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第三十七話

「赤穂! 本当にお前はそっちについたのか!?」


 紫音の言葉に、赤穂は笑顔で釘バットを振り回していた。

 目を白黒させる碧依の前で、守るように仁王立ちする。


「うちらが逆らっても仕方ないっしょ。どうせ未来人に使い潰されるなら、協力してうまい待遇をもらったほうがましっすよ」

「バカが! そんなこと許せると思うのか!? オレらは向こうの都合で選ばれたんだぞ!?」

「それがなんすか? 人間の未来に繋がるなら本望ってやつっすよ」


 二人の交わしている会話の内容が分からない。それでも断片的に理解できたことがある。

 

 紫音も赤穂も未来人のことを知っている。そして魔法少女という怪異のことも知っている。その是非について言い争っているようだ。


 赤穂の未来人を肯定するような口ぶり。紫音の未来人を否定するような口ぶり。そしてそれぞれの碧依への接し方。そこから導き出されるのは──


「もしかして、ここは私が未来人に迎合した世界?」


 呟くように放った言葉は、碧依の心の奥底に黒く沈んでいった。


 思考を遮るように鳴り響いてきたのは、パトカーのサイレン。周囲の家から人間たちが顔を覗かせ始めている。


「な、なにこれどうなってんの!?」


 家から聞こえてくるのは、姉の困惑した大声。彼女の安否が気になり、碧依は自分の家を振り返った。


「たくよぉ、少しは周囲に配慮してほしいっすねぇ。紫音さん。さんざん倫理やら人間性やらを説教するなら、まず自分の行動を顧みるところから始めたらどうっすか?」

「うるせぇ! お前らを殺すのに配慮してたら、逃げられるだろうが!」

「ハハハ、それもそっすね! でもうちらは逃げさせてもらうんで!」


 碧依が指笛を吹くと、サイレンよりも大きなエンジン音が響き始める。道路の奥から、無人のバイクが幾台も走ってきた。


「ちっ!」


 紫音はバイクに向けて発砲する。しかし周りを気にしてか、いつもの高火力を出すことができないようだった。

 その隙にも、それらはこちらに近づいてくる。


「黄菜! 人形で止めて!」

「分かったのですぅ!」


 黄菜がバールで地面を叩くと、アスファルトの人形が現れた。バイクに向かって飛びかかり、何台かを破壊する。しかし、一台が人形の合間を擦り抜けてしまう。

 赤穂は碧依を担ぎ上げると、そのままバイクに乗った。


「それじゃあうちらは逃げるんで、警察への対応はそっちに任せるっす」


 笑顔を見せて、エンジンを吹かせる。紫音の制止の声も聞かずに、赤穂は碧依を乗せたまま走り出すのであった。



※※※※※※※※※※



 碧依が連れてこられたのは、寂れた貸し倉庫群だった。

 交通アクセスが悪いのか、しばらく誰も使っていない。手入れの行き届いていない倉庫は外装がボロボロだった。


 赤穂は碧依をバイクから降ろす。


「いやぁ、危なかったすね」


 ケタケタと笑いながら、彼女は碧依の肩を勢いよく叩いてきた。踏ん張り切ることができずに、碧依は数歩よろける。

 赤穂はバイクを二回叩く。するとどういう原理か、目の前から消えた。


 不思議そうに見つめていると、赤穂は困惑したように苦笑した。


「うちの能力忘れたんすか?」

「……の、能力?」

「魔法少女としての能力っすよ」


 そのことを聞いて、何となく予想がついた。あのバイクたちは赤穂が出したものだったのだ。

 

「碧依さん今日はおかしいっすよ? 急に消えたと思ったら家に帰ってるし、何やら状況も分かってないみたいだし」

「あ、うん……ちょっとね」

「うち細かいこと考えるの苦手なんで、碧依さんがしっかりしてくださいっすよ」


 そんなこと言われてもと心の中で思ったが、声に出すことはなかった。

 記憶を失っていることを知られたらどういうことになるか分かったものではない。


 先ほどの紫音との会話が本当なら、自分がループしていることを知られてはいけない。


 赤穂は崩れかけのフェンスゲートを開ける。碧依はその後ろを黙ってついていくことにした。

 電気はついておらず足元が覚束なくなる。引っかかってしまい、思わず転けそうになった。その手を赤穂が引っ張った。


「危ないっすよ」


 笑顔を向けられて、思わずお礼を言ってしまう。

 敵かもしれない相手に気を遣われてしまったことに、碧依は複雑な心境を覚える。

 苦笑いでなんとか誤魔化した。


 赤穂はそのまま進んでいき、重い扉が開かれる。

 倉庫の中は暗闇が広がっていた。埃の匂いが鼻に入り、思わずむせこんでしまう。


「きっちり碧依さんを連れて帰ったぞ!」


 赤穂の声が反響する。それに反応するように、奥の床面がゆっくりと開かれる。漏れる光の奥から顔を覗かせたのは、美鳥だった。

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