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第八話 十七歳の儀式

誕生日を五日後にひかえた八月の昼下がり、アサヒは魔法の練習をするため、学術院の廊下を歩いていた。


「アサヒ様ーー!」


ツンと鼻を突くキツい香水の匂いと共に、行く手を阻む影があった。


「先日の王都での立ち回り、とても素敵でしたわ!さすが召喚勇者様ですわー!」


制服のブラウスを大きく開き、スカートをギリギリまで上げた女生徒が、アサヒの腕に絡みついてきた。


「ありがとう。えっと…君は?」


「私、クロエ・マイヤーと申します。アサヒ様と同じ、一年生ですわ。ぜひ、仲良くしていただきたくて……」


クロエは顔を寄せ、ぐいぐいと腕に自分の胸を押し当て、垂れかかってくる。


「いや、ちょっと離れて」


あまりにも自分とかけ離れた存在の襲来にアサヒは必死になって引き離そうとした。


「アサヒ・タチバナ!クロエから離れろ!」


その時、がなり立てるような声して、派手な金髪に、制服のあちこちに派手な金ピカの装飾をジャラジャラとこれでもかとあしらった男子生徒が、アサヒを憎々しげに睨みつけていた。


「ラインハルト・グライエン。お前のような異界の平民は知らないだろうが、ルーメン王国を代々支えるグライエン侯爵家の長男であり、王家の尊き血を引く者だ」


ラインハルトの登場に、クロエはぱっと身を翻すと、今度はラインハルトに身体を密着させてしだれかかる。


「いやだわラインハルト様。私、召喚勇者ってどんなものか見てみたかっただけですわ」


自分からぐいぐい来ておいてよく言うよ!!


アサヒは心のなかで憤慨する。やっぱりこっちの世界でも一軍は怖い。


ラインハルトは不快そうに鼻を鳴らす。


「改めて見ると、仰々しい名のわりに地味でパッとしない男だな。こんなのが救世主だなんて冗談も良いところだ!」


クロエが同調するようにくすくすと笑う。


「はあ。我がグライエン侯爵家の婚約者でありながら、サーラはこのような平民上がりのまがい物と親交するとは、一体どういうつもりなんだ」


腰に手を当て、大袈裟にため息をつくと、ビシッと指をアサヒに向けた。


「いいか、召喚勇者。今後クロエにも、わが婚約者にも手を出すなよ」


……え?


アサヒは日本ではごくごく常識的な人間だと自負していた。


その常識でもって、目の前の事態が飲み込めず、思わずつぶやいた。


「……え?サーラと婚約してるのに、別の女の子と堂々とイチャイチャしてて、その上で他の男にサーラに手を出すなって言うの……?」


……君もそれでいいの?


ーー全く理解不能です。


アサヒのそんなつぶやきは石造りの廊下に思ったよりも大きく響いた。


「ううううるさい!平民風情が!!私はアルベリヒ陛下の甥にあたるのだぞ!!!と、とにかく二度とサーラに近づくなよ!」


吐き捨てるようにがなり立てると、ラインハルトはクロエを連れて、足早に廊下の奥へと去っていった。その引き際の後ろ姿は、ひどく滑稽だった。







そしてついに迎えた、八月十九日の夜。あと二時間で時計の針は深夜零時を指す。


月明かりが厳かに差し込む冷たい石造りの神殿。アサヒは見上げるほど巨大な祝福の神アウローラの像の前にいた。


「緊張されていますかな?」


コツコツという足音と共に、神官長とギルバート卿が姿を現した。その一歩後ろには、あの黒髪を顎で切りそろえたお付きの青年が静かに控えている。


「……はい。本当にギフトがもらえるのか、ちょっと心配です」


アサヒは頭を掻いた。


「心配には及びませぬ。召喚されてから四カ月。アサヒ殿はこの世界のために血の滲むような努力をされてきました。アウローラ様はきっとアサヒ殿に報いてくれることでしょう」


神官長は優しく笑う。


「そういえば、儀式って神の扉の部屋でやるんじゃないんですね」


アサヒはずっと疑問に思っていたことを思い切って聞いてみた。


「ええ。神の扉の間に入れるのは、勇者召喚の時だけです。普段は部屋に国中の魔術師が何重にも封印をかけております」


「そもそも、神の扉とは何なのでしょう?」


ギルバート卿は神官長に目配せし、神官長は軽く頷くと重々しく語りだした。


「……そうですな。神の扉はこの世界が祝福の神アウローラによって創られたときからここにあると聞いております。そして、この世界と、時と座標を同じくする異世界とを繋ぐと」


「繋ぐ? こちらから元の世界には戻れるってことですか?」


「扉を開くことができるのは、神だけだ」


ギルバート卿の冷徹な声が、アサヒの言葉を遮った。その瞬間、部屋の隅にいたお付きの青年が、小さく息を飲む音が神殿の静寂に響いた。


「左様。神は世界の祈りに応え、異世界から救世主を招いてくださる」


「勇者だけですか?この前、ギルバート卿は簒奪の魔女も扉を潜ってやってきたって言ってましたよね?」


「神は寛大である。ときに招かれざる者にも慈悲の心で扉を開く」


神官長の重々しい声が、神殿の床に沈む。しばらく誰も声を出すことができない。


「神の御心は我々には計りしれぬ。我々は神の思し召しに応え、召喚勇者様を手厚く歓迎するだけですな」


神官長の取り繕うように浮かべた笑みに、アサヒはそれ以上、何も聞くことができなかった。




時計の針が深夜零時を指した。


「アサヒ殿、では願いを」


厳かに神官長が口を開く。


一筋の月明かりが、女神像を照らす。


アサヒは、今までを振り返った。


全ては、あの虚無ゲー『ユウトを助けて』がきっかけだった。


まさか自分が異世界転移するとは。こんなことがあるなんて驚きだ。


日本の家族や友達は元気だろうか。


突然アサヒがいなくなって、心配していないだろうか。


ーー特に母さんは、泣いていないだろうか。


アルベルト、テオ、サーラ、ニナ。それからたくさんの出会った人たち。


こっちの世界でもかけがえのない友人ができた。


虚無ゲーだろうとなんだろうと、自分はこの世界を生きている。


たった四カ月だが、アサヒはこちらの美しい世界も愛していた。


最後に、びしょ濡れのみすぼらしいプリン頭の後ろ姿を思い出す。



ーー自分の、願いは。


「オレは、こっちの世界も、あっちの世界も、皆を笑顔にしたいです」


全く具体的ではない願い。


神官たちが驚きに大きく息を呑むのがわかる。


でも、いくら考えてもアサヒの願いはこれだけだった。


瞬間、アサヒの両目に焼き付けるような痛みが走った。


「いたっ!」


両目を抑え、蹲る。


「…アサヒ殿、大丈夫ですかな?」


恐れるように、神官長が尋ねる。


アサヒはそっと目を開けた。


足元の暗い石畳を見て、それから目の前のアウローラ像を見上げる。


何も変わっていない。


ゆっくりと振り返り、アサヒの目が神官長を捕らえた。


その瞬間、アサヒは見た。


「どうしました?アサヒ殿?」



【ルーメン神官長】

 レベル∶30

 ちから∶20

 まりょく:80

 じょうたい:どうよう



冷や汗をダラダラ流し始める神官長の左胸に、あの、虚無ゲーで見ていたのと完全に同じ、チープステータス画面が浮かび上がっていた。


え?今?


せっかくシリアスに決意したのに、ここで虚無ゲー要素が出るの!?


「なんだよこれぇ!!」


ステータス画面って、最初に出るものだろーーーがぁーーーーーー!!


アサヒの絶叫が、暗い神殿内にこだました。


こころなしか、アウローラ像の口元に吹き出しそうな笑みが浮かんで見えた。





たくさんの作品の中から、本作をお読みくださりありがとうございます。本作は毎日18:00に、最新話を1話ずつ更新してまいります 。

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