第二十五話
夏は暑い。それは変わらない。遠くから聞こえる蝉の声に、碧依は表情を曲げる。
高く昇る日差しは、恨めしいほど輝いている。
夏休みの商店街は、昼間でもそれなりに人で賑わっている。
一回目ここで黃奈の怪異と戦ったのが、もうかなり昔のように思える。
「何買って行こうかなぁ」
黃奈が嬉しそうに思案に入りながら歩いている。横の笑顔を見ると、とても同じ地獄を見てきた魔法少女には思えない。
「碧ちゃんは何か食べたいものありますぅ?」
「……何でも良いかな?」
「何でも良いが一番困るけど、本音で言われると更に困りますぅ」
「体力が回復するものなら、何でもいいと思うよ」
その言葉に、黃奈は唇を尖らせながらむむむと唸っていた。
「皆で地域を盛り上げるポン! 協力お願いするポン!」
聞こえてきた声は、商店街でも響き渡るほどの独特な声だった。着ぐるみの狐が、スタッフとともに手を振っていた。
「あ、ポコン助ですぅ!」
黄菜が走り出し、着ぐるみの狐の前で目を輝かせ始めた。
「お姉ちゃん、僕のことを知ってるポン?」
「うん、狐のくせにポンっていう変な奴ですぅ」
「な、中々辛辣ポン……」
そう言えばこの町のマスコットはキツネだったっけと、碧依は思い出す。
「黄菜好きなの?」
「うん、この微妙に滑ってる感じが」
「……本当に辛辣ポン」
黄菜の言葉に、ポコン助はドンドンと落ち込んでいく。横にいるスタッフさんが、一生懸命励ましていた。
「でも、僕を応援してくれてるのは変わりないポン。それじゃあ、お姉ちゃんにはこれをあげよう」
黄菜に手渡されるのは、狐のぬいぐるみだ。病院でも置かれていたあれである。
彼女は嬉しそうにしながら、碧依に見せびらかしてくる。
「ポコン助ですぅ」
「僕の語尾はポンだポン!」
「滑ってるからそれはなしですぅ」
黄菜の一言でポコン助は完全に沈んだ。碧依は南無と手を合わせることしかできなかった。
再び歩き始めた黄菜は、腕に抱いた狐のぬいぐるみを碧依に手渡してくる。
その様子に驚いた顔を彼女に向けた。
「私に……?」
聞くと、彼女は笑顔で頷いた。
「碧ちゃんすっごい心が疲れてるでしょ? だから、ポコン助で癒やされるですぅ」
「……ありがとう」
ぬいぐるみを受け取り、強く抱きしめる。なぜだかわからないけど、涙が出てきてしまった。
滲む視界の先に、細めで笑う狐のぬいぐるみの姿があった。
「あらら、女の子を泣かしちゃいましたぁ。我ながら罪づくりな女なのですぅ」
「……ふふ、それ自分で言うことじゃない」
「あはは。気分は自分で持ち上げてこそなのですぅ」
正直言って黄菜との出会いは良かったものではない。彼女の怪異が初遭遇だったためか、印象はだいぶ怖いよりであった。
魔法少女として一緒に活動を始めても、彼女に気を許せたことはない。
しかし、黄菜自身は悪い子ではないのだ。そうならざるを得なかっただけで。
紫音も美鳥もクロも……橙夏も、元は普通の女の子だったのだろう。
狐のぬいぐるみをきつく抱きしめる。悪いのはやはり、高みの見物を決め込んでいる人間たちだ。なぜ、彼らの都合で自分たちが酷い目に遭わなければならないのだろうか。
「私は……」
狐のぬいぐるみを見つめながら、小さくつぶやいた。
「私は、この理不尽を仕掛けた奴らが許せない」
横にいる黄菜は、静かに笑う。
「それ、今までの中で碧ちゃんの一番の本音ですぅ」
「……ぷ。あはは、簡単に心見透かされちゃって困るなぁ」
「もちろん、ただの友達には私の能力は言えないのですぅ。碧ちゃんだからこそ、同じ苦しみがわかってるからこそなのですぅ」
彼女の言葉に、小さくそうだねと答えた。
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「ただいま」
買い物を終えて、何事もなく帰ってこれたことにまず安堵する。
「おかえり」
上から階段を降りてきたクロと目が合った。
黄菜が靴を脱ぎ散らかすと、袋を持ったままドタドタと入っていく。
「食料品は冷蔵庫に入れて良いですぅ?」
「あぁ、好きなように使ってくれ」
そのやりとりを聞きながら、碧依は靴をそろえる。そのまま上がり、黄菜に続くように台所に向かった。
「何かあったのか?」
「何が?」
「お前、とてもいい顔つきになったからさ」
その言葉に、碧依は苦笑を浮かべる。
「何かあったと言うより、吹っ切れたといったほうがいいのかな?」
「……ま、割り切りも大事だよな」
その言葉が、心の奥に染み渡る。
そう、向き合うには割り切りも大事だ。この世界ではあかりはすでにいないものとして過ごさなければならない。そのうえで藻掻き、抗い、好条件が整った世界で皆を救うのだ。碧依にはそれができる力を持っている。




