第63夜 ニイタカヤマノボレ
原田節子さんは、確か44歳のはずです。流石に、独身だけあって若く見えます。彼女の病名は、『性依存症』と『アルコール依存症』です。そのため、彼女と親密な関係をもつことは、ダメなのです。事務的な態度で接する必要があります。
今日も、彼女の部屋を見回りがあります。私は、寝ていることを期待して、一番最後に彼女の部屋に行くことにしました。
「今晩は、東條閣下ご機嫌はいかがでしょうか。」
「頗る良い。」
「それは、良かったですね。早速、お話をお願いします。」
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昭和17年1月12日、南部仏印サイゴンの南方軍総司令部では、総司令官寺内寿一、総参謀長塚田攻始め参謀達が、Xデーに備えていた。
海の波浪の様子を見に行った作戦主任参謀の辻正信中佐が、藤原博士を連れて、ブンタウ海岸から戻ってきた。
サイゴン市は、港付近でサイゴン川の川幅が300mから500mあり、水深も11mで大型貨物船も遡行できる。河口は、デルタ地帯が広がり、遠浅の海岸となっているので、自動車では入れない。それで、司令部から20km先のブンタウまで行ったのだ。
「報告。海は昨日の予報どおり荒れています。3・4mの白波が立っていました。」
「そうか。予報どおりか。海南島の三亜からも海が荒れていると連絡があった。」
第25軍(司令官山下奉文中将、参謀長鈴木宗作中将)の輸送船は、1月3日、海南島の三亜に集結しており、X-4日デーにマレー東海岸に進発する手はずになっていた。
藤原博士の予報では、マレー東海岸の天気は、1月12日から15日まで、風雨が強まり、16日から18日までは曇りになり、その後は、また雨になるとのことであった。FN法によりシンゴラ沖の波高は、16日1.5m、17日1m、18日1mと予想された。
総司令官寺内寿一は、決断した。
「よし、予定通り決行しよう。大本営に連絡。作戦命令発令進達。」
直ちに、大本営に暗号文が打たれた。その結果、大本営は、日米交渉が妥結しないと判断し、直ちに第1航空艦隊と南遣艦隊に対して「ニイタカヤマノボレ0116」の電文が発信された。
20隻の陸軍輸送船団は、海軍南遣艦隊に護衛され、三亜を1月12日06:30に出港し、一路、シンゴラまで約2,200km、最高速15ノットで航行していた。上空は、海軍第12航空戦隊とサイゴン飛行場からの陸軍第3飛行集団により、掩護されていた。
南遣艦隊の編成は、第七戦隊:巡洋艦最上・三隈・鈴谷・熊野、第3水雷戦隊軽巡洋艦川内、駆逐艦吹雪・白雪・初雪、駆逐艦叢雲・東雲・白雲、駆逐艦磯波・浦波・敷波・綾波、巡洋艦香椎、海防艦占守、特設砲艦金剛山丸、掃海艇音羽丸、掃海艇留萌丸、第9潜水隊:伊123・伊124 計22隻。
陸軍輸送船隊は、シンゴラ上陸部隊(第五師団主力):竜城丸、佐渡丸、熱田山丸、笹子丸、那古丸、九州丸、香椎丸、関西丸、浅香山丸、青葉山丸 パタニー・タバー上陸部隊(第五師団安藤支隊):宏川丸、金華丸、阿蘇山丸、東山丸、相模丸、鬼怒川丸 コタバル上陸部隊(第十八師団侘美支隊)淡路山丸、綾戸山丸、佐倉丸、合計19隻。
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もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。
続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。




