第六話 チャンス
その日、定休日のカーテンを閉めた『はと』の店内には、いつものメンバーの他に、見慣れない人物が二人いた。
裏口からこっそり店内に入ったキョウスケは首をかしげた。
二人ともテーブル席に腰掛けて背を向けており、ここから顔は見えない。
「気にしなくていいよ。同志だ」
女将さんの言葉に、詰めていた息を吐き出す。
そのタイミングを待って、レイが切り出した。
「王城が本格的に魔王討伐に向けて動き出した。なんでも、アサヒくんが魔王が王城に襲来すると予言したそうだ」
「やたらと騎士団があちこちにいるのはそのせいか」
キョウスケは最近やたらとすれ違う武装姿の兵士たちを思い出した。
「あー。そういえばアサヒ、ゲームでそんな展開があるって言ってたなあ。この世界はゲームと関係ないって思ってたからすっかり忘れてた……」
張り詰めた空気の中で、数日前の夕飯を思い出すように、のんびりとポリポリ頭をかくキョウスケに、店の者たちは不思議そうな顔を向けた。
「ゲーム?」
「ああ、アサヒは日本で、ルーメンで魔王を倒すっていうストーリーのクソゲーをプレイしたんだと」
「クソゲー?」
レイもダイも、現代日本の単語にまったく付いていけないようで、眉間にシワを寄せてお互いに顔を見合わせている。
「いや、オレのいた日本だと、異世界転生っていうジャンル?のマンガやアニメが流行ってんだよ。自分がプレイしたことのあるゲームの世界に入っちまったり、キャラクターの一人になったり。そんで事前知識とかチート能力で無双してするっていう……」
「……じゃあアサヒ君は、そのゲームの知識を持った状態でルーメンに召喚されたってことね。それって私達とは違う……本物の預言者ってこと?」
眉を下げ、ミーナの普段は勝ち気な表情が曇った。今にも泣き出してしまいそうで、キョウスケは慌てた。
「いや、違うところも結構あるって言ってたぞ……。たしか……本当につまんねぇゲームで、召喚されても城やレムレト村とか、国のあちこちをただ回って、謎も何もなく魔王を倒すだけで……、学術院もなかったし、もちろん簒奪の魔女もいなかったらしい」
「へえ。それは随分ルーメンにとって都合の良いストーリーだね」
ダイがニコリと口元を吊り上げるが、目の奥に光はない。
「……あと魔王はワンパンで倒せるって言ってたような……」
キョウスケは腕を組み、当時は聞き流していたアサヒのオタク語りを必死に思い出した。
あいつ、いつも熱弁してたんたけど、話がつまらなすぎて、いつも寝ちまってたんだ。
過去の自分に毒づきながら、必死に記憶の糸を手繰り寄せた。
「魔王はワンパン?面白いじゃないの少年!なるべく多くの情報を教えてくれるかい?」
初めて見る青年が飄々と近づいてきて、一瞬キョウスケの思考は中断された。
二十代くらいだろうか。ニヤニヤと細いツリ目がキョウスケを品定めするように向けられる。
「他には……魔王を倒したあとに謎のキャラクターが突然現れるって言ってたな……あ!それで変なタイトルで……」
皆の視線が自分に集中する。
「たしか……ユウト……思い出した!!『ユウトを助けて』だ!!」
ーーガタンッ!!
派手な音がして、店の奥に座っていた青年が勢いよく立ち上がった。
顎下で切りそろえられた美しい黒髪が乱れるのも気にせず、大股でキョウスケの間合いへと踏み込んでくる。その端正な顔は、狂気すら孕んで歪んでいた。
「今、なんだって?」
「え、だから『ユウトを助けて』って名前のゲームなんだよ。あー作ったのが……『ミサキ』ってやつだったか……」
ミサキ……。青年は口の中で呟くとそのまま膝をついた。
「ゲームを作ったのは……きっと母さんだ。やはり……母さんは生きていた。日本に帰ってたんだ……」
キョウスケは黒髪の美青年が、以前ギルバート卿と学術院の応接室で会った時、後ろに控えていた青年であったことを思い出した。
「ミサキさんは、ユウトのお母さんなんだ。ユウトと一緒にこの世界に来たのに突然いなくなって。国には、勇者を害そうとしたため殺されたと発表されていたけれど……ユウトは諦めなかった。母親を始末して英雄になったギルバート卿の懐に、名前を変えて、人形のフリをして潜り込み、ずっと真実を探し続けていたんだよ」
ヤマトはキョウスケにそう教えると、そのまま青年を抱きしめた。レイとミーナもそれに続く。
「よかったな。本当に……よかったな、ユウト」
薄暗い店内で、彼らは静かに、静かに肩を寄せ合い、笑いながら涙を流した。
異世界で全てを奪われ、暗闇の底で隠れるようにして生きてきた『四人の兄弟』。
彼らの涙を見て、キョウスケは胸の奥が熱くなるのを堪えきれなかった。
今ばかりは、このボロボロの鳩たちに、温かい本物の陽の光が当たってほしいと、心からそう願った。
「さて」
パンッと手を叩く音が響き、ツリ目の青年が空気を支配した。
「そのクソゲー?のことは謎は多いけど、とりあえず一旦置いておいて」
店内をゆったりコツコツと進み、カウンターの前まで来ると、くるりと振り返る。
「これは、チャンスだ」
「チャンス?」
「そうだよキョウスケ君。なぜなら、アサヒ君は『神の扉の前』に魔王が現れると予言した!」
神の扉のある部屋は、普段は複数の術者によって何重もの封印魔法がかけられている。解除するにはどこかにいる術者を一人一人探して解除してもらわなければならない。
「でも、扉の前に現れるなら、封印は解除して、部屋の中で待たなくちゃいけないねー??……ふふふ。楽しみだなぁ!!」
薄暗い店内で、一人だけ場違いにルンルン歌い出しそうなツリ目の男。
「女将さん、この人は……?」
「あれ?うちの常連だよ。見たことなかったかい?この世界の魔王様さ。変な人だから振り回されないようにね」
肩を寄せ合う兄弟から目線を外し、女将さんは青年を見てあきれたようにため息をついた。
「魔王?」
「ああ、禁足地でエフェメラ族と一緒に私達をずっと匿ってくれた人だよ」
「ずっと?それって十五年前の話だろ? それに召喚されたのは五十年前って言ってたじゃねぇか! コイツ、どう見てもじいさんには見えねぇぞ!!」
「ああ、あの人は召喚されたときから強すぎて、何でもできてしまうらしいのよ。自分の老化も止めてしまったんだって」
「そうそう! だからボクはずっとこのピチピチの姿なのさ!」
青年はパチンとウインクをして、自分の滑らかな頬を指で突っついてみせる。
……なんだよそれ、正真正銘の異世界転生チートじゃねえか!!!
キョウスケが衝撃に言葉を失ったその時、トントンと裏口を叩く音がして、テオが顔を出した。
「キョウスケ! アサヒが十一月三十日に魔王襲来を予言した!学術院のブレイブクラスも招集がかかっている……」
悔しそうに肩を揺らすテオだったが、そこで初めて、店内に満ちる異様な熱気と、見慣れない青年の存在に気づいて表情を硬くした。
アサヒの『預言』が、国側の守りを自ら崩す最高の罠になった。
青年……魔王はいよいよワクワクを隠しきれないといった様子で、細い目を爛々と輝かせる。
「決行日は十一月三十日、か。いいね、最高の舞台だ!」
青年は天井に向けて力強く拳を突き上げ、邪悪で、最高に愉快な笑みを浮かべて開戦を宣言した。
「――殴り込みだぁ!!」
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