第六話 NPCの村
今日は疲れたというアルベルトと別れ、アサヒは寮でキョウスケと向き合った。
「もう俺わかんねえんだけど」
椅子の背もたれに大きく体重を預け、諦めたようにキョウスケが天井を見上げる。
「うーん。ゲーム通りのことと、現実とで違うことが多すぎるよね。一回整理してみよう」
アサヒは机の上に真新しいノートを広げた。
まずは、ゲームと『同じ』項目。
舞台であるルーメン王国の名前。
祝福の神アウローラによって勇者が召喚され、魔王討伐を依頼されるという大まかなあらすじ。
それから、王城内部の構造。
ここまでは、こっちの世界の現実とバッチリ一致している。
十七歳になった夜に神のギフトを授かるという設定も、あのゲームの中にちゃんと存在していた。
それから、NPCのように当たり障りのないことばかり言うクラスメイトたち。
反対に、ゲームと決定的に『違う』点。
これは何と言っても、この英雄学術院の存在そのものだ。
あのフリーゲームでは、学校の名前なんて一文字も出てこなかった。
アサヒたちの行動の自由度も、ゲームの比ではない。
それにアルベルトやサーラのように、血の通った会話ができる人間も確かにいる。
――そして、『簒奪の魔女』。
「あと、どこ探しても『ユウト』なんていねぇぞ。ヤマトやシュンもな」
この問題もある。
アサヒも学術院全員の名前を調べたが、ユウトをはじめ、ヤマトやシュンという生徒は一人もいなかった。
念には念を入れ、歴史学の教科書もくまなく探したが……でてくるのは長ったらしい横文字の名前ばかりだった。
「じゃあ世界が似てるだけで、ゲームとの繋がりなんて最初からないんだろ」
キョウスケがつまらなそうに爪をいじる。
「でもさ、さっきギルバートさん、レムレトの村に行くって言ってたでしょ?レムレトの村ってさ、ゲームでも行くんだよ」
アサヒは二カ月前にゲームをプレイした記憶を思い出した。
何もなく、どのNPCに何度話しかけても
「ここはレムレトの村です」
としか言わなかった、狂気の村。
結局、肝心な謎の答えは何も分からないまま、時間だけが無情に過ぎ、レムレトの村への慰霊訪問の日になってしまった。
*
慰霊訪問には王国騎士団の騎士たちと神官、それからブレイブクラスの生徒が参加した。
近くの町までは転移魔法陣で一瞬で移動できたものの、そこから学生はひたすら徒歩である。
ギルバート卿の乗る豪華な馬車を横目に歩くこと三時間。太陽がアサヒの真上につきそうなところで、やっと国の果てにある村にたどり着いた。
十五年前、レムレトの村は簒奪の魔女に焼かれ、そのまま廃村となったそうだ。
中央広場の真ん中にある祝福の神アウローラの像のみを残し、あとは黒く焼け焦げた家々の残骸が、ただ静かに存在していた。
この村は禁足地の麓にあり、魔女が禁足地に逃げるために焼かれてしまったと騎士団長は教えてくれた。
アサヒたちはチームを組んで村を見回り、住人たちのいた痕跡を探す。
これをアウローラ像の前に集め、犠牲者の冥福を祈るのだ。
「廃村には山賊も居着きやすいからな。慰霊訪問には防犯や警備の意味もある」
だれよりも丁寧に痕跡を探しながら、祈るようにアルベルトが呟いた。
アサヒが村を一周して戻ってくると、村の入口で立ちつくしている青年がいた。
薄茶色の髪が風になびくのも気にせず、生気のない瞳で村内をぼんやり見つめる青年は、編入初日にアサヒが話しかけたクラスメートだった。
「あれ、ここで何してるの?」
「……こんにちは勇者様。ここは、レムレトの村。僕の生まれた村です」
青年は無表情だ。
「そうなんだ。えっと、どんな村だったの?」
「……いえ、僕には名前しか分かりません」
村を見つめる青年の目に悲しみの色は見えない。
アサヒは確信した。
この人、やっぱりNPCだ……!!
この世界はやはりゲームと繋がっている。
町を周り、最後に魔王を倒すという未来を、ゲームは予言しているのだ。
残念なことに『素人が作った虚無ゲー』というクオリティで。
だから、ゲームはこの世界を完全再現することができなかったのではないだろうか。
そして、なぜかは分からないが、ゲームが世界に作用して、この世界を生きる人間であるアルベルトたちと、ゲームによって作られたNPCが共存する歪なものになっているのだ。
それならばこの青年の態度も納得だ。
テオはたまにブレイブクラスの青年たちといるところを見るから、この世界の住人にとって違和感はないのだろう。
ならば、彼と話すことはもうない。
アサヒは青年との会話を切り上げた。
アルベルトを探そう。
ギルバート卿と会ってから元気がないから心配だ。
アサヒは広場に向かって駆け出した。その途中、制服を着崩し、あてもなくブラブラと歩くキョウスケの姿があった。
二人は視線も交わすことなく、ただ静かに行き違った。
アサヒは、大切なことを見落としていた。
ーーゲーム内でレムレトの村は、焼けていない。
*
「これで慰霊を終了する」
やがて響いた騎士団長の合図で、一同はわらわらと帰り支度を始める。その喧騒のなか、一人の騎士がすれ違いざま、アルベルトの肩に強くぶつかった。
相手は立ち止まりもせず、吐き捨てるような低い呟きを落としていく。
「国賊のヴァルハイトが」
……え?アサヒの心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ね上がった。
あまりにも生々しい悪意の響きに、アサヒは咄嗟にアルベルトの顔を盗み見た。
周りの騎士たちも、その無礼を咎めようとはしなかった。
それどころか、当然だと言わんばかりの冷笑を浮かべ、アルベルトから一斉に目をそらしていく。
アルベルトは、ただ苦しそうに唇を強く噛み締め、一人で立ち尽くしていた。
なんだよ国賊って。
アルベルト、何で怒らないんだ。
一体、何があったんだ。
アサヒは教科書に載っていない歴史を知らない。
自分の無力さに歯噛みしながら、アルベルトに声をかけることすらできなかった。
帰り道、だんだん雲行きが怪しくなり、ポツポツと雨が降ってきた。
一行はスピードを上げ学術院へ戻ったが、雨足は強くなるばかりで、着いた頃にはずぶ濡れになってしまった。
寮に戻ってすぐ、アサヒはアルベルトに「とにかく早くシャワー浴びなよ!」と言い残し、自分もシャワー室へと飛び込んだ。
熱いシャワーですっかり気分が良くなったアサヒは、図書室で読みたい魔導書があることを思い出した。
ホカホカと湯気をたて、鼻歌を歌いながら寮のホールにさしかかったとき、
「ーーアルベルト!」
暗いホールの中、ぐっしょりと濡れた髪からポタポタと水滴が落ちるのも気にせず、幽霊のようにアルベルトが佇んでいた。
アサヒは駆け寄り、首にかけていたタオルでアルベルトの頭をぐしゃぐしゃと拭う。
「どうしちゃったんだよ」
アルベルトは喋らない。
されるがままのアルベルトに差し出せる言葉をアサヒは持っていなかった。
拭っても、拭っても、アルベルトの髪からは冷たい水滴が滴り落ちる。
水色のガラス玉のようなアルベルトの瞳には、何の光も宿っていなかった。
「……アサヒ。私は、何のために強くなろうとしていたんだろうな」
ポツリと溢れたアルベルトの声は、今にも消えてしまいそうなほど掠れていた。
「行こう!」
このまま学術院の冷たい空気の中にいさせたくなくて、アサヒは無理やりアルベルトの手を引っ張り、激しい雨の街へと走りだした。
*
美味しいものを食べれば、アルベルトも元気になるかもしれない。
そんなアサヒのささやかな願いは、真っ暗に静まり返った『ごはん処 はと』の前で消えた。
営業時間が過ぎてしまったのだろうか。
暗い店内に人の姿は見えない。
ああ、どうしてオレはこんなに決まらないんだ……!
心のなかで自分を罵倒する。
「……ごめん、アルベルト。腹減ったよな?ほかの店を探そう」
ほかの選択肢なんて持っていない。
雨が二人の体を打ち続ける
どうしよう。
このままではアルベルトが消えてしまいそうだ。
ーーその時だった。
「あんたたち、そんなところで何してるんだい!?」
大きなオレンジの傘を左手で差しながら、はとの女将さんが道の角からひょっこり姿を現した。
「びしょ濡れじゃないか!早く入りな!」
言うが早いか、ぐいぐいとアサヒたちを店の中へ押し込む。
「でも、お休みじゃ……」
「いいから入りな!!」
子どもを叱り飛ばすように女将さんは怒鳴り、ドタドタと戸棚から白くてフワフワのタオルを取り出し、二人に投げつけた。
「風邪ひいたら大変だよ!早く拭きな!」
その後、「あんたー!!何か作ってあげて!」と二階に向かって叫び、キッチンで鍋を温める。
それから奥の席の照明を一つだけつけ、二人を座らせると、そっとホットミルクを出してくれた。
「とりあえずこれ飲んで落ち着きな。料理は上で作って持ってくるよ」
アサヒとアルベルトの頭を順番に撫で、女将さんは優しく微笑んでから階段を登っていった。
アサヒがなんとはなしにマグカップから立ちのぼる白い湯気を眺めていると、
「アサヒ、心配をかけてすまなかった」
消えそうなくらい小さな声で、アルベルトが謝った。
「簒奪の魔女の蛮行を許したのは、
私の叔父なんだ」
そして、ぽつりぽつりと語りだした。
ーー十五年前。ヴァルハイト伯爵家の次男、カイル・ヴァルハイトは、家門一の秀才だった。二十五歳の若さで政治の重役を担う官僚だった。
しかし、簒奪の魔女が厄災をもたらしたあの夜。
城の夜番だったカイルは愚かにも魔女を取り逃がし、四人の勇者をはじめとして多くの犠牲者を出した。
カイルも魔女の炎に焼かれて死んだが、この失態からヴァルハイト伯爵家は影で国賊と呼ばれ、蔑まれている。
苦しそうにアルベルトが語る。
「簒奪の魔女が消えた夜、赤ん坊だった私の足に勇者の痣が出現した。この痣のおかげで、当家への咎はなかったと聞いている。
だから私は功績を上げ、あの男が汚した家門を復興することが自分の使命だと思っていたのだ
ーー今までは」
テーブルに突っ伏して頭を抱え、アルベルトは呻く。
「村に行って、私はあの男の罪の重さを実感した。あの失態のせいで、どれだけの生活が消えた?どれだけの命が失われたんだ……」
雨は変わらず降り続け、世界の音を奪っていく。
「私にできることは何なのだろう。家門の復興は本当に世界に必要なのだろうか。神は私にどんな使命を与えたのだろか」
蹲ったままのアルベルトの肩にそっと触れ、アサヒは尋ねる。
「……アルベルトは、何だと思う?」
チクタクと、時計の音だけが響く。
ーーそういえば、時間の進み方って、あっちの世界と同じなんだなあ。
ふとアサヒの意識がそれたとき、アルベルトは顔を上げ、温かな照明の光を見つめた。
オレンジ色の柔らかな光が、アルベルトの横顔を包み込んでいく。
その光は、まるで悩める騎士に道を示す、本物の神の祝福の光のように厳かに輝いていた。
アルベルトの水色の瞳に、静かな決意の炎が灯る。
「きっと、叔父が失態で奪った数の命を救えと、神は私に命じたのだろう」
「……そっか」
アサヒは嬉しくなった。
「それが、アルベルトの願いなんだね」
そっと、まだ口をつけていないマグカップを差し出す。
「人の命を救いたいっていうのは神の使命じゃないよ。悩んで悩んでアルベルトが出した答えだ」
「私の……答え」
アルベルトは、じっと白い水面に視線を落とす。
水色の瞳にぱちぱちと星が輝いているようだ。
「そうか……。そうだな」
長い静寂の後にアルベルトはゆっくり頷くと、ホットミルクを一口飲み込み、
「冷えてる」
照れたように微笑んだ。
その顔は、アサヒが出会ってから、一番年相応の少年の表情をしていた。
カツンカツンと階段からぎこちない音が響き、女将さんたちが、温かく二人を見つめる気配がした。
アルベルトはそれからとてもとても小さい声で、
「ありがとう。アサ」
と言ったが、ドタドタと料理を運んできた女将さんの賑やかさにかき消えてしまった。
もちろん、
アサヒの耳には、しっかりと届いていたけれど。
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