立ち上がり、村の奥へ向かった。
語られた内容に無性に腹が立った。
すでに民家の痕跡探しは済んでいる。他の奴らは中央広場で祈りを捧げたあと、もうすぐ入口に集まってくるだろう。
ーー今は、だれにも会いたくない。
キョウスケはあてもなく廃村の奥へ、奥へと足を運んだ。
なぜか青年も後からついてきた。
小さい村だ。すぐに一番奥にある崩れた民家にたどり着いた。
屋根は落ち、真っ黒な壁や床の隙間から草木があちこち生えている。
フラフラと家の中を歩き、最後に小さな部屋へ入った。
何もない、小さな部屋だ。
ここも酷く燃えたのだろう。北側の壁は崩れ落ち、真っ黒な柱がむき出しになっていた。
そうっと柱に手を当てると、柱の割れ目から、か細い草が生え、薄いピンク色の花をつけているのを見つけた。
そっと線のように細い茎に触れる。
摘み取ってしまうのはかわいそうだと思い直し、その手を、花の根元までたどらせる。
ーーその時だった。
柱の割れ目の奥の暗闇に、キョウスケは『何か』を見つけた。
夢中で柱をこじ開け、剥がれ落ちた炭の向こうから現れたのは――キョウスケのよく知る『ノート』の切れ端だった。
古書のように茶色く変色していたが、規則正しく引かれたグレーの罫線に懐かしさを覚える。
触ればパリッと破れそうなほど脆くなったその紙を、キョウスケは壊れないよう、慎重に開いた。
「オイ、お前の名前は?」
キョウスケは背後に立つ青年に、何度目かになる同じ質問をした。
青年は応えない。
「ここは、お前の家か?」
キョウスケは振り返り、冷たい青年の両手を握ると、祈るように、懇願するように尋ねた。
その悲しみの籠った眼差しに、ついに青年は口を開いた。
「私は……ヨシュア、ここは……私の生まれた家です」
「……これは、お前のだ」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、宝物のようにそっと、ヨシュアの手のひらに先ほどのノートの切れ端を渡した。
『愛するヨシュア
きっとこの手紙があなたに渡ることはないで しょう。だから、これは私の願いです。
ヨシュア、生まれる前からずっと愛しています。
一目だけでも会いたかった。
もうすぐこの村も焼かれるでしょう。
どうかヨシュア、気づいてください。私たちを焼くのは魔女ではないと。
子どもと生きたいと願うあの人に、どうして協力せずにはいられましょうか。
私は、すべての母親は、子供を愛したいのです。
あなたが幸せでありますように』
走り書きの字は、湿気でわずかに青くにじみ、ところどころが煤けて見えない。
手紙に視線を落としたヨシュアの身体が、微かに震えだした。
生気のなかったその瞳から、大粒の涙が次から次へと溢れ出し、煤けた紙を濡らしていく。
手紙を胸に抱き、静かに静かに泣く青年の背を、キョウスケはただ、さすり続けた。
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