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第二話 十七歳の儀式

レムレトの村での出来事があってから、キョウスケは本当にわけが分からなくなってしまった。


ヨシュアの村を焼いたのは魔女じゃないのか?


アサヒに話したほうが良いのだろうか。


順調に風魔法を覚え、今では水の大魔法もマスターしたと噂の日本からの友人を思い浮かべる。


友人達に囲まれ、アサヒはとても輝いていた。


ポケットの中で、ヨシュアから借りた手紙がカサリと音を立てる。


ギルバート卿は、何かあったらすぐに伝えるようにと言っていた。


だがーー。


冷たく、邪魔なものを見るようにキョウスケを蔑んだギルバート卿の目を思い出す。


ーー本当に?信じて良いのか?


アサヒの成長に比例して、周囲のキョウスケへの態度は冷たくなった。


制服の洗濯を依頼しても、二回に一度しか洗ってくれなくなった。


「招かれざる者」とすれ違いざまに呟かれることもあった。


もはやキョウスケはこの世界にとって、完全に必要のないものとなっていた。


自然と学術院からは足が遠のき、街中にいることが増えた。


「やあキョウスケ、難しい顔してるね?」


あてもなくブラブラ歩いていると、見知った子どもが話しかけてきた。


レイというこの少年は、一見女の子と見間違うほどのかわいらしい顔をしている。


小柄だが、いつもブカブカの洋服を着た、十歳ほどの男の子だ。


彼にはルーメンに来てすぐに話しかけられ、最近はやたらと絡まれることが多い。


「どうしたの〜?お兄ちゃんが相談に乗ってあげよっか?」


猫のような大きな目で、きゅるん?という音が聞こえるかのように上目遣いで、少年はキョウスケを見上げる。


「うるせえ!お前のどこがお兄ちゃんだよ!ガキが!」


はははっ!

弾かれたように少年が楽しそうに笑い、キョウスケの眉間のシワも少し柔らかくなった。


孤児なのだろうか。大人といるところは見かけたことはない。


しかしかなりの情報通で、キョウスケがここまでなんとかやってこれたのも、彼のおかげによるところが大きい。


たまに出会うレイとの戯れはキョウスケにとっての安らぎとなっていた。


そんな、八月のある日だった。


キョウスケはいつものように街をぶらつきながら、やっぱりアサヒに手紙を見せようと決意した。


ポケットに入れっぱなしの手紙も、そろそろヨシュアに返さなくてはならない。


ーーよし。


学術院へ向かって一歩踏み出した瞬間、


「おい!待て!」


賑わう街中に、男の野太い声が響きわたった。


驚いて声の方向を見ると、レイが屈強な兵士たちに追いかけられていた。


体格で上回る兵士がレイに追いつき、襟首を掴む。


「やめろ!」


キョウスケは思わず兵士に体当たりした。


「うわっ!!」


突然の衝撃に、兵士はレイを掴んでいた手を離した。


「あいつ、僕を捕まえて売ろうとしてるんだ!」


転がるように兵士から離れ、レイが叫ぶ。


「は!何を言っている。身寄りのない子どもに環境を与えてやるだけだろう!」


兵士が嘲るように笑う。


孤児の保護は報酬を与えられる国策だと、以前授業で言っていた。


騒ぎに集まった人々も、当然だと言うように、冷たい目で事の次第を見つめている。


「どうせ必要とされてない子どもだろ。せっかくなら金になったほうがいい」


兵士たちの下品な笑い声が響く。


キョウスケは目の前が真っ赤になった。


ーー何が国策だ。


キョウスケへのは周囲から自分へ向けられる冷たい目を思い出す。


ギルバートの嫌味。


痣の勇者達の感情のないロボットのような表情。


そして、ヨシュアの涙……。



キョウスケの周りの空気がピリピリと音を発する。


足の裏から体中を怒りがビリビリと駆け巡り、自然と右腕に集まってくる。


一歩ずつ兵士へ近づく。


兵士は先ほどの下品な笑みを鎮め、腰を抜かして驚きと恐怖に満ちた顔でキョウスケを見つめていた。


「ーー必要かどうかを、勝手に決めつけるんじゃねぇ!!!」


もうどうでも良かった。

たまりに溜まった怒りを、どこかにぶつけたかったのかもしれない。


右腕に溜まっていた青白い電流が爆発的に膨れ上がる。


キョウスケはそのまま、電撃を纏った右拳を、顔を強張らせた兵士の顔面へ向けて思い切り振り上げた。



その時ーー。


「水脈の深淵を測定。満ち引きの法則を以て、絶対的な重力を証明する。我が左手に集う水陣よ、解き放たれよ!」


キョウスケより、少し高い声が響き渡った。


次の瞬間。真上の空間がぐにゃりと歪み、そこからプールをひっくり返したかのような、圧倒的な量の巨大な水塊が出現した。


ドガシャアアアアアン!!!!


滝のような激しい風圧と共に、大量の水がキョウスケの頭上へと垂直落下する。


キョウスケが拳から放とうとしていた激しい電流は、その大量の水へと一瞬で漏電し、バチバチバチッ!と悲鳴のような音を立てて完全に消滅した。


「ぐわぁぁっ……!? げほっ、ごほっ!!」


水の質量にまともに押し潰されたキョウスケは、そのまま勢いよく地面の泥水の中へと尻餅をついた。


電流は綺麗に鎮火され、そこには頭からずぶ濡れのキョウスケだけがぽつんと間抜けに残された。


「アサヒ様!助けてくださってありがとうございます!」


兵士たちはあわててアサヒに駆け寄り、涙ながらにお礼を言っている。


見物人たいが泥水の中でずぶ濡れになってガタガタと震えるキョウスケを、冷ややかな目で見下ろしていた。


アサヒは静かに左手を下ろし、まだ肩を荒く上下させながら、惨めに蹲るキョウスケをただ真っ直ぐに見つめていた。


「……お、おい。大丈夫か?」


戸惑いながらテオがキョウスケに手を差し伸べた。


だが、その手を取らず、自分で起き上がる。


「みんな!違う!違うんだよ!」


群衆に向かってレイが叫ぶ。


「もういい。行くぞ」


アサヒたちから目をそらし、キョウスケは歩き始めた。


ポケットの中の手紙は、ぐちゃぐちゃで読めなくなってしまった。







それからの数日間、キョウスケがどうやって過ごしたのか、自分でもよく覚えていない。


学術院の授業には一度も出ず、かといって元の世界へ帰る方法も分からないまま、ただ幽霊のように王都の街をぼんやりと彷徨い続けた。


賑わう往来の喧騒も、レイの励ましも今のキョウスケの耳には何も届かなかった。


心にぽっかりと空いた暗い穴を抱えたまま、ただ、十七歳になるその日だけが、無情に近づいてくる。



ーーそして迎えた、十七歳の儀式の夜。


時計の針が、深夜零時を指す。


キョウスケは、冷たい石造りの神殿の中にいた。


神官長が厳かに言う。


「では、キョウスケ殿。願いを」


キョウスケは己の弱さを恥じた。


弱いから軽んじられる。何も見せてもらえない。

だれよりも強ければ、この世界に振り回されることはないのか?

世界は本当の姿を見せるのか?


思考が、ぐるぐると頭を駆け巡る。


キョウスケは巨大なアウローラ像を見上げて口を開いた。


「だれよりも強くなりたい」


しんとした静寂の中、突然ピリッと両目に痛みを感じた。


「いてぇ……」


周囲で見守っていた神官たちのどよめきが聞こえる。


「この反応はまさか!」


「キョウスケ殿も千里眼のギフトをもらったのでは!?」


そっと目を開く。

喜びの色を帯びる神官たちを、キョウスケはゆっくり見つめた。


ーー何も、ない。


ただ、神官たちが間抜けな顔をして自分を見ている、それだけの光景だった。


「キョウスケ殿、何か体に変化は……?」


不気味なほど静かなキョウスケに、神官長がおそるおそる問いかける。


「……何も見えねぇ。なにも、ない」


その言葉に、神官長は大きくためいきをついた。神官たちも互いに目配せをして、落胆の息を漏らしている。


「……はははっ!」


キョウスケは乾いた笑いを漏らした。


――何も、与えられなかった。


神に見捨てられたような暗闇のなか、キョウスケの泣きそうな笑い声だけ響いた。




世界にまだ、朝日は差さない。

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