第二十六話
「友達の家に泊まることになったから」
『また急だね……。私が言うのもなんだけど、そんなに大雑把じゃダメだからね?』
「ごめんごめんお姉ちゃん。本当に急に決まったことだから」
『……その友達の親御さんに礼を言っておいてね?』
姉に許可を貰うために碧依は携帯から電話をかけている。布団の横に置かれたポコン助を見て、頭を撫でた。
碧依と黄菜はそれぞれ部屋を貰うことになった。ここから数日から数週間、クロの家に籠城することになる。
何かあるかもしれない。何もないかもしれない。どちらにせよ、進展はあるだろうと碧依は思う。
少なくとも、魔法少女をどう見ているのかは測れるかもしれない。
携帯電話を切って、碧依は一息をついた。
「許可は取れたか?」
入り口にいつの間にか佇んでいたクロに笑顔を向ける。
「うん、なんとか」
「……保護者がいると大変だな」
その彼女の言葉には、どこか悲しみが混じっているように聞こえた。
クロのことは気になったが、喉の奥にしまい込むことにする。碧依が踏み込む領域ではないと感じたからだ。
「やっほほー!」
少しシンミリしているところだった。別部屋に布団を敷いていたはずの黄菜がやってきた。背後には布団を抱えている。
「せっかくなら一緒に寝ようと思ったのですぅ」
「……私はパス」
「あ、クロちゃん嘘ついたのですぅ。本当は一緒に寝たいでしょ?」
黄菜の指摘に、クロは顔を真っ赤にさせる。碧依は彼女に追撃を入れるように見つめた。
耳まで赤くさせた彼女は、鼻を鳴らして部屋に戻っていく。
やりすぎたかなと黄菜と顔を見合わせる。少ししてから、顔を真っ赤なままのクロが布団を抱えて部屋に入ってきた。碧依の右横に敷き始める。
二人で呆気にとられて見ていると、なんだよとクロは唇を尖らせていた。
「わ、私だって中学一年生だ。さびしくないなんてことはない」
「ふふ、それはクロちゃんの本音ですぅ」
「う、うっさい!」
黄菜はクロをからかいながら、碧依の左横に布団を敷いた。
二人に挟まれる形になりながら、碧依は布団の中に入る。決して救われてはいないのだが、魔法少女になって初めて安心感を抱いたような気がする。
布団を口元までかけると、すぐに微睡みがやってきた。天井を見つめながら目を閉じると、浮遊感に包まれながら夢の中に落ちていく。
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戻れるならいつに戻りたいか。その質問をされれば、碧依は迷いなく魔法少女になる前と答えるだろう。
彼女の日常がおかしくなったのは、その頃だからだ。
それまでは笑い、泣き、怒る。そんなちょっと活発な女の子だった。背丈の小ささがコンプレックスで、そのことを言われると拗ねてしまう。あかりのことを大切な親友だと思っていて、その関係はずっと続くものだと思っていた。
ふと、目を開ける。
朧気な視界の奥に見えるのは、碧依の家と違った天井だ。少ししてクロの家に寝てるんだっけと思い出す。
感じたのは夏の夜の普通の暑苦しさだ。クロから借りたパジャマは、碧依の肌に貼り付いて気持ち悪い。
べたつきを追い払うように、襟を持って中に空気を送り込んだ。それでも取れない汗に、ため息をつく。
「……どうした?」
隣で起きたクロがこちらを見つめてくる。
「タオルない?」
「洗面所にある」
「ありがと、あとついでにお茶もらっていい? 喉が渇いちゃって」
「良いぞ」
クロに許可をもらって部屋を出ていく。廊下を歩き、洗面所に向かった。
積まれたタオルから一枚取って、かいた汗を拭う。一通り拭き終わったら、洗濯機にそのままタオルを放り込んだ。
洗面所から出た足で、台所に向かう。体を家具でぶつけないように気をつけて、冷蔵庫を開いた。
中からお茶を取り出して、洗い場にあったコップを取る。いっぱい飲むと、体の芯から冷える感覚にため息を漏らす。
もう一杯飲もうかなと考えていた時だ。何やら視線を感じた。
クロがあとを追ってきたのかなと、振り返る。
「お茶……のむ?」
言葉が止まる。そこにいたのは黒ではなかったからだ。
机の上にポコン助が立っていた。その細い目はこちらをじっと見つめている。
碧依はこんなところに置いたっけ? と首をひねって考える。
いや、自分は枕元に置いて寝たはずだ。
「ちょっと、黄菜……いたずらはやめてよ」
見回すように彼女の姿を探すが、ここにはいない。本当にぬいぐるみが動き出したのだろうか。
いやいやと首を大きく振る。そんなことはあり得ないと呟く。しかし、すぐに自分もあり得ない側の人間だと思い当たる。
まさかと一歩後退りをすると、ポコン助は一歩こちらに動いた。
「やぁ、君が“僕たちの魔法少女”だね」
ぬいぐるみが喋った事実に、碧依の頭は真っ白になる。




