第三十話
地獄絵図というのはこのことだろうか。投下される爆弾は家々を燃やす。そこかしこから叫び声が聞こえるような錯覚になる。
続いて表れたのはボロボロの軍服を着た骸骨たち。彼らの手は、古臭いライフルが握られていた。
「空襲されてるのに襲ってきてるのは旧日本軍……めちゃくちゃだ」
碧依の隣から外を覗き見るクロが、小さくつぶやいた。彼女の横顔は唖然としており、瞳はかすかに揺れている。
彼女の肌は燃える炎の光を赤く反射していた。
「怪異だからね」
ポコン助の淡々とした言い方に、碧依は少しだけムッとする。
しかし、彼に当たったところでどうにもならないだろう。
それにしてもと、今までの怪異の様子とは違って見えて頭をひねる。どう考えても、規模が大きいのだ。
「フェーズ2だね」
碧依の疑問を感じ取ったのか、ポコン助がまた簡潔に答えた。
「碧依は、怪異が深化するところを見たのは初めて?」
クロに尋ねられて、前に橙夏が怪異は深化するということを言っていたことを思い出す。
「私は第二段階までしか見たことないけどね」
「私も第二段階ですぅ」
確か橙夏は第三段階まで確認しているという話をしていた。
目の前の地獄が第二段階なら、第三段階はどうなってしまうのか。想像したくもない。
「ちなみにフェーズは4まであるよ」
ポコン助の言葉で、さらに絶望感が増した。
「ポコン助〜! この怪異の弱点を教えるのですぅ!」
そう言って飛び出した黄菜が、クロからぬいぐるみをひったくった。彼の首を揺らすと、うめき声が聞こえてくる。
細い目は目を回しているかのような印象を受けた。
「ざ、残念だけど……僕は怪異の詳細までは知らない。ぼ、僕たちなら分かるけど、それは未来に通信しないといけないことだから」
「だったら今すぐ通信するですぅ!」
「む、無理だよ。これ以上過干渉するとあいつらに勘付かれる。そ、そうなったら君たちの方が困る」
黄菜はポコン助を揺らすのを止め、じーっと顔を見つめた。そして、諦めたようにポコン助をベッドに投げつけた。
「このポコン助は使えないポコン助ですぅ!」
黄菜の言いたいことも分かるので、碧依は特に口を挟むことはしない。
「とにかく、勝利条件が分かる前にあいつらに見つかることは避けたいね」
クロの提案に、碧依は頷いた。しかし、紫音ならここで真っ先に骸骨たちを殲滅しに行ってるだろうなと少し考える。
そういった点では、彼女は慎重派なのだろうか。
窓から離れて、三人は息を潜める。外から響くのは軍靴の重なる音だ。
こんな戦場ど真ん中に放り込まれたような緊張感は、現代日本ではまず味わえないだろう。
「だけど、いつまでもここに留まるわけにはいかないよね……」
碧依の小さな言葉に、クロは顔を歪める。
「分かってる。だけど、考える時間が少しほしい」
「その考える時間もあまりないと思う」
「……なんで?」
クロの答えを示すように、また空襲警報が鳴った。
そう、これは怪異なのだ。現実と違って、空爆は終わることがない。
「また、飛行機が来たのですぅ」
黄菜が窓の外を見つめながら言った。
爆撃音が響き渡る。その音は先ほどよりも近く感じられた。
振動が手に伝わり、体を揺する。
熱気が強くなる。何かが焼ける臭いがきつくなる。ここも爆撃されるのは時間の問題だ。
「……ちっ」
クロも限界を悟ったのか、苦々しい顔をする。黄菜の方を向き、口を開いた。
「黄菜、壁だ!」
「わかったのですぅ」
くるりと回り、黄菜は魔法少女の姿に変わる。手にしたバールで床を叩いた。
板がめくれ、人形のようなものが数体作られていく。
外から漏れる炎の爆炎に人形は突っ込んでいく。しかし、すぐに焼け焦げて消えてしまった。
「あんまり長くは保たないですぅ!」
「……この家を捨てるしかないか」
「そうだね」
やはりこの中で留まっておくことはできない。
第二段階がここまで強力だとは思わなかった。まだ直接攻撃が来てないのにこれは完全に想定外だ。
「少なくとも三人で立ち向かう相手ではないよ」
「うるさい」
「あいて」
ポコン助の言葉に我慢ができなくなり、碧依は思わず彼の頭を小突いてしまう。
あんまり痛くなさそうな表情で、ぬいぐるみは頭を擦っていた。
「とにかく、速やかに家から出よ──」
クロのその言葉は最後まで聞くことができなかった。
視界は真っ白に染め上げられ、何が起こったのか分からない。ただただ身体が熱い。
遅れて感じたのは、喉が焼けるほどの熱気だった。空爆が家に直撃したことを理解したのは、数分ほど経ってからだった。




