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第五話 パーティの裏側で

そしてやってきたパーティ当日、キョウスケはミーナを連れて王城へ向かった。


『キョウスケ君、【妹】のことよろしく頼むね』

ニコニコと穏やかに微笑む顔とは裏腹に、大きな手でギリギリとキョウスケの両肩を掴むダイを思い出し、大きく息を吐き出して、重いため息をつく。


『歴史から消されたエフェメラ族と同様、透明になる能力を持つミーナだ。もし、国にその存在がバレるようなことになったら……わかっているね?』


脳裏に再生されるその目は、まったく笑っていなかった。


……うう。胃が痛い。


隣を見ると、キョウスケの心配もどこ吹く風、半透明のミーナが鼻歌を歌いスキップしながら器用に人混みをすり抜けている。


「お前、この世界楽しみまくってるじゃん。日本に帰らなくてもいいんじゃねえの?」


思わず口からこぼれた言葉にキョウスケは焦ったが、アハハと楽しそうにミーナは笑った。


『そうなんだよねー。アタシもさ、このままこっちでママたちと暮らすのもいいかなって、時々思うんだ』


日本のこと、何も覚えてないしね。


そう言って半透明に透けた顔でウインクする目を、キョウスケは直視できなかった。


『でもさ……アタシが透明になるギフトを授かった時、ママはアタシに泣いて謝ったんだ』


気まずさに居心地が悪くなり、キョウスケはなんとなく遠くの空へ視線を逃がした。


ポツリと吐き出されたミーナの言葉が、喧騒の隙間を縫って耳の奥へと入り込んでくる。


『それはママの願いだよって。ママがずっとミーナを、誰にも見つからないようにって育ててたから、ミーナはそれを自分の願いだと思い込んじゃったんだって……。ミーナが自分の本当の願いを言える場所に戻ろうってママは言ったんだ』


歌うようにそう語るミーナの瞳は、まるで見たこともない故郷を探す迷子のように、所在なくさまよっていた。


目の前で消えそうに笑う少女の胸の痛みが、まるで自分のことのようにキョウスケの心を激しくえぐっていた。


「……逸れるなよ」


キョウスケは何も言えなくなり、ぶっきらぼうにそう呟くと、掴めばすんなり透けて消えてしまいそうなミーナの細い腕を、今度はしっかりと握りしめた。







パーティ会場は、まさしく『異世界』そのもの。


キラキラと輝くシャンデリア、きらびやかな色とりどりのドレス、とんでもなく顔面偏差値の高い方々。そして、豪華絢爛な料理がところ狭しとならんでいる。


ネット動画でしか見たことのない光景に、キョウスケが圧倒されていたその時。


『これがパーティ!なんて素敵なのーーー!!』


「おい!! まて!」


今にもパーティ会場のどまんなかに飛び出しそうなミーナの腕を慌てて掴む。


キョウスケが小声で注意しても、ミーナの目はキラキラ輝く会場に釘付けだ。


「いいか、料理食ったらすぐ帰るからな!」


『も〜分かってるって〜』


……ぜっったい分かってない。キョウスケの胃はキリキリからギリギリに痛みのレベルを上げた。


『ねえ、アレって……』

『ああ、もう一人の方だ』

気がつくと、いつの間には周囲の視線がキョウスケに集まっていた。


ヒソヒソと肌を刺す不躾な視線に、キョウスケはポケットの中で拳を強く握りしめた。


あああ、もう! 早く料理食って帰る!!!


大股で壁際のビッフェに進み、手当たり次第お皿に料理を取った。


『あ、あれ取って』

『キョウスケ、もっとだよ!! ちょっと量少ないよ!!』


「うるせえ!静かにしろ!」


耳元でささやくミーナを必死に抑えながら料理をとっている時だった。


「キョウスケ……くん?」


後ろから、よく知っている声がする。

キョウスケは恐る恐る、首の後ろからギシギシと音がしそうなほどぎこちなく振り返った。


「や、やあ……アサヒ」


『あ!アサヒ君だ!この前暴走止めてくれたんだからお礼言って!』


「この前は、オレの暴走を止めてくれて……アリガトウ」


アサヒは明らかに戸惑っているようだ。しきりに視線をキョウスケの顔や胸元を行ったり来たり、せわしなく動かしている。


「久しぶりだね。最近顔を見てなかったから心配してたんだ」


『元気だから安心しなって言って!お礼も!』


「あ、ああ……オレは元気でやってるから心配しなくて大丈夫。あ……アリガトな」


耳元でまくしたてるミーナのせいで、まともに思考がまとまらない。今は彼女のロボットのように、言われた通りに口を動かすことしかできなかった。


「……本当に、大丈夫なんだね?」


重めの前髪から、アサヒの心配そうな目が覗く。その瞳の奥が、何かを見透かそうとするように、妙にギラリと光ったような気がした。


「だから大丈夫だって! あ、オレ、ちょっと用事あるからもう行くわ! じゃあな!」


……ヤバい。絶対疑ってる。キョウスケは、一目散に庭園を目指した。







ぜえはあと誰もいない庭園で膝を抑え、やっと一息をついた。


まったく心臓に悪い。


ミーナには悪いが、もう帰ろう。そう決意した時だった。


「ーーキョウスケ・ヤノ君。ちょっといいかな」


聞き覚えのない硬い声。

この世界に来てからめったに呼ばれたことのない自分のフルネームを呼ばれ、キョウスケは驚いて振り返った。


そこには、覚悟を決めたような顔で、

ーーテオ・バルトフェルトが真っ直ぐにキョウスケを見据えて佇んでいた。


その横にはどこか心配そうな顔でヨシュアも寄り添っている。


「友達を……ヨシュアを救ってくれてありがとう。どうしても感謝を伝えたくて……」


学術院で盗み見た、楽しそうに笑う顔からは想像できないほど真剣な顔でテオは言った。


「救う?オレは何も……」


「何も知らない君だからこそ、できたんだ。この国の『痣の勇者』たちは、その痣が出現した途端に施設へと強制招集される。そこで待っているのは、英才教育という名の……心を殺す洗脳なんだ」


「僕は父親の仕事の関係で、施設を訪れる機会があって幼い頃のヨシュアを知っていた。僕たちは友達だったんだ。……なのに、彼は年齢を重ねるごとに、どんどん感情を失って人形のようになっていった……」


普段の、学術院の廊下で見せるようなお調子者の笑顔はどこにもなかった。


「父も今の痣の勇者を使っての軍事強化にずっと反対していた。でも、貧乏男爵の言うことなんて誰も聞いてはくれない。僕も……何もできない自分を、ずっと呪っていたんだ」


テオは俯き、唇をかみしめる。

握りしめた両手がぶるぶると震えた。


「でも……この前のレムレト村の訪問で、君は、ヨシュアの凍りついた心を溶かし、本当の彼を取り戻してくれたんだ」


テオが弟に向けるような優しい顔でヨシュアに笑いかけると、かろうじてわかる程度だが、ヨシュアの口元が動き、笑みを作った。


「ありがとう。友達を…助けてくれて」


テオの頬に一筋の涙が伝った。


「君が、この世界で苦しんでいたのを、僕は知っていたのに……。助けてあげられなくてごめん。今からでも、何か、君のためになりたい」


絞り出すようなテオの謝罪が、誰もいない庭園に消えていく。


サワサワと、頭上の木々が冷たい風に揺れていた。


もうすぐ、秋が終わる。紅葉に向けて最後の緑を必死に燃やしているその木々が、どこか、世界に抗おうとしている自分たちの姿に重なって見えた。


テオを、信じて良いのだろうか。


『大丈夫だよ、キョウスケ。彼はバルトフェルト家の人間だから……信じていいの』


耳元で囁くミーナの言葉の真意は、今のキョウスケには分からなかった。だが、その声はどこまでも優しく、暖かかった。


だから、ヨシュアの微笑みを、テオのつよい瞳を信じようと思った。


両足で地面を踏みしめ、改めてテオに向き直る。

顎を下げ、ぐっと腹に力を入れた。


「……オレは、この世界の神が嫌いだ。公平じゃないし、理不尽だ。祝福の神なら、全生物に同じように祝福しろよって思う」


キョウスケの乱暴な文句に、ヨシュアの口の端がまた少しだけ吊り上がり、小さく頷いた。


「……この世界も嫌いだ。求められた役割をこなす人形だけが生きられる世界だ」


だから、とキョウスケは拳を握りしめた。


「……アサヒを助けてほしい。オレは、あの神の扉をぶっ壊す」


まっすぐにテオを見据えたその瞳には、この異世界に拉致されてからの五ヶ月間、ずっと失われていた輝きが宿っていた。


バチバチと、青白い火花を散らすかのような、猛烈で、圧倒的なキョウスケの意志が、そこには確かに灯っていた。



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