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第十五話

「ちょっと、出てきた瞬間に倒しちゃったらわからないじゃん!」


 静かになった廊下に碧依の声が反響する。紫音の目は、どこか呆れた色を灯していた。


「記憶喪失になって、基本も忘れたか?」

「……どういうこと?」

「怪異に先手を取らせると死ぬぞ」


 その言葉の重みに、足をふらつかせる。確かに怪異になった美鳥には逃げることに必死で先手を取らせてしまった。その結果起こったことは、あかりと碧依の爆死だ。


「でも……」


 納得できないように拳を握りしめて、奥歯をかみしめた。

 言い返せない時点で、紫音のほうが合っていると認めているようなものである。


「取り敢えず、本体を探すぞ。まだ、怪異は終わってないみたいだからな」


 紫音の言う通り、世界の異常は直っていない。三人は切離され、出られなくなっている。

 

 あかりのほうを見ると、彼女は肩を震わせながら周囲を見渡していた。


「あ、碧依ちゃん。これ、何かのドッキリだよね?」

「そうだったらどれだけ良かったかってね」


 自嘲気味に呟き、彼女を真剣な瞳で見つめる。


「あかり、なにがあっても絶対に守るから」


 碧依の真剣さに押されたのか、彼女はコクリと頷いた。


「取り敢えず窓から外を見渡しが、何もねぇな」


 紫音が割り込むように息をつく。碧依も続くようにして、窓の外に視線を向ける。


 広がっていたのは、闇に包まれる街並み。明かり一つない光景はとても奇妙に見えた。何より人の姿が見えない。

 どこか置いていかれたような感覚を受けて、さびしいなと感じる。


 突如鳴り響く、学校のチャイム。半音ズレたそれは、肌を泡立たせるような気味の悪さを与えてくる。


『零時五分になりました。生徒のみんなが登校します』


 放送が聞こえたと思うと、眼の前の窓から市松人形が生えてくる。驚きで身をすくませてから、一歩飛び退いた。


「……なんだこれ?」

「……怖い」


 二人の声が聞こえる。彼女たちに追従するように碧依は周囲を見回す。

 あまりの光景に、思わず目を丸くした。


 市松人形が床、壁、天井すべてからところ狭しと生えている。赤い瞳はこちらを捉えるように見つめていた。

 人形たちが行動を起こす前に、紫音が発砲した。響く轟音と巻き起こる爆炎に、あかりが屈んで悲鳴を上げる。彼女に覆いかぶさるようにして、碧依は守った。


 煙が晴れたあとに見えた景色は、変わらず人形が並んでいる。その一体に、紫音は無遠慮に触れた。


「ちょ、ちょっと何やってるの? さっき怪異は危ないって言ってたよね!?」


 碧依の言葉に、紫音は首を横に振る。


「この人形たちは怪異じゃねぇ」

「……怪異じゃない?」

「壁や天井と同じような物だ。ただ、そこにあるだけのもの」


 紫音の説明が分からず、眉毛を寄せる。するとまた気味の悪いチャイムが鳴り響いた。


『零時十分。最後の一人が登校します』


 直後、市松人形が一斉に嗤い出した。思わず耳を塞ぎたくなるほどけたたましい。


「これでも怪異じゃないって言えるの!?」

「これでも怪異じゃねぇよ! 怪異ってのはもっと直接傷を抉ってくる!」


 確かにこれだと心理的にも物理的にもあまり響かない。精々不快感が増すだけである。


 あかりがふらりと足を崩した。思わず彼女の肩を持つ。


「どうしたの!? あかり!」

「碧依ちゃん……」


 彼女の手は震えている。呼吸は浅い。涙で濡れる顔は、歪んでいる。

 明らかにおかしい彼女に、慌てて体を揺する。


「何かあったの!?」

「碧依ちゃん、私寂しい……。辛い……」


 こんな弱音を吐くあかりは珍しかった。


 突然震えてます彼女を見て、紫音が顎に手を当てている。


「……多分、あかり自体の魔法少女としての資質だな」

「どういうこと!?」

「さっきあかりを握った時、怪異を見たかのような不気味さがあったんだ。もしかしたら、彼女は“怪異に寄り添ってしまうん”じゃないか?」


 それってと言いかけて、言葉を詰まらせる。


 魔法少女は、怪異になる。その怪異に寄り添ってしまう。つまりはあかりは魔法少女としては最悪の能力に目覚めつつあるのではないのだろうか。


 嗤いの合間を引き裂くように、またチャイムが鳴った。

 今度は何と、天井を見上げる。


『零時十五分。生徒が逃げ出します』


 ピタリと嗤い声が止んだ。碧依の心臓はまだ大きく鳴り続けている。

 落ち着かせるように胸に手を置いて、深呼吸する。


「終わったの?」

「なわけねえだろ」

「……だよね」


 苦笑いを浮かべた直後、あかりはその場に倒れ込んだ。

 慌てて抱え起こすと、彼女は浅く呼吸をしている。


「あかり、あかり!」


 肩を揺らしても反応はない。紫音の顔を見やるが、彼女は首を横に振るだけだった。

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