第二話
──倒した。私が、巨大な剣で。
どこか心の中にある爽快感に心臓が跳ね上がる。
碧依を助けられたという高揚感が、頬を熱くした。
消えていく巨大な黒い影を見上げて、胸をなで下ろす。
グラウンドに降りる。怪我だらけの碧依が肩で息をしていた。
もしかしたら仲直りできるかもしれないと、笑顔を向けた。
乾いた音が響いた。遅れて自分の頬が痛む。
碧依にビンタされたと気づいたのは、三秒ほどしてからだった。
揺れる瞳で見ると、碧依は下唇を噛んでいる。
「……え?」
か細い声があかりから漏れる。せっかく分かり合えたと思ったのに。
そんな気持ちとは裏腹に、碧依は睨んできた。
「わたしは助けてほしくなかった」
碧依の声は、どこか震えている。
「わたしは、あかりには助けてほしくなかった! だから、家から出てほしくなかった!」
「……どういうこと?」
「なんでこうなるの!?」
彼女は涙を目に溜めて叫んでいる。何を考えているのかわからず、あかりの頭の中にはハテナばかりが積み重なっていく。
碧依は叩いた手を握り込んでいる。視線を逸らして、どこか悔しそうに奥歯を鳴らしている。
「碧依ちゃん、私」
「話しかけないで!」
大きな声を出され、肩を跳ね上げる。赤く腫れた目で碧依は睨んできた。
「分かんないなら、首を突っ込まないでよ!」
「でも、碧依ちゃんが──」
「わたしじゃない、あかりなの!」
彼女の言葉は何を指しているのかわからない。しかし、何かに焦っていることだけはしっかり伝わった。
「とにかく、校舎に戻って隠れてて!」
「……でも」
「わからない!? まだ終わってないの!」
碧依が空を指さす。そこはまだ暗闇に支配されたままだった。
異常な空間だけが残っているのは分かるが、何が終わってないのかは分からない。
「あ、碧依ちゃんとにかく説明だけでも」
「良いから早く!」
「待ってよ碧依ちゃ──」
あかりの言葉が止まる。体が重い。
服が濡れてる感覚を受けて、ゆっくり下を向いた。彼女の腹部から血が漏れている。
「あかり──」
聞こえていた碧依の声が途切れる。腹の奥から熱さがこみ上げて、全身が青い炎に包まれる。
炎越しの碧依の顔が、絶望感で染まっていた。こちらに手を伸ばして、何かを喋っている。
──私、死ぬの?
頭の中に湧き上がった疑問が、体中を蝕む。恐怖に支配され、震える。
気がつけば、体は地面に突っ伏していた。
「また……なか……」
遠くなる意識の先で、碧依が何かつぶやいた気がした。
※※※※※※※※※※
昔、あかりは魔法少女のアニメをよく見ていた気がする。
小さな頃だが、とても面白かった印象がある。
画面の中の少女たちは、可愛く格好良く戦った。敵を倒し、スカッと勝利する。
幼稚園ではその話で持ちきりだったし、あかりも夢中になって話した。
憧れ……だったのだろうか。今となっては分からないが、そのときは魔法少女になりたいと思っていたのかもしれない。
しかし、大きくなるにつれて夢は現実とは違うと認識する。
いつの間にか、あかりは普通の女の子として小学校中学校と過ごした。碧依という友達ができて、毎日が楽しかった。
そんな毎日の中で、小さい頃の夢なんか忘れていく。
しかし変身できたとき、その夢を一瞬でも思い出すことができた。敵を倒せる快感を味わうことができた。
だからこそ、あかりは知らなかったのだろう。戦うということはどういうことか。
死という概念のない戦いは、結局のところ娯楽に過ぎない。本当の戦いは、いつ自分が死ぬのか分からないものだ。
ナイフ一つとっても、殺され方は数十とある。魔法少女の戦いともなれば、数千を越えるだろう。
その死をすべて経験したとするなら。見てきたとするなら……。
そんなのまともな人間なら壊れてしまう。
あかりはぼんやりと考える。
もし、その中でも誰かを救おうとするものがいるのなら、嫌われる覚悟で行動を起こせるものだと。
自分には到底真似できないことだ。
だって自分は弱い。すぐに泣くし、すぐに病んでしまう。
だからこそ、本当のことを知ったとき、あかりはこう思った。
──私はとても最低な人間だったんだ……と。
きっとこの言葉は届かないだろう。それでも、言わずにはいられない。ごめんなさいと。
これは誰かの地獄の物語。
あかりは中心にいただけで、主役ではない。
これは藻掻き苦しみ、それでも理不尽に立ち向かおうとした。ただ一人の女の子の話。
きっと次に目を覚ました時には、あかりはこの想いを忘れてしまっているだろう。




