第十四話
一度受けた授業を何で受けないといけないのか。
窓の外の枯れ葉が飛ぶ様子を見て、大きくため息をつく。中学三年生である今は、受験に備えての授業が多かった。
もう一度あの受験を繰り返さなくてはならない。そのことに思い至り、衝撃が走る。
ペンを放り投げ、顔を机に突っ伏した。
「碧依〜。寝るなら、この問題解いてみろ」
顔を上げずに答えると、教師が悔しそうな声を漏らす。クラスメイトたちはどこか感心したように送る拍手が、やけに遠くに聞こえた。
授業はつつがなく終わる。そのことが、自分だけ置いていかれたような寂しさを感じた。
携帯にメッセが届く。視線を向けると、紫音からだった。
廊下の方を見る。彼女がこちらを見やっている。
「ねぇねぇ、碧依ちゃん」
「……ん?」
声をかけられて、初めてあかりが近くにやってきていたことを認識した。
笑顔を取り繕い、耳を傾ける。無理をするように口角を上げた。
「何?」
「大丈夫? 最近顔色が悪いよ……?」
「はは、ちょっとね」
再びあかりに対して誤魔化している自分に、嫌悪感を抱く。心の中で葛藤してから、碧依は立ち上がった。
あかりの手を引いて、廊下の紫音のところまで行く。
「あかり、紹介したい子がいるの」
明るい声をわざと作り、あかりに紫音を会わせる。
「この子は紫音。私たちの後輩」
紫音はあかりの体の隅々まで眺めてから、手を伸ばす。伸ばされたあかりは、明るい笑顔を見せて握り返した。
「紫音ちゃん、よろしくね!」
その言葉に紫音は嫌そうに顔を歪める。慌ててあかりから手を離すと、何か汚いものでも触ったかのように服で拭き始めた。
そのあまりな不躾な行動に、碧依は紫音の耳に口を寄せる。
「どうしたの?」
「い、いや……なんか気味が悪くて」
「……どこが?」
「言葉にできないんだけど、なんか体中を弄られるような感覚があってさ」
その言葉に眉根を寄せてから、碧依はあかりの手を取る。彼女は不思議そうに顔を傾けていたが、特に変わったところは見当たらなかった。
「……たぶん、気のせいだ」
そんな事を言う紫音は、あかりに目を合わせようとしない。
「で、碧依ちゃん。これから何するの?」
「……え?」
「……え? 紫音ちゃんに合わせてくれたってことは何かに誘ってくれるってことだよね?」
「あー……」
どうしよう。そこまでは考えてなかった。
いまだに視線を合わせようとしない紫音の脇腹を軽く小突く。
「ん、そうだな。オレたちちょっと地元の女の子同士でコミュニケーションを測って集まってるんだ。で、碧依から話を聞く限り、あんたを誘ってみてもいいかなって」
くるかという紫音の言葉に、あかりは顔を輝かせる。
「行く行く!」
両手を合わせてその場を飛び跳ねる姿は、年頃の女の子そのものだった。
「ていうか碧依ちゃん。そんな集まりにいつの間に参加してたの?」
「あはは……」
「もう、私に内緒にしてるなんて酷いよぉ」
ぷくぅと顔を膨らませる彼女は、かなり不満げみたいだ。
心の底から聞こえてくるいいよな呑気な奴はという暗い声に、思わず心臓が飛び跳ねた。誤魔化すように苦笑いをしてから、あかりに謝る。
──チリーン。
そんな時、鈴の音が鳴る。
「今のは?」
「……気のせいじゃないな」
碧依の声に紫音が答えた。あかりだけはどうしたのか分からずに首を傾げている。
窓の外の明るさが反転した。教室の中の喧騒が消えた。
温度がさらに冷え、三人の口から白い息が漏れる。
景色が灰色になる。空気が重い。明らかな怪異がやってきた。
「ち、こんなときにかよ」
紫音はすぐさま衣装に変えて武器の拳銃を取り出す。
碧依も遅れずに細剣を取り出して、ドレスを纏った。
「え? なにこれ? ていうか、二人の格好何?」
困惑して見回すあかり。その存在を確かめると、碧依と紫音は同時に息をつく。
「碧依の言ったとおりだったな。あかりは適正者だ」
「……そうじゃなかったらよかったんだけど」
困惑する碧依をできるだけ寄せる。自分の背丈では彼女を完全に隠すことができない。それが悔しくて仕方ない。
「さて、今回はどんな怪異だ?」
紫音が制帽をかぶり直した。深く息をついて、周囲を警戒する。
──カラカラカラ。
そんな、何か引きずるような音が聞こえてきた。
音のする場所は廊下の奥。目を凝らすと、市松人形がゆっくりと迫ってくる。
目の前で停止すると、それは目を赤く光らせてこちらを見つめてきた。
『お姉ちゃんたち。あーそぼ』
聞こえてきたのは、あまりにも幼い声。直後、紫音は人形に向かって銃を放つ。
何かする前に、それは塵となって消えた。




