第七話
二人のことを碧依は信用したわけではない。しかし、チームを組む必要があるということは理にかなっていた。
昼時の商店街は、いつもより静かだった。
魚屋なおじさんが、椅子に座りながら足を組んでいた。競馬情報をラジオから流しながら、新聞を眺めている。
「組むってことは他にも魔法少女がいるの?」
碧依の質問に、前を歩く紫音は黙った。静かに嘆息をつく。
「いるって言うよりいたって言ったほうが正確だな」
「いた……?」
「死んでるよ全員」
その言葉に息を呑むことしかできなかった。
改めてなんでこんなことに巻き込まれたんだと、拳を握りしめる。
私は普通の人間だと主張したい。しかし、また紫音に「知らねぇよ」と突き放されるのが見えている。
美鳥は空を見つめたまま、ふらりと危うい足取りだ。思わず手を差し伸べそうになって、紫音に制止される。
「やめとけ。余計な同情するほうが、彼女の負担になる」
「なんで……?」
「お前は手を差し伸べる理由を考えたことがあるか?」
尋ねられたことが分からずに、首を傾げた。
「善意かもしれない。理解かもしれない。利用しているかもしれない。攫おうとしてるかもしれない。殺そうとしているかもしれない。そんなあり得ない可能性まで彼女は見ちまうんだよ」
喉を鳴らす。
一つ一つの挙動の意味を無限に考え始めると、頭の中が情報で支配される。見えるだけでない真実までも。
彼女がぼんやりとしているのは、戦いの日々にもう壊れかけているからなのか。碧依は想像することもできない。
「同情か?」
紫音に見透かせるように言われて、喉を鳴らす。
「同情できる余裕があるのは良いことだぜ?」
「バカにしてるの?」
「いやいや、オレは羨ましがってんだよ」
皮肉には聞こえなかった。こちらを見やる瞳は、真剣な光が宿っていた。
ただの中学生の女の子が、同情できる感情を羨む。そんな世界は一体どんな世界だ。
思わず身震いした。
「外月黄菜。高校二年生。かつて魔法少女として活躍。今は顔を失い、探し続けて彷徨う怪異となった。
好きなものは笑顔。嫌いなものは嘘──」
唐突に美鳥が一点を見つめて喋り始める。その奇妙な姿は、背筋に冷や汗を垂らす。
近くのラジオにノイズが混ざった。魚屋のおじさんが、新聞をめくる途中で動きを止めた。
世界が灰色に染まっていく。その気味の悪い現象に、眉間にしわを寄せた。
「来たな」
紫音の服装が、紫色の軍服を崩したようなものになる。被っている制帽のツバを持つ。奥に潜む瞳が紫色に光る。
「……来たって?」
地面が血と錆びに染まっていく。気持ち悪い変化に、鳥肌が立つ。
「怪異だよ」
紫音の手にはいつの間にか拳銃が握られていた。片手ずつ、合わせて二丁である。
一点を見つめ続ける美鳥は、続けるようにゆっくり告げる。
「──彼女に勝つには、本物の顔を探すしかない」
その宣言は、誰に向けて言ったものか。美鳥はそのまま眠りかけてしまった。
「美鳥!?」
碧依は彼女に駆け寄る。
「大丈夫。美鳥はただ、頭を使いすぎて眠ってるだけだから。心配するなら自分の心配しな」
「……美鳥はなんで寝たの?」
「怪異を見たからだ。人を見るよりも力を使うんだよ」
あの気持ち悪いものの全てを覗き込む。それがどれほどのものかは分からない。しかし、鼻血を出して眠る美鳥を見ると、脳が焼け切れるほどの力を使ってることは分かる。
──もう……慣れた。
彼女の言葉が頭の中に繰り返される。
こんなもの、慣れたらいけないだろう。目を固くつぶり、指の先が白むほど握る。
「人の心配するのはいいが、自分の命の心配をしな」
紫音の声に、顔を上げた。広がる光景に、目を見開く。
ショッピングモールで出会ったあの顔のない少女。道路を埋め尽くすほど、そこに立っていた。
「あらぁ。あの時の魔法少女じゃないですかぁ?」
相変わらず気持ち悪い声だ。なのにするりと頭から抜け落ちるように、彼女のことを覚えられない。
「黄菜……か」
紫音が呟くと、相手は一斉に顔を動かす。
「永遠を過ごすって、虚しくねぇか?」
「何のことですかぁ?」
相手の動きはカクカクとしていて、まるでマネキンのようだった。
「こいつはあの時倒したはずっ!」
「多分、分体だなそれは」
「……分体?」
「大体の怪異はな、勝利条件を満たさないと倒せねぇんだよ」
勝利条件? と首を傾げてから、美鳥が言っていたことを思い出した。
なるほどそのための美鳥の役割かと気がつく。
彼女は観測し、勝ち筋を立てた。そしてその条件は、目の前のこいつらの顔を探し出すこと。
しかし、どうやって探し出すのか。大量の敵の中から見つけ出す自信は、碧依には、なかった。




