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第五話 簒奪の魔女

初めての風魔法を盛大にぶっ放した後、気を失ったアサヒは知らなかったが、あの後は大騒ぎになって大変だったらしい。


アルベルトとサーラが教師への説明を買ってでて、なんとか勇者の魔法練習中の失敗ということで事なきを得たようだ。


ーー夕刻、


「本当にありがとうございました!!もう、なんてお礼を言ったら良いのか……!!」


アサヒの右手を両手で握り、ニナ・メルクリウスは何度も頭を下げていた。


両耳の上から生えたピンクのツインテールが、動きにあわせてブンブンと揺れる。


「アサヒ様がいなかったら、私今ごろ……!」


炎の龍に襲われかけた恐怖が蘇ったのだろう。ニナの大きな瞳に、みるみるうちに大粒の涙がたまっていった。


「いや、全然大丈夫だよ!本当何事も無くてよかったね!」


美少女に涙目で手を握られ、焦ったアサヒの声が裏返る。


「そもそも炎の攻撃魔法なんて、私達は習いませんよ」


咎めるように、サーラが後ろからそっとニナの肩に手を置いた。


高位貴族として、令嬢たちの指導係としての役目もあるのだろう。


「だって……ちょっとやってみたかったんですよぅ」


あうあう。


涙を流しながらも口元を尖らせるニナの姿に、アサヒは思わず吹き出してしまった。


どうしてもお礼をしたいというニナと押し問答をしていると、偶然通りかかったテオがひょっこり顔をだした。


「じゃあ、お腹も空いたことだし、おすすめの店にでも連れて行ってよ!皆で夕飯にしよう!」


それならばとニナが一同を案内したのは、王都中心部にある食堂だった。


扉の向こうから、ガヤガヤとした客たちの笑い声や、肉を焼く香ばしい匂いが外の通りまで漏れ聞こえてくる。


白い看板には、シンプルに『ごはん処 はと』と書かれていた。


「……このような店は初めてだ」


貴重な間抜け面でアルベルトが呟く。


「高位貴族様とは縁がないけど、オレたちや平民にとっては御用達なんだよ。美味くて安い!最高だろ」


テオもこの店は行きつけのようで、手慣れた様子で木製の重いドアをぐいっと押し開けて入っていく。


「テオさんいらっしゃい!あれ?今日はたくさんお友達連れてきてくれたのね!ありがとう!」


はとの絵(あまり上手ではない)が描かれたエプロンを揺らし、ポニーテールの女の子がパタパタと駆け寄ってきた。


「ママー!!五名様、ごあんなーい!!」


そのまま、厨房に大声で合図しながら、アサヒたちを奥の席に案内してくれた。


「うちは四人席しかないから、ちょっと狭いけど許してね!」


勝ち気な瞳でいたずらっぽくウインクすると、近くの席から持ってきた椅子を一脚、強引に追加する。


「そして看板娘のミーナちゃんがかわいい」


デヘヘ。

ポニーテールを元気に揺らして去っていく後ろ姿を見ながら、テオはアサヒの耳元でささやいた。



運ばれてきた料理を口に運んだ瞬間、アサヒは目を丸くした。信じられないほど美味いのだ。ふんわりとした絶品の卵焼きや、ジューシーな肉料理がテーブルを彩っていく。


湯気が立ち上る調理場を覗くと、大柄な若者と、フードを深く被った男の二人が、黙々と動き回っていた。


店内はほぼ満席で、花屋のコロンが今度結婚式を挙げるとか、どこぞの村で反乱が起こったとか、賑やかな噂話が飛び交っている。


五人でぎゅうぎゅうに詰めたテーブルに次々に並ぶ料理を、アサヒたちは勢いよく端から平らげていく。


美味しい料理は人を優しくするのか、テオやニナの賑やかなお喋りの横で、普段は愛想のないアルベルトの表情も、どこか柔らかく緩んでいた。


「アルベルトの誕生日は七月三十一日だろ?十七歳の儀式の願いは決まったのか?」


テオが串焼きをつまみながら、ひょいと尋ねる。


「当たり前だ。私は痣の勇者としての使命を果たすため、わが国で一番強い騎士になりたいと願うつもりだ」


「あはは、アルベルトらしいや」


テオが苦笑交じりに教えてくれたところによると、他の痣の勇者たちの願い事は、敵の目を欺くために空気のように静かに動きたいとか、大剣を跳ね返すほど皮膚を強靭にしたいとか、結構具体的らしい。


「神様への願いがふんわりしていると、もらえるギフトもふんわりしたものになっちゃうんだってさ」


アサヒは自分の手のひらを見つめた。召喚されてから二ヶ月。アサヒの十七歳の誕生日も、もうすぐそこに迫っている。


そろそろ真剣に考えなくてはならない。


「あの……もう一人の召喚勇者様は願い事を決められたのでしょうか?」


ふいに、ニナが思い出したように尋ねた。


アサヒの脳裏に、最近めっきり学術院で見かけなくなった、あの明るい茶髪の後ろ姿が浮かぶ。


「さあ。あいつはそもそも勇者なのか?」

アルベルトが冷ややかに鼻を鳴らした。


「テオ様は、あの方とお付き合いはないのですか?」

サーラが不思議そうに首を傾げる。


「うーん。僕たちってこれでもお坊ちゃんでしょう? 彼みたいなストリートタイプってどう接すればいいか分からないんだよねー」


困ったようにテオが癖のある茶髪の頭を掻いた。


「でも、ブレイブクラスの人たちといるところも見るから、きっと大丈夫だと思うよ」


そうか。誰かと一緒にいるなら安心だ。

アサヒはそっと胸をなで下ろした。


「でもさ」と、テオが思い出したように付け足す。

「街で子どもと遊んでる姿のほうが良く見かけるかなー」


キョウスケ。何をやってるんだ……!

アサヒは心の中で頭を抱えた。



その後は、誰が最近授業で活躍してるとか、誰と誰が交際してるとか、とりとめのない会話が続いた。


「ふふふ」


突然、鈴を転がすような声でサーラが楽しそうに笑い出した。


「私、こんな食事って初めて!」


ーー食事って、こんなに楽しいものなのですね。

サーラのつぶやきに、アサヒの胸の奥がジーンと温かくなる。


結局、あまりの居心地の良さに、『はと』のおかみさんに、子どもは寝る時間だよ!と追い出されるまで、アサヒたちはすっかり居座ってしまった。







学術院に戻ると、アサヒはアルベルトと共に応接室に呼びだされた。


慌てて重いドアを開けると、そこには、ギルバート・シュバルツ卿とキョウスケが待っていた。


ギルバート卿は革張りの豪華なソファにゆったりと腰をかけ、その斜向かいでキョウスケはつまらなそうに顎を引いて下を向いている。


部屋の隅には、ギルバート卿のお付きの人だろうか、美しい黒髪を顎で切りそろえた美青年が人形のように静かに控えていた。


アサヒとアルベルトは促されるままギルバート卿の対面に腰を掛ける。


「突然呼び立ててすまなかったね。アサヒ君が強大な魔法を放ったと聞いて、君たちに大切な話をしなくてはと急ぎ参じたのだ」


ギルバート卿は品定めするように目を細めた。


「アサヒ君、さすがは召喚勇者だ。この短期間で大魔法を使えるようになるとは」


その言葉は、純粋な称賛のようだった。しかし、隣にいたアルベルトの肩がピクリと跳ね上がり、


「ギルバート卿、お言葉ですがーー」


遮るように、きっぱりと言い放った。


「アサヒは才能で魔法を放ったのではありません。あれは彼の努力の賜物です」


隣から飛んできた予期せぬ言葉に、アサヒは全身が熱くなった。真っ赤な顔を見られないよう、咄嗟に視線を膝の上へと落とす。


「そうか。すまなかったね」

ギルバート卿は肩をすくめた。


「アサヒ君は、日々世界のためにひたむきに鍛錬してくれている。我々も見習わねばならないね」


まだ顔が上げられないアサヒは、ギルバート卿の冷徹な視線が、埃でも見るかのようキョウスケを一瞥したことに気が付かなかった。


「さて、今日話しておかねばならないのは、我々の敵についてだ」


「魔王ではないのですか?」


「もちろん魔王もいる。が、それともう一人。


ーー簒奪さんだつの魔女。


十五年前に四人の勇者を殺し、国中を焼いて姿を消した、わが国最大の敵だ」


その名前が応接室に響いた瞬間、アルベルトの息が、ヒュッと止まった。


綺麗な横顔が、まるで血の気が引いたように真っ白に変色していく。


握りしめられた両手は、爪が手のひらに食い込んで血が滲むのではないかと思うほど、激しく、小さく震えていた。


どういうことだ? ゲームにはそんな魔女なんて、設定すら、一文字も出てこなかったぞ。


アサヒのゲーム知識の「外」にある、世界の悪意。その重圧が、応接室の空気を凍らせていた。


その気持はキョウスケも同じなようで、『何のことだ?』と、目でアサヒに訴えかけてきた。


オレも知らないよ!!


アサヒが必死にアイコンタクトしていると、アルベルトがゆっくりと口を開いた。


「十五年前まで、神の扉は何度か開かれ、わが国には四人の召喚勇者がいた。


だれもが勇者の成長を信じ、勇者も国を愛していた。


だが、勇者だけが通れる神の扉を、やつは巧みにくぐり抜けてきた。


やつは、国民をだまして城に潜り込み、勇者を全員殺したあげく、様々な村を焼き払い、そして消えた」


泥を吐くように、苦しそうに吐き出される言葉。


ギルバート卿が続ける。


「神はこの事態を深く悲しみ、以降十五年間、扉が開かれることはなかった。」


ーーそして再び扉が開かれた今年。


魔女は十五年前と同じように、君たちを殺しに来るだろう。


決して騙されることのないよう、何かあればすぐに報告するように。


ギルバート卿はそう言うと立ち上がり、壁に立て掛けられていた大剣をお付きの青年から恭しく手渡されると、それを無造作に引っ提げて大股で出口へ向かった。


「簒奪の魔女は、君の家門の宿敵でもある。ともに戦おう」


去り際に力強くアルベルトの肩を叩くと、最後に、とアサヒとキョウスケへ振り返った。


「七月中旬に、レムレトの村へ慰霊訪問を行う。君たちも一緒に来るように」




簒奪さんだつ……本来は自分のものではない『王様の位』や『高い地位』、または『他人の未来』を、ずるいやり方や力づくで奪い取ること

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