第十一話
娯楽施設まで向かう間の道。いくつかの交差点を通らなくてはならない。
人通りや車の量は少ないが、それでも赤信号で渡っていいほどすいているわけでもない。
タイミングよく信号に引っかかり、「あちゃ~」と碧依は頭を抑える。横に続くあかりも苦笑した。
目の障がい者用の音楽──「とおりゃんせ」が流れる。その不気味な音程は、いつも身震いしてしまう。
信号待ちの人間が増えていき、皆赤信号が変わるのを待っていた。
「あの子どうしたんだろう?」
あかりの呟きが聞こえる。彼女の視線を追うようにして、交差点の真ん中を見つめた。
そこにいたのは、美鳥だ。彼女はぼーっとするように立ち尽くし、空を眺めていた。
「美鳥!?」
思わず声を出してしまう。
「碧依ちゃん知り合いなの?」
「あ、うん……知り合いの子」
「あの子あそこにいると危ないよ?」
確かに危ない。
しかし、それよりも碧依は気になることがあった。
車が通り続ける道路の真ん中にいるのに、誰も美鳥を見ようとしない。車一台もクラクションさえ鳴らさない。
冷や汗が出る。絶対に何かがおかしい。そして何より、“あかりが認識してしまっていること”が碧依の焦りを加速させる。
「あかり! たぶん、ここから離れたほうがいい!」
「え、なんで? あの子は放っておいていいの?」
「良いから早く!」
あかりの背中を押すようにして、その場をあとにしようとする。
「もう……遅いよ?」
背中が冷えるほどの気味の悪い声だった。耳元で囁かれた感触がある。
思わず交差点に振り返った。
美鳥がこっちを見ている。首を傾けて。
その瞳に射抜かれて、碧依は身震いした。
自動車が彼女の前を通った瞬間。姿が消える。
「とおりゃんせ」の音が、ノイズ混じりに消える。速度を出して走っていた車が急停車する。
この感覚、黄菜の怪異のときと同じだ。自分だけ置いていかれたように、周りの時間が止まる。
オレンジ色に染まりかけた空は、灰色になった。雲はその動きをとめる。
怪異。三回目ともなると、碧依はさすがに分かる。不本意だが。
「……ちっ」
舌打ちして、細剣を取り出した。
「え? どうなってるの?」
そんなとき響き渡るのは、あかりの声。思わずハッとして、彼女の方を見る。あかりは周囲を驚いたように見回していた。
「な、なんで皆止まってるの? 碧依ちゃんのその剣は何?」
奥歯を鳴らす。起きてない予感が当たってしまった。
碧依は急いであかりの肩を掴む。
「とりあえず、逃げてあかり!」
「に、逃げるって何から?」
「良いから早く!」
訳が分からないとでも言うように表情を歪めるあかりの肩を押す。ここから少しでも離れなければと。
『三野原あかり、高校一年生。好きなものは友達とハンバーグ、嫌いなものは幽霊。魔法少女としての適性あり』
淡々と告げるは美鳥のプロファイリング。空間全体から振り注ぐように言う。
『小さい頃から前向きの頑張り屋。特に幼馴染の尾上碧依を慕っている』
「な、何この声?」
「あかり良いから、逃げて!」
力いっぱい押すが、彼女は動かない。まるで地面に縫い付けられたように。
『嫌われたくない一心で、周りにいい子を演じている。しかし、いつも碧依に頼りっぱなしの自分に嫌悪している』
「あかり、力入れて! 動いて!」
「わ、分からないの! な、何故か脚が動かないの!」
彼女の言ってることは本当のようで、いくら力で押してもビクともしなかった。
『友達作りが上手いことを誇りに思っている。しかし、内心では碧依に少し嫉妬している』
「……え?」
あかりからか細い声が漏れる。
『今、動揺したね?』
美鳥のような声が言葉を続けた瞬間──あかりの体が破裂した。血が飛び散り、碧依の体が真っ赤に染まる。
その光景の恐ろしさに、思わず尻もちをついた。
「あ、あかり……?」
さっきまで彼女が立っていた場所には、血の跡しか残されていない。文字通り、跡形もなく消え去ってしまった。
「あかり……? あかりあかりあかり……?」
這い寄るように近づく。彼女の血を、手でかき集める。
「じょ、冗談だよね? あかり……? どこ行っちゃったの……ねぇ?」
瞳が揺れる。碧依の声に、彼女の声は帰ってこない。
『もろいね。人間は心を暴かれると消える』
美鳥のような声を聞きながら、地面に手をついた。拳を握り、顔を涙でぐちゃぐちゃにして。
「あかりを返せ!」
吠えた。しかし、脚はすでに動かなかった。
『残念だけど。碧依もすでに動揺してるんだよ。動揺するってことは、弱みを見せるってこと。私はその弱みを爆発させるの』
宣言が聞こえたと同時に、爆発音が聞こえた。体中が引き裂かれる痛みを感じて、碧依の意識は途絶えた。




