第三十五話
ラジオ放送は、商業施設の一角に設けられていた。透明なガラスで包まれたブースには、メインパーソナリティが動きを止めている。
「あった、ここだ」
ガラスに張り付き、中を確認する。ドアは当然鍵がかかっていて開かない。碧依が四苦八苦していると、後方からクロが走ってきた。
「どいて!」
言われ、素早く飛び退く。クロが石を投げると、ガラスは粉々に砕け散った。
割れたそれに気をつけながら、碧依は中に入る。
「……それにしても、よく無事だったねここ」
「まぁ、奥地にあるからね……もう少し手前だったら爆撃が直撃してたかも」
クロの疑問に、機械をいじりながら答える。適当に動かしてみるが、素人の碧依には何が何やら分からなかった。
遠くから聞こえる銃声と笛の音が、余計に焦りを増させる。震える手を何とか抑えながら、あちこちを触ってみる。
「碧依、まだ!?」
「待って!」
クロの声に応えながらも、手を動かし続けた。
起動している気配はない。やはり無理かと歯噛みする。
碧依の焦燥感に追い討ちをかけるように、轟音が鳴った。黄菜の作り出した人形が、建物に突っ込んできた音だ。
軍隊の気配がすぐそこまで近づいている。
「碧依!」
「分かってる!」
こうなったら一か八かと、施設の中のマイクをひったくった。
「戦争は終結しました! 我々の敗北です! まだ戦っている兵士たちは、武器を降ろしてください!!」
無我夢中で叫んだ。どうなるかも分からない。
心臓の鼓動の音だけが聞こえてくる。マイクを持つ碧依の手は震えていた。
遅れて自身の呼吸音が戻ってくる。銃声と笛の音がまったく聞こえてこないことに、今気がついた。
世界の音が止まっている。
「碧依、外見て」
クロに言われ、ブースから出る。商業施設の外に出ると、骸骨兵士たちは武器を地面に落としていた。
立ち尽くすもの。膝をつくもの。泣き崩れるもの。まるでそこには、長年の悔しさを現すような人間たちの群れがあった。
誰も碧依たちのことを見ていない。ひたすら悲壮感が漂い、静寂が包む。
やがて、端々から骸骨兵士たちが消えていった。瓦礫の街から、たくさんの粒子が飛んでいく。
兵士たちがいなくなったのに、空襲警報が鳴らない。そこことでやっと終わったことを実感する。
碧依は腰を抜かしてその場に座り込む。
「やったのですぅ!」
そんな碧依に元気な黄菜が抱きついてきた。受け止めきれずにそのまま後方に倒れる。
「……やったな」
傍らに立つクロが、碧依を見下ろしながら笑っていた。
あとは普通の時間に戻ってくれればいい。壊れた街も、いつもの流れなら何事もなく修復されるだろう。
思いを馳せていると、目に涙が浮かんできた。天高い太陽を見上げながら、ゆっくりと呼吸をする。
今回は生き残った。これがどれほど嬉しいことか。心の底から湧いてくる幸福感に震えた。
まだまだ終わりじゃない。怪異はまだ続いていく。得られたのは一時の休息だ。それでも、碧依にとっては大きなことだった。
このループにはあかりがいない。だけど、クロと黄菜がいる。それならば、碧依は自分の気持ちに従って、生き延びれるだけ生き延びよう。
「例えまだまだ戦いが続いたとしても」
「うん、まだ終わってないよ」
ふと、ポコン助の声が耳に入った。黄菜と一緒にぬいぐるみの姿を確認する。
「終わってないってどういうこと?」
「文字通りさ。見てごらんよ」
黄菜にどいてもらい立ち上がる。世界はまだ停止したままだった。
「なんで? 紫音の怪異は倒したよね?」
「うん、そうだね」
「怪異を倒したら時間は動き始めるよね」
「……うん、そうだね」
「だったらなんで……」
碧依の困惑に、ポコン助は告げる。
「誰が襲ってきている怪異が紫音だけと決めたの?」
「……え?」
その答えはすぐにやってくる。
横にいたクロと黄菜の体が斬れる。血を流してそのまま倒れてしまった。何が起きたのか、碧依には分からない。
直後に背後から耳に届いたのは、カランという下駄の足音。見てはダメだという心の警告を無視して、ゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、狐面を付けた橙夏のような人物だった。彼女は持っている刀をゆっくりと鞘に納めていく。
背後で揺らめくオレンジの炎は、九本の狐の尻尾のように見えた。
「悲しいなぁ」
彼女のその言葉とともに、刀が鞘に収まった音が響く。
突如、自分の首から血が流れた。痛いと思うことさえできなかった。
息もできず、碧依はその場に倒れ込む。
か細くなる視界の先で、ポコン助がこちらを見つめている。
「おやすみ碧依。また、次の時間軸で」
それを最後に、彼女の視界はブラックアウトする。




