第四話
ショッピングモール。そこで友達と買い物するのは一種の憧れであった。
中学生の時は、姉に止められていたからだ。
吹き抜けのエリアを目の当たりにして、碧依は目を輝かせる。都会に比べたら別にそこまで大きなモールではないのだが、彼女にとっては何もかもが新鮮だ。
「あかり何買う!? 何買う!?」
「どぉどぉ碧依ちゃん鼻息荒いよ?」
「これが興奮せずにいられるかってんだ!」
「口調まで変わってる……」
呆れて苦笑するあかりの手を引いて、碧依はモール内をみて回る。時には食べ歩き、時にはウィンドウの商品とにらめっこし、時には服を試着して見せ合う。
とても充実した時間だ。
エスカレーターに乗っている時だった。視界がぼやけた。手すりや足元が血と錆びで染まり、息が詰まる。
ふらりと体が傾いて、あかりに手を引っ張られる。
「碧依ちゃん、大丈夫!?」
ふらつく視界の先には、変わりない光景。驚いて覗き込んでくる彼女に、曖昧な笑みを返した。
「あっはは、ちょっと興奮しすぎたみたい」
「もう、仕方ないなぁ」
エスカレーターを降りてすぐ、碧依はあかりに手を引っ張られてベンチに座る。落ち着くように、長く息をついた。
「水買ってくるね」
「……悪いよ」
「大丈夫、碧依ちゃん待ってて」
駆け出していくあかりの背中を見つめて、苦笑する。一人残された碧依は、脚を揃えて待つことにした。
床を見つめて、鼓動を整える。せっかく友達と買い物に来ているのに、だめだな自分と息をつく。
そんな時、隣に誰かが腰掛けた。顔を上げて、思わず距離を開けた。
頭を下げて、そのまままた床を見つめ始める。
「大丈夫ですかぁ?」
その粘着くような声に、思わず顔を上げる。
同年代の女の子だ。しかし、顔を見てもなぜか分からないが覚えられない。
そんな不思議な感覚に、眉根を寄せる。
「えっと……?」
「あぁ、私あなたと同じ学校の──」
名前を聞いた。──けれど、耳に入った瞬間から、霧みたいに抜け落ちる。
困惑していると、彼女の口元がクスリと笑った気がする。
「碧依さんは、願いが叶うなら何を願いますかぁ?」
唐突の質問に、碧依は固まる。何より彼女が自分の名前を知っていることに鳥肌が立った。
曖昧な笑みを浮かべてから、もう少しだけ腰を引いた。
「私は自分の顔を取り返したいんですよぉ?」
「……顔?」
「そうですぅ……。どこかに落としちゃってぇ」
声が崩れていく。彼女の体が崩れていく。景色が崩れていく。
いつの間にか空気が止まっていた。重苦しくなり、のどの奥が塞がる。
「あなた、適性ありますねぇ。私の顔になってくれませんかぁ?」
生理的嫌悪感がピークになる。立ち上がり、彼女から離れるように逃げる。
──あかり、どこ?
自動販売機がある場所へと向かう。そこには飲み物を選んでいる途中のあかりがいた。
「あかり、あかり! よかった、いた」
彼女の肩に手を伸ばす。しかし、振り返らない。
「あかり? あかり!?」
彼女の顔を覗き込む。
あかりの目は、動いていない。呼吸さえしてない。まるで、時が止まっているかのように。
「無駄ですよぉ? 彼女は“まだ”適性がないので、私の世界では動けないですぅ」
聞こえてくる声に肩が跳ね上がる。
声のしたほうを見る。振り返ると、ふらふらと彼女が歩いてくる。
曖昧な顔に手を添えて、こちらを見ている“つもり”みたいだ。
「私にも顔があったんですよぉ? でも、気がつけばこんな姿になっていましたぁ」
「……来ないで」
「でも、あなたの力を貰えば思い出せる気がするんですよぉ」
「来ないで!」
碧依の叫びに合わせて、光が広がったような気がした。
碧依は、いつの間にか青いフリルドレスを纏っている。手には細剣を握っていた。
自分の変化に驚き、目を見開く。まるで小さなころに見たアニメの魔法少女みたいだ。
「……ちっ、覚醒前に奪いたかったのにぃ」
目の前の少女は、手を伸ばして走ってくる。危機感が碧依の体を駆け巡り、気がつけば手を動かしていた。
首を落とす。耳をつんざくような悲鳴が響き渡り、顔を歪める。
「なんで……」
彼女は声を震わせ、消えていく。
視界の歪みが消えた。空気の重苦しさもなくなる。
碧依の姿は元に戻っている。あれは何だったのかと、膝に手をつく。気のせい──で片付けるにはあまりにもリアル過ぎた。
しかし、日常が戻ってきたかのように、モールの喧騒が戻る。
「碧依ちゃん?」
あかりの声が聞こえて、頭を上げる。不思議そうに彼女はこちらを見つめている。
「動いて大丈夫? 碧依ちゃん?」
心配そうな彼女を無言で抱きしめる。戸惑うあかりに向かって「よかった」と、小さく呟くのだった。




