第三話
荒廃世界の中で、碧依は立っていた。
右を見ても左を見ても誰もいない。心細くなり、叫ぼうとする。
声が出ない。喉の奥が焼けるように痛い。自身の手を見下ろすと、黒く染まり爪が異様に伸びている。
何が起きているのかわからず、目を見開く。
もう一度叫ぶ。出ない。
気がつけば、頭に大きな衝撃を受けた。
部屋中に響き渡る目覚まし時計。ベッドから落ちて碧依は頭を強く打ったようだ。
痛みを堪えるように頭を押さえる。ゆっくりと立ち上がり、目覚まし時計を止めた。
「……何の夢を見たんだっけ?」
喉の痛さをごまかすように、咳き込む。
思い出そうとして腕を組む。むむむと首をひねるが思い出せない。
「ま、いっか!」
明るく言ってから、くるりと回る。
難しく考えたところで仕方ない。だって今日から花の女子高生なのだから。
碧依は全身鏡で自分を見る。背丈は残念ながら伸びなかった。胸も同年代に比べて小さい。見ようによっては小学生に間違えられるかもしれない。
むーと自分の姿を睨んでから肩を落とす。
姉は言っていた。自分は中学の時に急激に背が伸びたと。それを信じていたが、ついぞ成長しなかった。
「いいもんいいもん」
自分が映ってる鏡に向かって、あっかんべーをする。
服を着替えて、階段を降りる。リビングへと向かった。
中に入ると、姉がタバコを燻らせながら新聞を読んでる。
「お姉ちゃん! ここでタバコを吸うのやめてって言ってるよね!?」
「いいじゃん減るもんじゃないし」
「減るよ! 主に私の健康が!」
姉ははいはいと言いつつも、タバコを消さない。むーと頬を膨らませながら、食卓についた。
今日の朝ごはんはトーストに目玉焼き。おいしそうだと目を輝かせてから、いただきますと言う。
「物騒な世の中だね……」
朝食を食べていると、姉が新聞を見ながらため息をついた。
「何があったの?」
「廃ビルで焼死体だってさ。高校生くらいの女の子が全身燃やされて殺されてたって」
「うう〜やめてよ……一人で学校いけなくなっちゃうじゃん!」
身震いする碧依に、姉はにやりと笑う。
「碧依は可愛いから狙われちゃうかもよぉ〜?」
「……お姉ちゃん!」
「ふふ、冗談よ。まぁ、警察もそんなバカじゃないから犯人はすぐ捕まるでしょ」
彼女の言葉に、やだなぁと碧依は小さく息を漏らす。
朝食を食べ終え、歯を磨く。一通り準備し終えると、インターホンが鳴った。
顔を輝かせて、玄関を開ける。外の眩しさに目を細める。
目が慣れてきた頃、門の前にあかりが立っていた。彼女は赤みがかった茶色の髪を揺らす。茶色い瞳を細めて、笑顔を見せた。
「碧依ちゃん、おはよう」
「おはようあかり!」
元気に返事をしてから、門を開ける。
「ふふ、碧依ちゃんちゃんと起きれたね?」
「さすがに入学初日から遅刻するのはまずいでしょ?」
「遅刻はいつもまずいよ」
彼女の指摘に、碧依は後頭部をかきながら苦笑いを見せる。
あかりとは幼稚園の頃からの幼馴染だ。どこかほわほわした彼女は、碧依からしたら放っておけない女の子である。
「そうだあかり! 今日遊びに行こうよ?」
「いいよ、碧依ちゃん。どこ行くどこ行く?」
「んー、ショッピングとかは? ほら、新生活応援キャンペーンとかやってるし!」
その言葉に、あかりは笑う。
「それ、一人暮らし始める人用のだよ?」
「む、私たちだって高校生っていう新生活始めるんだもん! 間違ってないよね?」
「広義的な意味では間違ってなさそうだけど」
苦笑するあかりに、碧依は頬を膨らませる。お互い我慢できなくなって、笑い合った。
正直、碧依は浮かれていた。あかりとの関係は変わらないものなのだが、高校生という新たなステップに心を躍らせている。
幸せは当たり前にあるものだと思っていたし、感謝することもない。
ただただ女の子らしく、日々を過ごす。
ふと、視線を感じる。振り返り、首を傾げた。
「どうしたの?」
あかりの声になんでもないと、言いかける。そんな碧依の視界の端で、ヒラヒラのドレスを着た女の子が見えた。
血まみれの彼女は、こちらを見つめている。思わず喉の奥から悲鳴を漏らした。
「ど、どうしたの?」
「あそこに女の子が、血まみれで……」
指をさす。
「……いないよ?」
あかりに言われ、目を細める。そこには何もなく、ただの日常光景が広がっている。
「う、気のせいだったかも……」
「もう、また碧依ちゃん夜更かししたんでしょ?」
「えへへ、バレちゃった?」
碧依が舌を出すと、あかりが小さくもうと息をついた。
歩くのを再開した時には、先ほどの光景は忘れていた。




