第三十九話
埃臭い倉庫から出ると、碧依は深呼吸する。心臓の音を落ち着かせて、空を見上げた。
月は高く昇っている。輝くそれを見て、碧依は肩を降ろした。
緊張しすぎて、いつの間にか肩が凝っていた。軽くストレッチをして、緊張をほぐす。
それにしてもと碧依が今出てきた倉庫の方を見やる。
この世界は一体何なのだろうか。
未来人肯定派? 碧依がそれの中心? そんなことはありえない。
少なくとも碧依は、未来人を肯定しているわけではないから。
「今の碧依がありえなくても、別の時間軸の碧依ならありえるよ」
「そういうものなのかな……ポコン助」
普通に会話をしようとして、首を傾げる。ポコン助がここにいるのと周囲を見回した。
いつものぬいぐるみがそこに置かれていた。碧依は思わず駆け寄って掴み上げる。
「ねぇポコン助! ここは一体どうなってるか説明して!」
ぬいぐるみを揺らすが、返事はない。
「ねぇポコン助ったら!」
縋るようにして手に力がこもる。碧依の指がぬいぐるみに沈み込んだ。それでもポコン助の細い目は動くことはない。
「残念ながら……ポコン助はいない」
背後から聞こえた声に、体を飛び上がらせる。ゆっくり振り向くと、美鳥がそこに立っていた。
彼女と対峙するだけで空気が重くなる。呼吸が浅くなり、鼓動が大きくなる。
思わず一歩下がると、靴裏と地面の擦れる音が鳴った。
「そんなに警戒しなくても……あなたのことバラすつもりないから」
美鳥は指を鳴らすと、頬をなぞっていた風の気配が消えた。待っていた枯れ葉が宙に止まる。
これはと周囲を見回す。
怪異が出現する時の現象にそっくりで困惑する。
やはり美鳥は未来人と繋がっていたのだろうか。そう疑いの目を彼女に向けた。
「はぁーーーーーー」
すると美鳥は長々と息をつく。淀んでいた瞳に光が戻り、解放されたように伸びをする。
いつも考えがわからなかった彼女とは違い、どこか女の子らしさが垣間見えた。
「やっっっと解放された! はぁーしんど! ほんと、この気持ち碧依にわかる?」
「……え? ……え?」
「あ、ごめんごめん。嬉しすぎて急すぎたね。本来の私はこんな感じだよ。ただね、いつもだと感情を動かすのもしんどいだけ」
「美鳥……だよね?」
碧依の言葉に、彼女は大きく頷く。
「そう、美鳥。碧依が最初に死んだ原因の怪異の持ち主でもある」
その言葉に再び一歩下がる。今度は時が止まっている世界だからか、靴裏が鳴ることはなかった。
「どこまで知ってるの……? この空間はなに?」
「そんなに怯えなくても取って食わないって……と言っても無理があるか。
ま、一つ一つ説明すると、時間細工ができるのは未来人の技術。といっても、“現在進行系ではなく、すでに過ぎ去った時間”に限るけどね」
「……?」
「簡単に言うと、未来人が観測している世界だけ時間細工ができるの。これは未来のどっちの勢力も持ってる技術」
急に色々なことを言われて、頭の中がパンクする。一つ一つ整理しようとして、途中であきらめた。
「ま、理解しなくていいよ。ここらへんを詳しく話すとなると、一ヶ月じゃ収まらないから」
「……分かった」
理解もしてない。納得もしてない。しかし、碧依には頷くことしかできない。
警戒するように美鳥を見つめて、口を開く。
「それで、あなたは何者?」
「私はあなたと同じ被害者だよ。でも、他の人と比べるとちょっと知りすぎるだけ」
彼女の苦笑は初めて見た。感情すらないものだと思っていた。
心を殺さなくては生きていけない。それはどれほど辛いことなのか碧依には分からない。
彼女は碧依とはまた違った地獄を味わっているのだ。
「にしても、未来の技術を使うことまでできるなんて……」
宙で止まる枯葉を突っつく。その姿を見てか、美鳥は悲しそうに眉をひそめた。
「私はもう半分怪異なんだと思う」
「……え?」
「このまま放っておいたら、私はまた大勢の魔法少女を殺してしまう」
その言葉に碧依の唇が震える。彼女の肩を掴み揺らした。
「それって止めることは!?」
「できると思う?」
質問で質問に返されて考える。頭をうつむかせる。
できてたらもうすでにやってる。その諦観にも似た美鳥の言葉に、碧依はやるせなさを感じる。
それでもと言いかけて、口を止めた。
「碧依は優しいね」
小さく呟かれた美鳥の言葉に、涙をこらえる。なんで中学生である少女が、自分が怪物になる恐怖と戦わないといけないのか。
理不尽だと言う気持ちで手に力を込めた。
「だからこそ、私は碧依に伝えないといけないと思う」
「……何を伝えるの?」
「この時間軸での昨日までの碧依の考え方だよ」
「……私の?」
何故、未来人側についたのか、美鳥は考えを口にする。




