第二十一話
病室を調べていくが、それらしいものは見当たらない。
時間ばかりが過ぎていき、碧依の焦りが累積されていく。
「そんなに焦っても意味ないわよ」
橙夏が医者の格好をした怪異に刀を突き刺しながら言った。彼女が抜くと、粒子となって消える。
すぐ後ろからはさらに数人の医者がメスを握って橙夏に遅いかかろうとする。
「鬱陶しい」
振り向きざまに薙払った刃は、医者の胴体を真っ二つに割いた。
『患者様が来院です』
再び放送が鳴り響く。同時に病室が一斉に開き、青い患者服を纏った人間たちが現れた。
肌は真っ白で手を伸ばすさまはまるでゾンビのようだ。
「……ちっ、病室を調べさせないつもり?」
碧依は橙夏のその言葉に違和感を覚える。
そもそも、病室を調べて欲しくないのなら病室から遠ざけるべきだ。どころか病室を開け放つ行動は矛盾していないだろうか。
「橙夏さん。今、開始からどれだけたちました?」
「は!? そんなの正確に覚えてないわよ! ていうか手を動かしなさい!」
「そうですよね……」
時間が止まっている世界では時間感覚など測るのが無駄だと割り切る。
「じゃあ質問を変える。怪異の中で深化したものはいる?」
橙夏は患者たちを斬りながら振り返る。顔にはイラつきが見える。
「そんなのいっぱいいるわよ。三段階も深化したやつだっているわ」
「……なるほど」
「なるほど、じゃないわよ。何考えてるのよ?」
適当に細剣を振り回しながら、碧依は頭のなかによぎったことを口にした。
「病院で一番大切で恐れられてるところってどこ?」
「……なにそれなぞなぞ?」
「患者にとっては地獄の入り口で、でも避けては通れないところ」
碧依は案内板の方に目を向ける。
「そして時間経過とともに、進行する場所」
「ああもう回りくどいわね。何が言いたいの?」
「この怪異は手術を行ってる。つまり本体は手術質。勝利条件は、その手術を失敗させることじゃないかな?」
その碧依のセリフを裏付けるように、放送が乱立した。
『カルテを拝見します』
『ナースコールです』
『患者様が来院です』
『総回診を始めます』
一斉の放送を無視するように碧依は言い放つ。
「この怪異の最初の放送は手術を始めますだった」
橙夏は襲ってくる怪異たちを斬りながら、嘆息をついた。
「なるほど、敵の挙動を見る限り碧依の推理は合ってるみたいね」
さっきまでの様子とは違って、やけに静かな物言いだ。光明が見えて、落ち着いたのだろうか。
「はい。だから手術室にいきま──」
気がついたときには自分は斬られていた。脚から血を流しその場に膝をつく。何をと橙夏をみると、彼女は刀を鞘に納めていた。
碧依をみる目は酷く冷たい。
「悪いわね。このままじゃ本体には辿り着けそうにないわ」
「なんで……?」
「何でもなにも、あんたに犠牲になってもらって隙をつくってもらうのよ」
その言葉の意味を飲み込めず、瞳が揺れる。視界が藻掻くように歪む。
「一緒に行けば……辿り着けるんじゃ?」
「無理ね。あんた足手まといだもの」
彼女の体が怪異の奥に消えていく。
「せめて、あんたのおかげで解けたと二人には伝えておくわ」
その声はひどく冷たく、いつまでも碧依の耳に残った。
倒れた碧依が顔を上げると、そこにはもう橙夏の姿はない。
自分が最後に見る光景は、医者や看護師や患者の服を着た人間の姿をした何かが手を伸ばしたところだった。
握られ、潰され、絞められ、千切られる。痛いという感覚は、心の奥底に沈んでいった。
※※※※※※※※※※
碧依は飛び起きる。身体にかかっていた布団がずり落ちた。
自室に寝ていることに気が付き、安堵をつく。
汗ばんだ手を握りしめ、早鐘を打つ心臓を落ち着ける。
時計の針の音が耳につき、碧依は顔を歪めた。
「戻った……」
今がどの時間帯かを確認していないが、碧依はまたループをした確信はあった。やはり自分は死ぬたびにどこかの地点に巻き戻されるらしい。
部屋を見回す。九月に片付けたはずの扇風機が回っていた。遅れてやってくるのは、夏特有の蒸し暑さ。
ループ前のことを思い出す。橙夏に裏切られた。そのことは心に影を落とす。しかし、そのことよりも先に確認したいことがあった。
携帯を探し出し、あかりの電話番号にかける。耳に届いてきたのは──
『おかけになった番号は、現在使われておりません』
無情なアナウンス。そのことに頭の思考が停止し、口からか細い声が漏れ出した。
信じたくなくて、何回もあかりの番号にかける。しかし結果は同じであった。




