第二十話
──ピーンポーンパーンポーン
唐突に鳴り響くは、業務連絡を知らせる電信音。同時に一般人の動きが止まる。
壁は赤く塗り固められ、廊下が血に塗れる。空気の重さが怪異の出現を告げる。
慣れてしまったこの感覚に、碧依自身が戸惑う。
『手術を始めます』
その言葉とともに、横に座っていた橙夏が吹き飛ばされた。窓ガラスを割り、彼女の姿がきえる。
「あーもー、めんどくさ」
しかし、すぐに橙夏は姿を現した。
手に持っているのは日本刀。オレンジ色の着崩した着物を纏っている。右側の袖は落ち、肩が見えていた。彼女の豊満な胸を覆うのは、白いさらしである。
まるで和風の魔法少女である。
「大丈夫ですかぁ、橙ちゃん?」
緊張感のない声で言った黄菜はすでに衣装を着替えていた。
黄色いウェディングドレスをミニスカートにしたような衣装。彼女が動くたびにひらひらと舞う。その手にはバールのようなものが握られており、血が付着しているように見えた。
「あんたに心配されたくないわ」
「わー、すっごい本心ですねぇ」
二人がワイワイ言っている間に、紫音が何かを拾い上げる。彼女の姿もすでに衣装は変わっていた。
遅れて碧依も魔法少女へとチェンジする。
「これ、橙夏を攻撃したものの正体だな」
「……メスね。一応全部はじき飛ばしたけど、あの勢いで飛ばされてきたら、貫通どころじゃ済まないわね」
「わぁ、それは怖いですねぇ」
三人の会話温度が淡々としている。一度死を味わったことのある碧依のほうが怯えているのは、あまりにも異様な光景だった。
『ナースコールです』
また放送がなった。瞬間、一面に現れるのは顔が包帯にぐるぐる巻きにされた看護師たち。動きも歪で悪夢に出てきそうな光景をしている。
列をなして歩いてくる姿は、ホラーどころの話ではない。
「……なるほど、そういう怪異か」
紫音が理解した瞬間、制帽を被り直した。拳銃を前方に突きつけて、弾を発射する。
「ほぅわぁ!?」
その様子を見た黄菜が慌てて転がって退避した。
紫音の放った弾は、廊下の看護師たちを消し去る。残された数枚の包帯が、空を舞っていた。
「紫音さん!? 私を殺す気ですかぁ!?」
「それくらいで巻き込まれるくらいなら死んだほうがいい」
「あ、嘘ですねぇ。私が避けるのわかってましたねぇ? ツンデレですねぇ」
「うっせ……」
二人のやりとりを見た橙夏が、肩をすくめた。
「この怪異、どうやら放送通りの攻撃をしてくるみたいね」
「おそらく、この魔法少女は覚醒する前は体が不自由だったんじゃないか?」
「となると、病気にかかわる何かか、病室にかかわる何かが勝利条件になったりしますかぁ?」
推論を素早く立てていく三人に、ついについていけなくなる。頭が混乱して抱え込みそうになった。
「……碧依、わからなくてもいいけど放送にだけは気をつけておけよ?」
「わ、分かった」
紫音の忠告を受けて、彼女は素直に肯定することしかできない。
※※※※※※※※※※
『カルテを拝見します』
放送が聞こえて、立ち止まる。周囲を見回して、次はどんな攻撃がくるかを予想する。
「……ちっ」
一緒にいる橙夏が舌打ちをした。
現在、怪異の勝利条件を探して二手に分かれることになった。碧依と橙夏は別棟の病室をみていくことになる。
「ど、どうしたの?」
「碧依、右を向いてみなさい」
「……?」
言われ、右を向こうとした。すると何故か左を向いてしまう。
驚いて右足を前に出そうとすると、左足を後ろに下げた。
「これ、相手の動きにも干渉してくるのね。喋れてるってことはある程度の制限はあるみたいだけど」
「ど、どうするの? この状態で次の攻撃が来たら!」
「落ち着きなさい。放送を聞いてる限り、一回の放送につき一つの攻撃しか来てないわ。つまり、放送があるたびにきり替わってるってことね」
息を長く吐いて、橙夏は腰を落とした。刀の鞘に手を伸ばす。
「問題は、次の攻撃の瞬間ね」
彼女が言い放った瞬間、放送が鳴る。
『手術を始めます』
「この放送は!」
逃げようとして、前に出てしまう。それを予想していたかのように、橙夏は刀を振った。火花がそこらから散る。
廊下に重なるのは、何かが落ちる金属音。そのすべてがメスであることに気がついて、碧依はゾッとした。
「ご、ごめんなさい!」
振り向いて、頭を下げる。体の動きが元に戻っていることに、一応の安堵をした。
「ま、これくらいは予想してたわ。次から気をつけてくれたらいいのよ」
ため息混じりに刀を鞘に収める碧依に、もう一度深く頭を下げるのだった。




