第四十一話
『どこにいやがる』
紫音からのメッセを見ながら、碧依は渡り廊下から見下ろす。階下では数人の女の子が周囲を見回している。
紫音、黄菜、クロ、あかり。その四人の表情にはそれぞれの想いが見て取れる。
それを眺めながら碧依は、メッセに返事をした。
『探し出してみなよ』
視界の先の紫音が携帯を眺めてぶち切れていた。それにクスリと笑う。
『ふざけんな! オレはあんたをぶち殺したくて──』
そこまで見たところで、碧依は無視して懐に携帯をしまう。
「どうしたのですか、碧依お姉様?」
わざわざ腕に引っ付いてくるシーラに苦笑する。
「相手の魔法少女が来たよ」
「本当ですの!? それじゃあシーラ倒してまいりますね!」
走り出そうとした彼女の後ろ襟首を赤穂が掴んでいた。しばらくその場で足をバタバタさせていたが、呼吸荒くして立ち止まる。また言い合いを始める二人を無視して、口元に手を添える。
予想した通り、橙夏の姿はない。美鳥から事前に聞かされていたから覚悟していたが、それが確信に変わり頭が痛くなる。
今回怪異となって現れるのは、間違いなく彼女だ。思い出されるのは、紫音の怪異に勝ってすぐに殺された記憶。
大きく息をついてから、両頬を叩いた。
「美鳥」
名前を呼ぶと、美鳥は静かにこちらに目を向けてくる。
「あなたが怪異になってもいいから、橙夏の情報を拾って」
その言葉に、赤穂とシーラは動きを止めた。何を言っているのかとでも問いただしそうな表情をしている。
それを無視して、碧依は細剣を出す。
美鳥は静かに頷いた。その覚悟を受け取り、ベンチに座る。剣先を床に刺して、柄に両手をかけた。
目を瞑ってその時が来るのを待つかのように静かにする。
「……何を待ってるんすか?」
「怪異と鉢合わせるのを待ってる」
「あー奴らと戦わせるんすね!」
「なるほど碧依お姉様は頭が良いですわ!」
そうじゃない。いや、そうじゃないとも言い切れない。
確かに碧依は彼女たちと橙夏の怪異が激突するのを待っている。それは未来側からすればエネルギーを生む友好的な行動に見えるだろう。そして魔法少女から見れば、自分たちの首を絞める行動に見えるだろう。
「……美鳥ごめんね」
か細く言った声に、彼女は首を左右に振った。
「碧依の作戦がうまくいけば……私も助かるから」
それだけ言うと、美鳥は何かを探すように周囲を見回わし始める。
「金井橙夏。高校三年生。かつて魔法少女として戦った。極度の寂しがり屋だが、本音を出すのが苦手。彼女の願いは、友達と仲良くしたかった。
叶わないと知った彼女は全てに絶望。孤で乗り切る覚悟を決める。そんな彼女に周りはついていけずに、脱落していく。
真に孤独になった彼女は、心を閉ざしてしまう」
始まった。美鳥が橙夏の接近を感じたのだ。
赤穂とシーラの二人は、美鳥の本当の能力を初めてみたのだろう。彼女の豹変ぶりには目を丸くしている。
「橙夏は孤立させることに特化した一対一の怪異。まずは指揮系統を狙うだろう。
彼女を打ち勝つために、仲間を信じろ」
気絶する美鳥。その体を赤穂が慌てて受け止める。
「碧依お姉様? これは一体?」
シーラの疑問には答えない。ただ、五感を研ぎ澄ませるように、静かに呼吸する。
重苦しい空気が周囲を包む。動いていた一般人たちの動きを止めた。雑踏が遠のいた。
怪異が来る前兆だ。
美鳥を静かに寝かした赤穂が赤い特攻服姿になる。ついでシーラが白色のナース服を身にまとった。
シーラの魔法少女としてのイメージはどうやら病院が前面に出ているらしい。彼女の持つ武器は、巨大な注射器であった。
さてと碧依は整理する。
橙夏の怪異は、見たところ瞬殺特化だ。他の怪異と違い、本人が直接刀で斬ってくる。
初撃は見えず、いつの間にか斬られていたというのが碧依の過去の実体験である。
その初撃を躱すのは、至難の業だろう。しかし、ある程度予測が立てられるとしたら。
美鳥が言っていた。指揮系統が高いものが狙われると。橙夏の知ってる中で一番指揮系統が高いものは一人しか思いつかない。
手すりに手をかけて、身を乗り出す。階下で魔法少女の姿になっている紫音と黄菜とクロを見つめる。
あかりは普段服のままだった。
彼女は、半覚醒状態で異界の領域に閉じ込められはするが、まだ魔法少女になることはできない。美鳥から事前にそう聞かされていたため、特段驚きはしない。
今の碧依は、一人の人間に視線を向けていた。
紫音。彼女がいるからこそ、少女たちは折れない。彼女がいたからこそ、クロは代わりを務められた。彼女がいたからこそ、碧依は今も立っている。
紫音は魔法少女たちにとっての柱だ。
「黄菜! 人形で紫音を守って!」
その言葉がモール中に響き渡る。




