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第四話 チートは楽なんて、誰が言った?

誰だ、召喚勇者はチートモードだって言ったやつは……。


はーーーい!!オレですーーー!!

ごめんなさーーーい!!!


大量に積まれた魔法学の教科書のうえに、アサヒは勢いよく突っ伏した。


「召喚勇者といっても、勉強は地道にやらなきゃいけないなんて大変だねぇ」


テオがアサヒの黒髪をワシャワシャと撫でくりまわす。


「ふん。努力に勝る才能などないのだ」

心なしか誇らしげなアルベルト。


あの初登校日から、怒涛の一ヶ月が過ぎ去った。


アサヒは、攻撃魔法の理論を学び、詠唱を覚え、主要貴族の家名を暗記し、体力をつける、といった地味な勉強を、早朝から深夜まで、ひたすら頑張った。


今までの人生、こんなに頑張ったことはないってほど頑張った。


ゲームでは、ちょっと歩くだけでレベルが上がったのに。


若干記憶力が良くなっている気がするし、力もつきやすくなった気がする。


が、あくまでそれだけだ。


言葉が通じ、読み書きもできる点はとてもありがたかったが、それでも異世界の全ての物事を一から学びなおすのは、正直、泣きたくなるくらい大変だった。


最初の一週間はアルベルトに『そんなことも分からないのか』と毎日冷たく睨まれ、テオに泣きついていた。


だが、ノートが真っ黒になるまで必死に呪文を暗記しているのを見て、アルベルトは十日目に初めて、少しだけ優しく教えてくれた。


ちなみに、編入初日では「アサでいいよ!(キラーン)」なんてカッコつけて言ってみたが、二人には丁重に断られてしまった。


愛称は家族や本当に親しい間柄でしか呼ばないらしい。


ちょっと主人公っぽい!なんて思ってたのに。


その夜、恥ずかしさのあまり枕に顔を埋めて叫んだのは内緒だ。


「でもこの分だと、もう少し冷静に詠唱できれば、基本の風魔法は打てそうじゃない?」


「そうだな。魔術の巡らせ方はよくできている」


頭上でテオとアルベルトの会話が聞こえる。


アルベルトは意外と面倒見がよく、なんだかんだ言いながらも助けてくれる。


テオもちょくちょくやってきてはアサヒを明るく励ましてくれるため、三人で行動することが増えた。


伏せた顔の下、ニンマリと思わず笑みが浮かぶ。


「こら、アサヒ、サボるんじゃない」

アルベルトの厳しい声がとぶ。


「え〜先生、あとちょっと」

「ほらアサヒ。頑張ったらアルベルト先生がご褒美くれるって!」


「はい!頑張ります!」


「おい、いい加減にしろ」


スタートはほろ苦かったが、なんだかんだアサヒの学院生活は順調だ。


一方キョウスケは早々に暗記系の勉強を諦めたようで、授業中眠っている姿をよく見かけたが、次第に授業自体に顔を出さなくなった。


「オレはユウトを探すわ」なんて言って、街をブラブラしているみたいだ。


心配だが、アサヒは自分のことで精一杯だ。


まあ大丈夫か。一軍だし。





学園では昼食を大食堂でとることが多い。


梅雨時の賑やかなレストランで、アサヒはいつものようにアルベルトとテオと三人でランチを食べながら、歴史学の復習をしていた。


「えーっと、ルーメン王国は一〇二六年前に建国して、そこからルーメン暦が始まったと……。で、とにかくずっと仲が悪いのが北の、グラナダ? 帝国で……」


ノートを前に文字通りもごもごと呟くアサヒに、隣の席のアルベルトがため息をついた。


それと同時、前の席から鈴の鳴るような美しい声が聞こえた。


「『グラキエス帝国』ですわ、アサヒ様」


顔を上げると、そこには透き通るような色白の肌に、ウェーブがかった輝くような金髪のロングヘアを下ろした美少女が微笑んでいた。


「年中雪に閉ざされた厳しい環境ゆえに、軍事力と技術が突出して発達した帝国です。百五年前に大きな戦争が起き、今は小康状態が続いておりますが、帝国が我が国に決定的に手を出せない理由はただ一つ。神のギフトを持つ、召喚勇者様たちの存在ですわ」


「サーラ・ローゼンベルク侯爵令嬢だ」


テオがアサヒの耳元でこっそり囁く。


サーラはおっとりとしたタレ目をさらに細め、上品に笑った。


「ようこそアサヒ様。ルーメン王国の一員として、どうか私にもあなた様のサポートさせてくださいませ」


……眩しすぎる!!


アサヒは、あまりの神々しさに息を呑んだ。



サーラとの出会いは、モブ人生を歩んできたアサヒの学院生活を、信じられないくらい華やかに変えてくれた。


廊下ですれ違う度に、「ごきげんよう、アサヒ様。何かお困りごとはございますか?」と麗しい美少女が笑いかけてくれる。


これだけでも最高にハッピーなのに、彼女の取り巻きの女生徒たちまでもが同様に微笑んでくれるのだ。


クラシックな紺色をベースにした、ハイウエストのボレロジャケット。胸元には大きめのリボンタイ。


ミモレ丈のスカートを優雅に揺らす女の子たちに囲まれて、毎日深夜まで暗記を頑張った甲斐があるというものだ。



異世界に召喚されてから二ヶ月が経った、ある日の昼休み。


アサヒたちは中庭の芝生で休息をとりながら、サーラに貴族制度について教えてもらっていた。


「ルーメン王国は、私たち貴族がそれぞれの領地を治め、王や宰相を中心に平和を保っていますわ。私の実家のローゼンベルク侯爵家や、アルベルト様のヴァルハイト伯爵家は、代々国の武官を担っております」


サーラは続ける。


ルーメンの貴族は、代々王家に仕える名門がつどう王政派と、新興貴族や下級貴族中心の新興貴族派があり、貴族議会制のもと、国の方針を決めているそうだ。


「うちのバルトフェルト家は議会派で、王家の政策に反対してばっかりいるから、ずっと貧乏男爵家さ」


テオはため息をついてクッキーをつまんだ。


「基本的に爵位は世襲制ですが、ギルバート・フォン・シュバルツ公爵様のように、優れた功績を残し、一騎士から公爵様まで上り詰める方もいらっしゃいますよ」


アサヒは右頬に大きな傷が残る鷹のような目の男を思い出した。


あの人、そんなに強かったのか。


あの大剣で、どんな功績を残したんだろう。


「侯爵家の一つ、グライエン家のご子息と婚約しているご令嬢が、ほかの男性と親密に話すことはいかがなものでしょうか?」


黙って話を聞いていたアルベルトが冷ややかに指摘する。


「あら?私は王家に仕える貴族の務めとして、異世界からいらっしゃった勇者様に、最大のサポートをしたいと思っているだけですわ」


うふふ。とアルベルトの嫌味も優雅に受け流す彼女は、さすがは侯爵家のご令嬢である。


美しいバラが咲き乱れる中庭で、美男美女が見合う姿の美しいこと。


この光景が見られるのはモブの特権だなぁ。


やわらかい六月の日差しを浴び、アサヒは眠たくなってきた。このまま一〇分だけ寝ちゃおうかなぁ……。


アサヒの意識が心地よい微睡みへと沈みかけた、その時だった。



キャーーーーーーーーッ!!!


耳をつんざくような悲鳴が中庭に響き渡る。


「なんだ!」


強引に夢の入口から引き剥がされたアサヒは、慌てて飛び起きた。


悲鳴の上がった方へ視線を走らせると、誰もが一つの異形へと釘付けになっていた。


一人の女生徒の指先から、学術院の屋根まで届きそうなほど巨大な『炎の龍』が噴き出し、暴れまわっている。


「ニナさん!」


サーラが叫ぶ。


「やだ!やだ!熱い!消えて!消えてーーー!!!」


ニナと呼ばれた女生徒は、涙を流しながらブンブンと腕を振るが、炎の龍は壁を焦がし、ますます巨大に膨れ上がっていく。


一体どうしたら。


アルベルトがなにかの呪文をブツブツと唱えだした。


しかし、


「いや!!熱い!!助けて!!」


ニナが叫んだその瞬間、天高く向いていた龍は、ぐるりとその目でニナを見据え、大きな口を開けて襲いかかってきた。 


アサヒは思わず龍に向かって駆け出していた。


なにか!なにかオレにできることは…!!!


召喚されてからの二ヶ月を思い出す。教科書にかじりつき、文字通り吐きそうになりながら暗記した呪文。


アルベルトに「魔力の通り道がガタガタだ!」と怒鳴られながら感覚を体に叩き込んだ、あの地味で、痛くて、辛い日々。


今こそ役に立ってくれ!!!


身体中から、濁流のような勢いで力が集まっていく。 


「大気の共鳴をもって、境界線の破綻を証明する。我が左手に集う嵐よ、解き放たれよ!」


アサヒは炎龍に向かって左手を伸ばした。


「吹き飛ばせ!!!!」


一瞬、中庭の空気が止まった。


シン…と音が消えた次の瞬間、


アサヒの体は、勢いよく後方へぶっ飛んだ。


「ぐえっ!!!」


吹き飛ばされながらアサヒは見た。


自らが生み出した竜巻が炎の龍を飲み込み、空の彼方へ消えていくのを。


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