第四話 役立たずのお人形
「過去の勇者って、簒奪の魔女に殺されたんじゃないのか?」
鼻を真っ赤にさせたキョウスケが、気恥ずかしそうに尋ねた。
「簒奪の魔女?ーーああ、それは……アタシのことさ」
女将さんがニヤリと笑う。
「十五年前、この子たちと一緒に逃げたんだよ。そしたら簒奪の魔女なんて大層な存在にされちまってね。しょうがないからしばらく隠れて、今でははとの女将さんだ」
「……じゃあルーメンは、オレたちを騙してたのか?」
「騙してたなんてレベルじゃないよ。周到に用意してたのさ」
王城が見える窓を眺めながらレイが口を開いた。
「十五年前、ルーメンは勇者育成に失敗して学んだんだ。小さな子どもを召喚して閉じ込めて洗脳するだけではダメだって。だから今度は、舞台を創った」
「……創った?」
「そう……まず召喚勇者の伝説をルーメンの子供たちに『教育』する。そして、自立心の芽生え始めた一六歳の勇者を召喚して、『学校』で学ばせることで……悪い魔王をやっつけるステキな仲間達のできあがりさ!! 君たちは十五年かけて国が作り上げた舞台に、満を持して招かれたのさ」
「勇者を召喚するのは、神なんじゃねえのか」
「神は願いに沿って扉を開けるだけさ。どんな勇者が欲しいか決めるのはこの国の連中だ」
レイが青空を背にして振り返る。窓外に広がる爽やかな秋の青空が、今のキョウスケの目には、精巧に描き込まれた絵画のように見えた。
「でも……。幸か不幸か、お前はその環境に受け入れられなかった」
レイがキョウスケに歩み寄り、肩をポンと叩く。
「改めてよろしくな、キョウスケ。僕は星野シュン。二十四年前に召喚された大先輩だぜ! ここではレイのままでいいよ」
「はあ?二十四年って、お前子どもじゃねえか!?」
驚愕するキョウスケに、レイはフフンと鼻を鳴らすと、みるみるうちに青年へと姿を変えた。
「ボクは自分の年齢を変えられるギフトを持ってるのさ!」
そのままキョウスケの頭を勢いよくガシガシと撫でる。
「お前、全然友達作れないし、授業でなくなるし、しまいにゃ雷魔法暴発させようとするし……心配したんだぜー?」
「しょうがねぇだろ」
ポカンとしていたキョウスケだが、子どものように赤くなってそっぽを向き、ふと思う。
「……あれは、いったい何だったんだ?」
キョウスケにも、あの時、なぜ自分が魔法を使えたのか分からない。
体格の良い柔和な男性が歩み寄り、尚もキョウスケの頭を撫でまくるレイをそっと止めた。
「魔法っていうのは、まず身体中の魔力を引き起こし、それを放出口に集めるんだ。君は怒りで爆発させた魔力をそのまま右腕にねじ込もうとしたから、理性を奪われかけたんだよ。魔法を思い通りに操るためには、正しい詠唱が大切なんだ」
男はそう言って、優しく微笑んだ。
「はじめましてキョウスケ。オレは秋山ヤマト。ここではダイって呼んで。ここでは料理人と、あとは仲間の連絡係をしているよ」
「そして私は長谷川アオイ。『ごはん処はと』の看板娘、ミーナの正体!……それは透明のギフトを駆使する潜入スパイなのだー!」
フフンと顎を上げ、勝ち気な顔をさらに得意げにしてミーナが話す。
「ちなみにアタシは長谷川カナコ。アオイはアタシの産んだ娘だけど、…まあ皆もう家族みたいなもんだね」
「こんなに近くにいたのか」
はじめから、一人なんかじゃなかった。その事実にキョウスケの喉元がぐっと熱くなり、あわてて強引に目元をぬぐった。
「ていうか、なんでそんなにオレの行動に詳しいんだよ!」
「だって全部、見てたもーん」
頬杖をつき、ミーナはクリクリとした片目をバチンと瞑る。
「透明になって、ね!」
「!!………っ!!」
キョウスケは恥ずかしさで蹲った。
今なら透明化したって見えるのに。悔し紛れにそう思ったとき、キョウスケははたと気がついた。
「そういえば、オレ、なんで透明になってたミーナが見えるようになったんだ?」
「ーーそれは、私から話そう」
キィと重たいドアを開け、一人の男が顔を出した。
長い髪で顔を覆い、全身をヨレヨレのローブで覆っている。
身体を引っ張るようにカツン、カツン、と少しぎこちなく歩き、キョウスケの前の椅子に腰を掛ける。
「キョウスケ君。君はきっと神に『本当』を願ったんだろう。君のギフトは、おそらくこの国に本当にあるものが視える目だ。そしてそれは、この国が百年欲している能力だ」
長い髪の間から水色のガラス玉のような目が覗く。
よく見ると、男の顔中にひどい火傷の痕があることに気づいた。
「百年前、ルーメンは大きな戦争を起こした。その戦争で活躍したのが、エフェメラ族だ。彼らは透明化する能力を持っており、戦後この力を恐れた国家は、彼らを処分した。一部は国のハズレに逃げられたようだが、国はそこを禁足地とし、彼らを閉じ込めた。もし国が君のギフトの存在を知ったら、なんとしても君を使ってエフェメラ族の弾圧に動くだろうーー例え君が首だけになったとしても」
その瞬間、キョウスケの背骨の奥を、氷水を流し込まれたかのような冷たい戦慄が駆け抜けた。
底の見えない『国家の悪意』の重さに、喉の奥がカラカラに干からびていく。
「そしてーー魔王とは、五十年前に神の扉を開け突然現れた、君達と同じ召喚勇者だ。彼も力を恐れた国に殺されそうになり、禁足地に逃れたそうだ」
火傷の男は、目を伏せ静かに続ける。
「アルベリヒ国王は二十五年前の即位から、彼らを本格的に始末しようと、勇者召喚を行い、魔王を倒せと『教育』しているんだ」
「……なんだよそれ!」
空気がピリピリと震えキョウスケの髪の毛が逆立つ。
「百年前も、今も、自分達の都合で使っておいて、怖くなったら消すのかよ。神様もそんな奴らに使われて、いったい何なんだよこの世界は!!」
「神は、アンタが思ってるよりかは公正で寛大だよ。悪いのは、それをコントロールしてるつもりになっている国家だ」
女将さんの低い声が部屋に響く。
「落ち着きなさい。また怒りで魔力が暴走しそうだ」
カイルが痛々しい火傷の刻まれた手をぎこちなく伸ばし、キョウスケの肩をそっと宥めるように叩いた。
「クソッ! 触るな!!」
キョウスケはその手を力任せに振り払う。バチバチと青白い電流がキョウスケの身体から放たれた。
「それでアンタは誰なんだ!? 日本人でもないのになんでここにいるんだよ!!」
キョウスケは力任せに叫んだ。
「ああ、言ってなかったね。私はカイル・ヴァルハイト。皆からは国賊って呼ばれてるが、今でははとの料理人。得意料理は卵焼きだ」
――卵焼き?
あまりにも場違いで平坦な自己紹介に、キョウスケは毒気を抜かれたように言葉を失った。
激しく逆立っていたはずの髪が、しなしなとへたり込んでいく。
とにかくまずは、とレイが空気を変えるように明るい声をだした。
「キョウスケ。ゾッとするくらいの魔力量だったぞ。このままじゃまた暴発する。コントロール術を覚えたほうがいい」
キョウスケは、先ほど全身の血液を沸騰させたかのように身体を駆け巡ったあの凄まじい熱量を思い出す。
怒りに任せて爆発させたそれは、脳の芯を痺れさせるほどに昂っていた。
「せっかく魔力の出し方は掴んだんだ。ちゃんと魔法を使えるようになりたい」
「うーん。でもお前、使えそうなの雷魔法だけだろ? オレたちもう、戦闘用の詠唱なんて忘れちゃったもんなぁ。日常生活じゃ使わないしさ」
レイが困ったように上を向くと、大型犬が同調するようにヤマトがうんうんと首を縦に振った。
「ーー大気を裂く、摩擦の火花。天と地を繋ぐ、一本の細い光の線。我が熱量を糧として、今、この一撃に収束せよ」
突然シャボン玉が弾けたような、軽やかな声がした。振り返るとミーナが行儀悪くテーブルに腰掛け、得意げに足を揺らしている。
「ミーナ、それって」
「私、透明モードでちゃーんと授業でてたもん」
「ミーナ!」
キョウスケはミーナの足元に駆け寄り、跪く。
「せ・ん・せ・いでしよ?」
「ミーナ……先生。オレに、魔法を教えてください!!!」
ガバっと頭を下げたキョウスケの頭上から、ワクワクした声が降ってきた。
「条件があるの」
ニンマリとミーナの目がさらに細められる。
「……月末の感謝祭のパーティ、ミーナも行きたいなぁ」
学術院の生徒も、貴族の奴らも、大勢が集まるあのパーティーへ、ミーナを連れて行けと……。
「……勘弁してくれよ」
頭を抱えて突っ伏したキョウスケの小さな嘆きは、ミーナのはしゃぐ笑い声にかき消されて、夕暮れの部屋へと虚しく溶けていった。




