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第七話 神の扉 

「じゃあ、アサヒくんたちが最後の視察から戻ってくる十一月三十日の夜、決戦を開始しよう」


閉店後の『はと』の店内で、興奮で目をギラギラさせながら魔王が身を乗り出す。


「ボクは最初に王城にドカーンと挨拶して、その後はあちこちボカーンと蹴散らしながら、一番僕を怖がっている王様にジャジャーンと挨拶に行こうかなぁ」


「国王陛下達は、一週間前から身を隠すそうです」

テオが淡々と、手元の地図を指差した。


「アハハ!やっぱり臆病者だねー?」


ウキウキと楽しそうな魔王を見ながら、キョウスケは呆れたように息を漏らす。


「あの人ひとりいればいいんじゃねえの」


「キョウスケ、それは違う。自分のケンカは自分でやるんだ」


女将さんはポンとキョウスケの肩をたたき、それから意地悪そうに顔を近づけた。


「おや?それともやっぱり怖くなっちゃったかなぁ?」


違うわ!とその手をはねのけると、今度は真面目な顔でキョウスケを見つめる。


「キョウスケ。アサヒくんは優しいから、必ず誰かを守ろうと魔法を使う。その魔法で一人でも傷つけば、罪の意識で彼はもう日本へ戻れなくなる」


「アイツの相手はオレだ。全部俺が引き受ける」


強く見つめ返すと、女将さんは眉を下げ、頼んだよとぎこちなく微笑んだ。


途端に恥ずかしくなって、あえてぶっきらぼうに軽口をたたく。


「そういえば魔王さん、なんで襲撃は夜なんだよ。アサヒ達が戻ってきてすぐの方が奇襲をかけられるんじゃねえの?」


「ノンノンノン。キョウスケ君はロマンが分かってないなー。魔王が来るなら夜でしょ!? 太陽さんの下でこんにちわーってくる魔王がいますか!?」


どこまでもふざけた男だ。

ふざけた男がチートになったのか、チートになったからふざけた男になったのか。


「あと、エフェメラ族の皆も来てくれるって言うから、あちこちで暴れてくるねー」


いや、ヤンキーの友情かよ。


どこまでも緊張感のない最強の味方に心の中で盛大なツッコミを入れていると、隣で腕を組んでいたカイルが、コホンと短く咳払いをした。


おふざけモードの空気を切り裂くように、その鋭い視線が地図へと戻される。


「……話を戻そう。レジスタンス軍にも計画は伝えてある。同時刻に王政で利権を貪っている者たちの家には、彼らを向かわせる」


カイルが冷徹に告げると、今度はユーリが静かに前に出た。


「アサヒ君は千里眼で私の存在に気がついたみたいだ。私は決戦直前にギルバート卿の元に戻り、アサヒ君と接触しないよう注意しながら、ギルバート卿の隙を伺うつもりだ」


その言葉を引き継ぎ、女将さんが再び地図をトントンと指で叩いた。


「あんたなちは魔王さんが暴れている間に、テオ君の先導で神の扉の部屋まで行くんだ。透明化したミーナ……アオイが神の扉を開けたら、一斉に飛び込め。扉がしまったら鐘を合図に魔王さんが全力の魔力で神の扉を壊す」


女将さんはレイ、ダイ、ユーリ、ミーナ、それからキョウスケの顔を順に見据え、最後に、祈るような目線をテオに送った。


「……テオ君は、本当に良いのかい?」


「女将さん、大丈夫だよ。父には計画は話してある。この革命が成功したら、和平交渉の先陣に立ってくれるそうだ。ーー失敗したら、愚かな息子の暴走として処理してもらうよ」


テオの瞳には、微塵の揺らぎもなかった。その真っ直ぐな光に気圧され、キョウスケは思わず唾を呑み込む。


こいつは、失敗した時の自分の死に場所まで決めてここに立っている。


「扉は、本当に開くのか?」


思わず、弱気な本音が口からこぼれ落ちていた。


「確実に開けられるかは分からないが、神しか開けられないというのは嘘だ」


ユーリが、どこか楽しげに美形を歪める。


「私は嘘を見破るギフトを授かった。ギルバート卿は嘘をついている」


「……いずれにせよ最大のチャンスだ。やってみる価値はある」


レイが、パンと一つ手を叩いて皆をまとめた。


「やってみよう。ダメならまた皆で考えればいいさ」


一気に部屋の空気が和らぎ、それぞれが小さく頷く。そのなかで、「あとキョウスケ、決戦の日まで、特訓量増やすからな」とレイにニヤリと笑いかけられ、キョウスケは喉の奥で小さく唸るしかなかった。


それからの一ヶ月は、まさに地獄のような特訓の連続だった。


『はと』の裏庭で、キョウスケはひたすら己の右腕と向き合い続けた。


体内の膨大な魔力を引き起こし、一本の細い光の線にして右拳へと集めていく。少しでも集中が乱れれば、紫の電流がバチバチと悲鳴を上げて四散し、自分の肉体を焦がした。


「遅い! 右腕だけに気を取られないで、体全体の魔力の循環を意識して!」


小さな身体からミーナが声を張り上げる。


額から滴る汗を拭う暇もない。肉体はボロボロで、意識が遠のきそうになる。


だが、そのたびにキョウスケの脳裏には、あのずぶ濡れの泥水の中から見た、お人形で溢れたこの世界の冷たい視線と、何も知らずに笑っていたアサヒの顔が浮かんだ。


あいつを、この汚い世界の演劇に巻き込ませたまま、一人で残していけるわけがない。


絶対に、引きずり落としてでも一緒に日本へ連れて帰る。その一念が、キョウスケの心をバチバチと震わせ、身体を突き動かしていた。







そしてついに迎えた、十一月三十日の夜。作戦は決行された。


遠くの夜空から、ドゴオオオオオン!!!と、鼓膜を震わせる凄まじい爆音が轟いた。


足元の石畳から突き上げるような地響き。

――魔王が、予定通り外壁をぶち破った合図だ。


魔王が神の扉の部屋の外壁を圧倒的な力でぶち壊した合図だ。


「行くぞ!」


テオの鋭い合図と共に、キョウスケたちは影のように走り出した。


いつもなら厳重に封印されているはずの長い廊下。アサヒの『予言』を信じた国が自ら封印を解き、騎士たちが扉の部屋の防衛へと駆り出されたおかげで、部屋までの道は驚くほどガラ空きだった。


神の扉の部屋へと強行突入したその瞬間、キョウスケの目に真っ先に飛び込んできたのは、驚愕に目を見開いたアサヒの姿だった。


「アサヒーーー!!!!」


右腕に、血の滲むような特訓で完全に制御した、禍々しくも美しい紫色の電流を纏わせる。


驚きながらも、とっさに左手を構えて美しい風の詠唱を紡ぎ始めるアサヒに向け、キョウスケはまっすぐに突進した。


お前の相手はオレだ!誰にも、一枚の刃も触れさせやしねえ!!


大広間の高い天井に雷鳴が轟き、キョウスケの全力の雷と、アサヒの生み出す巨大な青い水龍が真っ向から激突した。


視界を真っ白に染め上げる、凄まじい水蒸気と紫の火花。アサヒを巻き込むその爆煙のなか、ミーナの悲鳴が響き渡った。


神の扉へと視線を走らせると、そこには、想定外の光景があった。


ミーナが、開くはずの扉の前で立ちつくしている。


扉はピクリとも動かない。

大きな目に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうなミーナと共に力任せに扉を叩く。


「畜生!! 開け!!」

ーー作戦は失敗か。どうすればいい?


背後から迫る騎士の容赦ない刃を、右腕の電撃で弾き飛ばす。だが、防ぎきれない。


体勢を崩したキョウスケの視界の端で、別の白刃がギラリと冷たくきらめいた。狙いは、扉にへばりつくミーナ。


――しまっ、間に合わねえ……!!


「危ない!」


アサヒがミーナを庇い、扉に触れた。


ーーその瞬間。


……キィィ。


突然表面の彫刻が眩しい光を放ち、驚くほどあっさりと、神の扉が開いた。


畜生。オレがどんなに触ってもびくともしなかったくせに。


アサヒ。最後までムカつくやつだ。本当に神に招かれた男。


ミーナが元気よく、ぴょんと扉の向こう側へ飛び込む。


続いてユーリも、あの忌々しい城の従僕としての仮面をかなぐり捨てるように、黒髪をなびかせて向こう側へ走った。


力付くでも連れていくつもりでアサヒを引っ張ったら、思いの外簡単にアサヒが動いた。


振り返ると眉を下げて困ったように笑うテオの姿。


なるほど。テオが押したのか。あいつ、後でアルベルトに殺されるんじゃねえか……。


テオはチラリとキョウスケに目線を向けると、パチリとウインクした。


まあ頑張れよ親友。

元気でな。


扉の縁に足をかけ、最後に叫んだ。


「レイさん! ダイさん! 早く!!」


――その時、キョウスケの脳裏にふっと、奇妙な違和感がよぎった。


ミーナが飛んだ。ユウトさんが走った。自分もアサヒを掴んで引きずり込んだ。じゃあ、女将さんは?


女将さんは、どのタイミングでこの扉を潜る予定だったんだっけ。


自分の脱出と特訓だけで頭がいっぱいで、最悪の矛盾に今の今まで気づけなかった。


とっさに二人の【兄】の元へ足を踏み出そうとした瞬間、凄まじい衝撃波がキョウスケの身体を直撃した。


カイルが風魔法を起こし、キョウスケもろとも、開いた空間の向こう側へ力任せに押し込んだのだ。


神の扉の部屋は相変わらず騎士たちの怒号と刃の風切り音で満ちている。その混乱の渦中で二人の【兄貴】は、どこまでも朗らかに笑っていた。


「行け!! キョウスケ! ボクの弟にあの時はごめんって言っておいてくれよな!」


「キョウスケ! あっちではお前が頼みだぞ! 【弟妹】をよろしく頼むな!」


ーー扉が閉まる。


扉の『向こう』から、のんびりした口調で、兄達の、じゃあよろしくお願いしますーなんて声が漏れてきた。


ゴーン…ゴーン…

扉の向こうで鐘の音が鳴り響く。

残酷なハッピーエンドを祝福するように。



……畜生。最後まで、子供扱いしやがって。 





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