第九話
正直、敵の頭がそれほど良くなくて助かった。怪異だからだろうか。
碧依なら、自分の弱点をあんなふうに丸裸にしたりしない。
「はぁっ!」
碧依は突っ込み、数体を斬る。ギリギリ掴もうとする手を躱して、攻撃に転じる。
「お一人ですかぁ? 見捨てられちゃいましたかぁ?」
「……」
「ついに私に顔を渡してくれる気になりましたかぁ?」
怪異の嘲笑に、嘲笑を仕返した。
「初めて会ったあのモールで、私をさっさとやっとくべきだったね」
「何のことですかぁ?」
「いや、アホだなって思って」
その言葉に、怪異がざわつくのを感じた。煽ってくる割には、核心を突くような煽りには弱いようだ。
「アホってどういうことですかぁ? 私がどれだけ気を遣って過ごしてきたのか分かってませんかぁ?」
「笑顔が好きで嘘が嫌い……だっけ」
ドレスの袖を掴まれた。動きが阻害されたが、引きちぎって前に倒れ込む。腕に敵の手が当たり、骨が悲鳴を上げるような痛みを発した。
地面に情けなく這いつくばる碧依を、カタカタと嗤う。
「偉そうなことを言っておいて、もう限界じゃないですかぁ」
「……そうだね。私はまだ魔法少女になったばかりだから」
小さく息をついて、起き上がろうとする。
「がっ!」
背中を踏みつけられて、地面に頬を擦り付けた。
「それじゃあ、顔をいただきますねぇ」
伸びてくる手に向かって、碧依は笑う。
「ずっとそうやって上から見下してたから、あなたは負けたんだよ」
「……は?」
動きが止まった。同時に紫音の声が響き渡る。
「よっしゃ! 攻撃準備完了だ!」
「今さら攻撃なんてどこにするんで──」
怪異の動きが止まる。一斉に紫音のほうに走り出す。
その慌てようを見て、碧依は這いつくばったまま鼻を鳴らす。
紫音の作り出した砲台は、まるでレールガンをほうふつとさせるものだった。その銃口は、太陽へと向かっている。
「お日様は世界の顔って言うもんね」
碧依の言葉を、怪異は聞く余裕すらない。
「やめろおおおお!」
その絶叫は、本気で焦った人間のようだった。
轟音と振動。破壊力の高いレーザーが太陽と思われていたものを打ち砕く。
絶叫が響き渡り、怪異は消えていく。夕焼けは消えて、昼の静けさに戻った。
碧依は立ち上がる。痛みを訴える腕を抑えて、大きく息を吐いた。魚屋のおじさんはまだ動いていない。
「どうして……」
目の前には、一人の少女が泣き崩れていた。
金色の髪にカールボブの少女だった。後頭部についてる大きな白いリボンが特徴的である。
美鳥の最初の言葉を思い出す。
「……外月黄菜」
その名前を呼ぶと、少女はゆっくりと顔を上げた。
顔は……なかった。いや、認識できないと言ったほうが正しいだろうか。
「どうしてみんな私を笑い者にするんですかぁ!」
その言葉は、何故か碧依の胸に刺さる。
紫音のほうを見ると、彼女もゆっくりと首を横に振った。
「怪異はさ、魔法少女の成れの果てなんだよ」
紫音は続ける。
「戦い、散っていった。その残滓が暴れ狂い、新たな怪異を生み出す。黄菜は、かつてオレたちと一緒に戦ってたこともあった」
「……そんな」
それじゃあ救いがない。
その言葉をのみ込んだ。碧依はもう、その世界に巻き込まれてしまったのだ。
せめてもの救いは、怪異は魔法少女以外を狙わないと言うことだけだろうか。人間たちは、戦っていることも知らずに平和に過ごしている。
それが一番残酷だとも碧依は思った。
黄菜のほうに近寄り、彼女の両肩に手を置いた。ビクリとその小さな肩は跳ねる。
「大丈夫。私が覚えておくから」
身体に腕を回して、抱きしめる。体温を感じることはできなかった。
黄菜の顔を見る。碧依は息を呑んだ。認識できたのだ。
黄色い瞳に人懐っこそうな輪郭。薄い唇はとても艶がある。ただの可愛い女の子だった。
黄菜は涙を目尻に溜めて、笑っている。
「ありがとうございますぅ……」
それだけ言うと、粒子になって消えた。
灰色に白んでいた世界は色を取り戻す。折れた電柱はいつの間にか元に戻っていた。
本当に怪異は世界に干渉しないんだなと分からされる。
競馬中継が耳に戻る。魚屋のおじさんの動きが再開した。
ぼーっと立ち尽くす碧依に、紫音は声をかけてくる。
「ありがとうな。助かった」
元の制服姿に戻っている彼女は、気絶した美鳥を背負っていた。
「彼女どうするの?」
「ん? あぁ、しばらくしたら目が覚めるさ」
「……そっか」
碧依が安堵すると、今日はもう解散だと紫音が手を振った。
「え? また、怪異に巻き込まれたらどうするの?」
「……その時は自分の不運を恨め」
その素っ気ない言葉に、そんなと碧依は絶望感にさいなまれる。




