第十九話
医者がカルテを見ながら、眉毛を寄せている。ペンを額に擦り付けて悩ましげな顔をしていた。
「あ、あの妹はどうですか?」
「……驚くほど安定してるね。普通の子くらい……いや、普通の子以上に」
「ですが、目の前であんなことがあったんですよ?」
「わかってます。それはわかってるんですが……」
簡単な診察と問診。そして応答反応を診てもらった。その結果すべて問題なしということだ。
普通の中学生ならPTSDを引き起こしても仕方ないところを、碧依は脈拍まで合わせて正常だという。
少し年齢の割には背丈げ小さいこと以外は問題なしと言われた。そこは余計なお世話だと内心ムッとした。
「とにかく、精神安定剤二種と眠り薬を処方しておきます」
「わ、わかりました」
姉が頭を下げる。続くように碧依も頭を下げた。
診察室から出ていき、大学病院の長い廊下を歩く。受付付近にある椅子に碧依は座らされた。
「ここで待てる? 一緒に行く?」
「大丈夫、小学生じゃないんだから」
「本当? 勝手にどっかいかない?」
「もう、お姉ちゃん心配しすぎ」
何回か確認するように話してくる姉に、碧依は軽く受け流した。
少しして納得したのか、姉は薬を取ってくると席を立つ。
一人にされた碧依は、足をブラブラさせながらなんとなく周りを見つめる。病院の受付横に、可愛いぬいぐるみが置かれていた。
狐をデフォルメしたようなそのキャラは、この町のマスコットキャラらしい。色んなところで見かける。
「妹想いの姉だな」
後ろから紫音の声が聞こえた。背もたれ越しに体重を預けるようにして、彼女は立っていた。
「ここで何してるの?」
「オレだって精神科に診断してもらってるんだ。これでも、グロい現場を目の当たりにした人間なんでね」
いつも飄々として、弱音を見せないから忘れていた。紫音も碧依と同じ女の子なのだ。彼女にだって彼女の日常がある。
「ま、あの二人はちょうどよかったからオレが呼び出しておいたけど」
紫音が指を差した先には、橙夏が壁にもたれかかって腕を組んでいた。視線が合うと鼻を鳴らされる。
二人って言われてもう一人の姿が見えないので頭を振って辺りを見回す。
「おはようなのですぅ」
目の前に、にゅっと現れた狐のマスコットに、思わず悲鳴をあげた。受付の看護師に睨まれて、咳払いをする。
「うん、良い反応ですよぉ」
「……黄菜、やめてほんと」
「はーい、本気でやめてって言われたのでやめますぅ」
受付へ歩いていって、彼女はマスコットを返していた。その際に看護師に怒られているのを目撃する。
「それで」
まだ説教され続けてる黄菜を横目に、橙夏が碧依の横に座る。スカートを短くした状態で脚を組むため、非常に危うくなる。
「怪異が人為的って話本当なの?」
「少なくとも私はそう思ってる」
「オレも思ってるな」
紫音と碧依の返答に、橙夏は考えるように顎に指を当てた。
「長い間戦ってたけど、そんな介入一度もなかったわね」
信じられないとでもいうような息遣いである。
「信じられないとしても、実際にあったんだから仕方ねぇだろ?」
「いや、そこは疑ってないわよ。ただ、現実味がないだけ」
あかりのことはちょっとしたニュースになっている。現場にいない人間でも、怪異のことを知っているなら何かが起こったと判断がつく。
「それで心当たりは?」
橙夏の質問に二人同時に首を振った。
「介入してくる条件的なものは?」
その質問にも同時に首を横に振った。
クソデカいため息のあと、橙夏は頭を抱える。
「それじゃあ何も変わらないのと同じじゃない」
呆れたような言い方に、碧依はムッとなる。
「少なくとも、止められるかもしれないって分かっただけでも儲けものでしょ?」
「止められるって分かったところで、こっちから接触できない限り無駄でしょ?」
「それはあかりがいれば……」
言いかけて、碧依は口を抑えた。紫音と橙夏の視線が刺さる。
「あかりはいないの。わかってる? あんたはループできるかもしれないけど、あたしたちは違うのよ」
「ま、そのことに関しちゃ、オレも橙夏と同意見だな」
「……うん、ごめん。私もそう思う。それに、私自身ループできるかわからないし」
重くなった空気に表れたのは、説教ささが終わった黄菜だった。満面の笑みをこちらに向けてる。
「だったらさ、怪異を倒して倒してたおしまくればいいと思うのですぅ」
「は? そんな簡単にいくと思ってるの?」
「だって、声の主は聞いてる限り、怪異を素早く処理されるのが嫌だと思うのですぅ」
「……だから、怪異を倒しまくるか」
紫音の言葉に皆が静かになった。
「それができれば苦労はしてないっての」
橙夏の言葉に反論するものはいない。




