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第七話 決別



十七歳の儀式とは、十七歳の誕生前夜から一人神殿に入り、深夜零時ちょうどに祝福の神アウローラの像の前で、自らの願いを託すというものだそうだ。


その願いが強く切実であるほど、神から頂けるギフトは大きくなる。


好きな女の子に振り向いてほしいといった『自分以外を変える願い』は叶わない。


過去、世界平和を願った痣の勇者は何のギフトも貰えなかったらしい。


七月三十一日の朝、アサヒは神殿へ向かうため、広い学術院内の庭園を走っていた。


神殿で儀式を終えたアルベルトを迎えるためだ。


「キャッ」


ーードンッ


生け垣の角を曲がったところで、誰かとぶつかった。


「サーラ!」


長い金色の髪を散らしながら後ろに倒れそうになるサーラの体を、アサヒは慌てて抱きとめる。


「ゴメンね。ケガはない?」


ふと視線を上げると、サーラと至近距離で目が合った。


アサヒの腕の中にすっぽりと収まり、驚きに丸くした目をアサヒへと向けている。


鼻先を、サーラから漂う甘い花の香りがかすめた。


こんなふうに女性を抱きとめる経験など生まれて初めてだ。


アサヒは一瞬で呼吸の仕方を忘れてしまった。


「アサヒ様。私も不注意でしたわ。助けてくださってありがとうございます」


サーラはゆったりアサヒの腕の中から立ち上がると、スカートをつまんでお辞儀をし、優雅に微笑んだ。


「よ、よかった。サーラは朝早くに何してるの?」


頭をかき、ドギマギしながらなんとか会話を続ける。


「ニナさんを探していますの。あの方、目を離すとどこかに隠れて攻撃魔法をお勉強なさっているんですのよ!?」


以前の中庭のようなことがあったら大変ですわ!アサヒ様も叱ってやってくださいませ!


プリプリと頬を膨らませるサーラに、アサヒはやっと普段の自分を取り戻した。


「了解。一人ではやらないように言っておくよ。でも、やっぱり危険だから、ニナも早く攻撃魔法の授業受けられるといいね」


あんな大きい龍を出せるんだから、きっとすごい魔法戦士になるんじゃない?おどけるように言うと、


「そうですわね。そうなったら、とてもすてきですわ」



サーラは花が咲くように、にっこりと微笑んだ。







神殿へ急ぐからと、小走りで駆けていく背中を見送りながら、サーラは、先ほど息がかかりそうなほど近くで見た、アサヒの顔を思い返す。


アサヒは自分のことをすごく地味だと言っているが、重い前髪から覗く素顔は、とても整っていると思う。


特に控えめだがすっと通った鼻や、星のようにクリクリと光る意志の強い目が、サーラは好きだった。


なんでも大きければいいわけではない。


派手なものばかりを好む婚約者の顔がちらりと浮かび、げんなりとして慌てて頭を振る。


この国では、女性は戦闘の授業を受けられない。


サーラの世界では、それが『普通』だった。


でもアサヒは、女性も授業を受ければよいと言った。


アサヒが来てから、サーラの『普通』はどんどん広がっている。


たしかに女性が攻撃魔法を放ったらとてもすてき。


早くニナに会いたくなって、サーラの足は地面を蹴った。


心のままに走り出すなんて、生まれて初めてのことだった。







アサヒが神殿へ着くと、ちょうどアルベルトが重厚な扉から出てくるところだった。


「アルベルト、どうだった?何か変化は……?」


息を弾ませてアサヒが口を開きかけた、その一瞬。


アルベルトはニヤリと笑い、キィン!という鋭い風切り音と共に、その場から完全に消え去った。


「えっ……!?」


驚いて周囲を見回すと、アルベルトは神殿の広い前庭の端、十数メートルも離れた場所に立っていた。


「誰よりも早く。誰かが殺される前に、私が助ける。アウローラ様は、私の願いを聞いてくださった」


その切実な願いの通り、彼の脚力と反射神経は、人間を完全に超越した次元へと変貌していた。







それから、数日後のこと。


八月上旬のある日、アサヒはサーラ、ニナ、テオと一緒に馬車に乗って王都の孤児院へ向かっていた。


サーラとニナは時折ボランティアに行っているようで、アサヒもテオと同行させてもらったのだ。


ルーメンの夏は、日本よりも比較的過ごしやすい。


アサヒは馬車の窓を上げ、爽やかな風に半袖シャツの夏服をはためかせる。


「それにしても綺麗な街だなぁ」


眩しい太陽が、整備された街並み、活気のある人々を照らす。


何度来てもルーメンの街並みは物語の世界のように美しかった。


「そうでしょう!」


ニナが得意げに声をあげる。


「これも、現王であるアルベリヒ王の功績なんですよ!」


なんでもアルベリヒ王は二十五年前に王位を継ぎ、隣国との小競り合いが絶えなかったルーメン王国を、周辺国から一目置かれる存在にした凄腕の王なのだそうだ。


「それまでは孤児も多かったのですが、孤児保護法を制定されたことで、全ての子どもたちに教育が施されるようになり、治安の改善に繋がりました」


さらに、国内の衛生整備や製造業の仕事を作り、職のない国民に従事させることで、国力増強と住民の所得獲得を同時に実現させたそうだ。


だから私達貴族も協力するのです。と、サーラが続ける。


「私たちの学術院も十年ほど前に、痣の勇者育成所と貴族学校が合併して設立されまし。十六歳からは痣の勇者達も貴族も同じ学舎で学ぶことで、お互いの理解を深められるようになりました」


「アルベルトも勇者育成所出身なの?」


アサヒが尋ねると、景色をぼんやり眺めていたテオが、自身の拳に視線を落とした。


「いや、アルベルトみたいな貴族は実家で英才教育を受けるんだ。育成所に行くのは平民出身の痣の勇者だけさ」


平坦な声は、両手を胸の前でギュッと握りしめたニナの、熱を帯びた高い声にかき消された。


「私、アサヒ様と同じ時代に生まれてくることができて、本当に幸せですわ! なんたって異世界からの召喚勇者様は、私たちが小さい頃からお伽話で聞かされてきた、本物の救世主様なのですから!」


そんな大層なものじゃないんだけどな……。


照れくさくなって、逃れるようにアサヒは再び窓の外に目を向けた。


だから皆、オレたちのことを歓迎してくれるんだな。


馬車へ手を振る子どもたちに、笑顔で応えながらアサヒは思った。


ーーその時だった。


賑やかな街中から、悲鳴が聞こえた。


「止めて!」


アサヒは鋭く叫び、馬車を止めると、勢いよく扉から飛び出した。


なんだか嫌な予感がする。


その予感は的中した。


繁華街の真ん中に人だかりができている。


「ひぃっ、くるな……!」


遠巻きに見つめる見物人たちの輪の中に、顔を引きつらせ、腰を抜かす兵士と、右腕にバチバチと電流を纏わせたキョウスケが対峙していた。


「助けてくれ!」


恐怖に染まった顔で兵士が叫ぶ。


兵士の声が聞こえていないのか、キョウスケは髪の毛を逆立てながら、ゆっくりと兵士に近づいた。


右腕に溜まっていた電流が紫色を帯びて爆発的に膨れ上がる。


そのまま、電撃を纏った右拳を、顔を強張らせた兵士の顔面へ向けて思い切り振り上げた。


周囲から悲鳴が上がる



ーーまずい!!



アサヒは人垣をかき分け輪の中に躍り出ると、神経を集中させ、左手を突きだした。


「水脈の深淵を測定。満ち引きの法則を以て、絶対的な重力を証明する。我が左手に集う水陣よ、解き放たれよ!」



ーー次の瞬間。



キョウスケの真上の空間がぐにゃりと歪み、そこからプールをひっくり返したかのような、圧倒的な量の「巨大な水塊」が出現した。



ドガシャアアアアアン!!!!



滝のような激しい風圧と共に、大量の水がキョウスケの頭上へと垂直落下する。


キョウスケが拳から放とうとしていた激しい電流は、その大量の水へと一瞬で漏電し、バチバチバチッ!と悲鳴のような音を立てて完全に消滅した。


「ぐわぁぁっ……!? げほっ、ごほっ!!」


水の質量にまともに押し潰されたキョウスケは、そのまま勢いよく地面の泥水の中へと尻餅をついた。


電流は綺麗に鎮火された。


そこには頭からずぶ濡れのキョウスケが一人。


日本ではきれいな茶色に染めていた髪は、色が抜け赤っぽくなり、根元からは黒い地毛が生えていた。


かつての王様の姿はない。


「アサヒ様! 助けてくださってありがとうございます!」


兵士がアサヒに駆け寄り、涙ながらにお礼を言う。


「一体どうしたんですか?」


「わからないんです。職務を遂行しようとしていたら、急に彼が襲ってきて……」


兵士の目に恐怖が浮かぶ。


「良かった」「アサヒ様が助けてくれた!」見物人たちがアサヒの周りを取り囲み、口々に称賛の言葉をかける。


もみくちゃにされながらも、アサヒの目はキョウスケの姿を探した。



……いた!


幾重にも重なる人垣の間からやっと見つけたのは、みすぼらしいプリン頭からポタポタと水滴を落としながら、ただ無言で歩き去る後ろ姿だった。



たくさんの作品の中から、本作をお読みくださりありがとうございます。本作は毎日18:00に、最新話を1話ずつ更新してまいります 。

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