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第十八話

 時計の音が鳴り響く。

 ベッドに寝転がったまま、碧依は天井を見つめていた。

 窓の外はいつの間にか暗くなっている。


 ゆっくりとベッドの縁に腰掛けて、小さく息を吐く。いまだに手は震え、唇は乾いていた。

 

 携帯が鳴り、肩を飛び上がらせる。ゆっくり近づいて、番号を確認した。


『よう、話せるか?』


 電話の相手は紫音からだった。彼女の言葉にゆっくりと返事する。


『……良かった。死のうなんて考えるなよ?』

「ちょっと考えてた」


 死ねばもしかしたらまたループできるのではないか。そう頭に考えがよぎったとき、碧依は死ぬことも視野に入れた。しかし、すぐに否定した。


 ループの条件は確定していない。そもそも本当にループするかも分からなかった。

 何より、自分で死ぬのがとても怖かったのだ。


『取り敢えず、今日のことは他の二人にも共有しておいた』

「……うん」

『明日病院だろ? オレも一応勧められた』

「……うん」


 一定の返事しか帰ってこない碧依に対して、紫音は大きくため息をついた。

 その息遣いが、今の紫音にはとても刺さるものとなっている。


『確かにあかりのことは残念だ。オレも同情するよ。でもな、あかりのおかげで気づかされたこともある』

「……何?」

『怪異は理不尽なことではないってこと』


 電話越しに彼女は続ける。


 地震や火山噴火、トルネードなど人間の手にはどうしようもないことはある。怪異も何か特殊な条件で起こる説明不要なことだと思っていたらしい。

 しかし、あの時確かに誰かの意思が介入をしてきたのだ。つまり、人為的に起こされていることだと、紫音は推測したらしい。


「人為……的」


 彼女の言葉を頭の中で反芻する。

 つまるところ、少なくともあかりの仇はいるということ。そして何より、自分はもしかしたらそれを解明できる立場にあるかもしれないということ。


 まだ一回で確定はしていないが、自分はループしているかもしれない。それはきっとあかり以上にイレギュラーな存在に違いない。

 もし死んでしまっても、まだ次がある。そして、今の碧依には明確に敵がいる。


 拳を握りしめ、前を向く。その瞳には光が戻っていた。


「こっちから怪異に遭う方法はない?」

『急に何を……?』

「ないの?」


 彼女の言葉を聞き、紫音は考えるように沈黙する。


『怪異は突然出会うから分かんねぇな』

「それ自体おかしいんだよ。そこがもう根底からおかしかった」

『どういうことだ?』

「突然出会うから理不尽な災害に思えた。でも実際は人為的に私たちは戦わされてる。じゃあなぜ、エンカウントはランダム?」


 碧依の考えに、紫音が考える素振りをする。


『相手は……長引かせたい?』

「多分そういうことだと思う。“私たちを殺すことが目的じゃない”」


 ぼんやりとしていた輪郭が見えてくる。しかし、あと一歩というところで掴めない。

 情報が足りなさすぎるのだ。


「とにかく明日は一度皆と一緒に行動したほうが良いかもしれない」

『……あぁ、そうしよう』


 その一言で電話が切れた。碧依は携帯を机の上において深く息をつく。

 頬を叩いて、迷いを吹き飛ばした。


 これから先、例え自分が何回死んだとしても必ず前を向く。そう心に誓う。



※※※※※※※※※※



「碧依、本当に大丈夫?」


 運転席に座る姉が、運転しながら話しかけてくる。彼女は珍しいことに、タバコを吸っていない。


「何が?」

「警察、付き添わなくて平気かって」

「全然大丈夫。むしろ、精神が安定してるくらい」


 碧依が笑いながら言うと、姉は少し困惑した顔を浮かべた。

 無理もない、昨日はあれほど弱っていたのだ。しかし今日になったら突然元気になりだした。

 姉目線からすれば、精神的に壊れた人間に見えるだろう。


 本当の理由を言えないことに、心の中で謝った。そして何より、これから自分が死んでしまうかもしれない事実を考えると、心の奥底が痛む。


 姉は雑だが優しい。碧依のことを何より考えてくれている。両親が早くに亡くなった。そして、姉としての責任が彼女をそうさせているのだろう。

 その責任を裏切る形になるのはとてもじゃないが許せない。


 流れていく景色を眺めながら、碧依は姉に気づかれないように拳を握った。

 どこの誰だかわからないけど、こんなことして高みの見物していることが碧依はとても許せなかった。安全圏から人のことを眺めるなど、とてもじゃないがいい趣味だとは思えない。


 あの次元の穴の先にいたのは誰だろうか。宇宙人、異世界人、未来人、地底人、もしくは別の次元の人。色々の可能性を考えるが、答えは出てこない。

 いずれにせよ、目の前に引きずり下ろしてやる。


 碧依に振動を伝えてくる車は、大学病院へと向かっていた。

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