第一話 はとの帰還
ひんやりとした冷たい床。
のっぺりとしたコンクリートの壁。
窓からは冬の青白い月明かりが差す。
ーー帰ってきた。
キョウスケは悟った。
振り返ると、そこには無機質な、懐かしい教室のドア。
「アル!!! みんな!!!」
バタバタと激しく立ち上がり、アサヒが狂ったようにドアを引く。
だが、開いた先に広がっていたのは、がらんとした椅子と机の並ぶだけの冷え切った教室だった。
呆然と立ち尽くすアサヒの背中に、キョウスケは掛ける言葉を見つけられずにいた。
異世界の仲間たちに別れを告げる暇さえ与えず、力任せに引き戻した。今のアサヒの絶望を、キョウスケが計り知れるわけがない。
けれど、こいつをあの戦場から引きずり落としてでも日本へ連れて帰ると決めたのは、他でもない自分だ。
「アサヒ」
「……キョウスケ、なんで……」
殴られると思ったが、アサヒは肩を震わすだけだった。
「すまない。君をあの国の兵器にしたくはなかったんだ」
ユーリが進み出て、アサヒの肩に手をかける。
「……おかしいと、思ってたんだ。オレ、皆を守るって息巻いてたけど、結局皆に守られて。オレ、バカみたいだね。本当……」
力なく自虐的に笑うアサヒの両肩を、ユーリは強く、壊れそうなほどに掴んだ。
「違う! 君がゲームをプレイしてくれたから、私たちはこうして日本に帰ってくることができたんだ。君の行動は、いつだって世界を動かしていた! 君はあの世界の、長い夜を終わらせたんだ!!」
ユーリの口から、掠れたような小さな「ありがとう」がこぼれ落ちる。
ユーリの熱い言葉と、アサヒの抑えきれない泣き声だけが、夜の暗い教室にじんわりと響いていた。
その後ろ姿を放心したように眺めていたキョウスケに、ミーナがポケットから出した何かを手渡した。
「キョウスケ、これ、お兄ちゃんたちから」
無造作に四つ折りにされた小さな白い紙を、キョウスケの震える手が開く。
それは短い手紙だった。
◇◇◇
大切な弟 キョウスケへ
辛い役目を任せてごめんな!
でも、僕たちは一緒には帰れない。
この世界で長く暮らしすぎてしまった。
多くの人を巻き込みすぎてしまった。
だから、ミーナとユーリを頼みます。もちろんアサヒもな!
日本のことは、お前が教えてやってくれよ!
お兄ちゃんズより
◇◇◇
一体どんな顔でこの手紙を書いたのだろうか。ご丁寧にハートマークまで散りばめられている。
……なんだよ。
一緒に、全員で帰ろうって言ったのに。
女将さんも、ミーナと離れ離れになっていいのかよ!!
「クソッ!!」
感情のままに、コンクリートの壁へ拳を叩きつけた。ゴツンと鈍い痛みが走るだけで、あの禍々しい紫の電流はピクリとも跳ねない。
ただの、非力な一七歳の子供に戻ってしまった現実が、猛烈に悔しかった。
しん、と夜の冷えた空気が体温を奪っていく。
誰も言葉を発せず、一体どのくらい静寂が過ぎたのだろうか。
「……ねえ、みんな。悲しんでるところ悪いんだけどさあ」
暗く冷たい学校に似合わない、弾けるような声が響いた。
「私、ぜんっぜん諦める気、ないんだけど?」
涙の痕が残る顔のまま、ミーナは腰に手を当てて不敵に胸を張った。その勝ち気な瞳が、アサヒ、ユーリ、そしてキョウスケを順番に射抜く。
「今度は私たちが、ママやお兄ちゃんたちを助けに行く番でしょ! いつまでウジウジしてんの! アサヒ君も!ルーメンに行きたいなら協力して! さっさと作戦会議だよ!!」
廊下の奥から、バタバタと騒がしい足音が響いてくる。どうやらミーナの大声が、夜間巡回中の警備員を呼び寄せてしまったらしい。
ーーそうだな。まずは家族と再会して、心配かけたこと謝って。ユーリとミーナを家族の元へと返さないといけない。やるべきことは山積みだ。
キョウスケは手紙を握りしめた。
もう、寒さは感じなかった。
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