第二十九話
折れた刀が、地面に刺さる。橙夏は土の感触を頬に受けながら、歯の奥を鳴らした。
「しくった……」
血を流しすぎて青白くなった唇が震える。手に力を込めることはできない。
霞む視界でなんとか見あげた。
紫色の炎を纏った骸骨がそこに立っている。それは旧日本陸軍の格好をしていた。目のない黒いへこみはこちらを見下げている。
「見下してんじゃねぇよ……バーカ」
その言葉は、橙夏自身に向けたものだ。
彼女が生き残るために置き去りにした魔法少女は、こんな気持ちだったのだろうか。
誰にも見られずに死ぬのは、とてつもなく寂しいものである。
橙夏の体中に空いた穴からは、いまだに血が流れ続けていた。このまま放っておけば、自分は息絶えるだろう。
骸骨はただ見つめる。橙夏にとどめを刺すことなく。
それがとてつもなく悔しくて、悲しくて、涙だけが出てきた。
「あたしの……刀」
手を伸ばそうとするが、やはり手が動かない。突き刺さっているそれを見つめるばかりだ。
すると骸骨はカタカタと体を鳴らしながら、橙夏の刀を抜いた。ゆっくりと振り上げる。
顔を上げる。刀身が鈍く光ったような気がした。
「やっと……あたしを解放してくれるの?」
彼女のその疑問に答えるように、刀は振り下ろされた。
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ポコン助が告げたことに最初に反応したのは、クロだ。
「あの橙夏が死ぬってどんな怪異? 申し訳ないけど、信じられないから」
気丈に言い返しはしているが、彼女の瞳は揺れている。碧依はただ何も言えなくて、ポコン助のことを見つめていた。
ぬいぐるみは相変わらず読めない細い目をしている。それは軽く首を振ると、ため息をついた。
「残念だけど、本当だよ」
「……証拠は?」
「証拠はなくてもいずれ分かるものだよ」
「わからないよ!」
クロが叫び、ポコン助に掴みかかった。
碧依は動揺する心臓を抑えるように呼吸する。荒れるクロから目を離して、黄菜に顔を向けた。
彼女は無表情だ。言葉を発さない。嘘を見抜ける黄菜が黙るということは、そういうことだろう。
クロの肩が震えている。彼女に掴まれたポコン助は何も言わない。
「橙夏さんは、強かった」
代わりに碧依が口を開く。
「それでも殺されるの?」
「いくら強くても一人では限界があるよ。何のためにあいつらが同じ場所に複数の魔法少女を生み出してると思ってるんだい?」
「……簡単にやられないため?」
碧依の問いへのポコン助の答えは、無言だった。
魔法少女は個では怪異には勝てない。強い怪異となるなら尚更なのだろうか。
「個で可能性があるのは、あかりと碧依だけだよ」
なんで私と言いかけて、死をなかったことに出来るからと気が付いた。
やはり自分は異様な人間なのだと自覚する。
「……橙夏を殺した怪異はなんだよ?」
震えが止まったクロがゆっくりとポコン助に尋ねる。彼女の手の中に収まるぬいぐるみは、あいも変わらず表情は分からない。
「悲しい亡者……魔法少女の元の名前は花宮紫音って言ったね」
その名前を聞いて、碧依は目を見開いた。クロも歯の奥を再び鳴らす。
「また、嘘をつくのか!?」
「嘘をついたところで、そこの黄菜って娘にバレるだけだと思うけど」
ポコン助の言葉に従って、クロが黄菜の顔を見る。見られた彼女はゆっくりと首を横に振っていた。
「お前……お前たちは……!」
クロの拳が固く握られて震えていた。目には涙が溢れそうになっている。
彼女は一生懸命強気に振る舞っていた。しかし、やはり中学一年生だ。もろく崩れてしまう。
下唇を噛む姿は、痛々しかった。見ていられなかった。
手を伸ばしかけて、碧依は何も言えない。
中空に彷徨う手は、何かを掴むことはなかった。
小さく息を吐いて、自分の小ささを思い知る。
「……君たち感傷に浸っているところ悪いけど」
そんな空気を壊すようにポコン助が告げる。
「来るよ」
何がという間もなかった。空気が固まり、時が止まる。
「嘘……?」
怪異は出会わなければ、相対することはなかったのではないのか。
窓の縁に手をかけて、外を見る。
灰色の空の奥から、何か小さな影が飛んでくる。それも1個や2個どころではない。何十という列をなして。
それが、爆撃機だとわかったのは、数秒してからだった。
大きなサイレンが鳴り始める。思わず顔をしかめて耳を塞ぎたくなる音だ。まるで空襲警報のような音は、碧依の頭を揺さぶった。
振動が伝わってくる。腹の底から震えるそれは、遠くの空から絶望を投下する。
絨毯爆撃。映画では見たことある光景を肉眼で見ることになるとは思わなかった。そこかしこで起こり始める爆発に、碧依は後退りして尻餅をついた。




