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黄泉がえりの東條英機  作者: 広田昭和
62/81

第62夜 日米交渉停滞

 昨日、東條閣下の部屋の見回りを終えると、私は原田節子さんの病室に行きました。


「今晩は、原田さん。ご機嫌はいかがでしょうか。」


「ええ、ご機嫌は最高よ。貴方が来ると思うと今夜は寝付けないわ。」


「興奮しては駄目です。」


「あなたのお顔は、私の好みのシュッとすっきりした顔なのよ。」


「そんなことないですよ。」

 私は、すっかり照れてしまった。女性から自分の顔が好きと言われたことは、初めてだった。


「そうね。女優だった時も良い顔立ちの男優はいたけど、バタ臭い顔が多くて、嫌いだった。」


「バタ臭いって?」


「西洋人みたいに彫の深い顔のことよ。」


「僕の顔は、日本的ということですか。」


「そう。細い目で、団子鼻ということではないわ。」


「それは、Disreですか。」


「いえ、本当にスッキリした顔よ。」

 私は、年上の女の圧迫を感じた。私の顔を見つめる彼女に何も言い返せなかった。


「それでは、お休みなさい。」

 フッ。思わずため息を吐いた。そして、彼女の部屋を出た。


「今晩は、東條閣下ご機嫌はいかがでしょうか。」


「頗る良い。」


「それは、良かったですね。早速、お話をお願いします。」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 全権大使として渡米した広田外相は、通常国会のため昭和16年年末に帰国せざるをえなかった。そこで、広田外相の意を受け、野村吉三郎駐米大使は、12月22日、全米記者クラブで会見した。


「本日、お集まりしていただきありがとうございます。集まっていただいたのは、2つのニュースを公表し、His Majesty the Emperor(天皇陛下)が平和を望んでいることをお伝えし、米国民にそれを訴えたいと考えたからであります。」


「質問は、時間を取っていますので、説明のあとにお願いします。」


 「まず、1項目のニュースは、中国国民党蒋介石軍事委員長宛の天皇陛下の親書の公表です。

日本のエンペラーヒロヒトは、対米戦争を望んでおりません。そのことは、11月6日付のルーズベルト米大統領宛のエンペラーヒロヒトの親書に示されております。その内容はすでに各国に公表されていますので、ご存じだと思います。これに対し、米国は、基本的な条件が合意できていないので、平和を望んでいることを行動で示すよう求めました。

そこで、12月20日の蒋介石との会談で手交された中国国民党蒋介石軍事委員長宛のエンペラーヒロヒトの親書を公表いたします。日本国政府は対米戦争、対中戦争を望んでいないことを米国市民にご理解をいただきたい。それでは、親書のコピーをご覧ください。」


 記者たちは、事前に配布されていた親書のコピーに目を通した。


「親書の中で、天皇陛下は、世界のどの地域においても、他国の侵攻を憂慮することなく隣国同士共存でき、そして差別措置や優遇措置などの存在しない通商関係が維持される中で平和がもたらされることを強く望んでおられます。そして、ソ連及びコミンテルンの暗躍により、日中の戦争に火がつけられ、戦火を拡大させてきたことに言及しました。」


 記者たちから、「本当か。」と声が上がる。

「質問は、後で受け付けます。さて、天皇陛下は、アジア諸国において必要なことは、他国の干渉なしに各民族の意志を反映した自主的な政権の誕生とそれらの国家間において、対等な外交並びに平等な通商関係を構築することであると信じていますと親書の終わりを結んでいます。そして、大東亜諸国経済連合構想がこの『暗雲を払拭する方法』であると提案しております。一項目は以上であります。」


「2項目は、アメリカ政府内でコミンテルンないしソ連のスパイが暗躍し、日本の眼が南方進出に向かうような工作をしていたことです。日本でゾルゲ事件と呼ばれるスパイ事件が起き、その捜査の過程で、事件の逮捕者でアメリカ共産党員だった宮城与徳からアメリカ政府の人間をソ連のスパイにする工作が行われ、日本に石油や鉄鉱石・くず鉄の輸出を止めさせ、蘭印、印度シナに侵攻させようとしたとの情報を得ました。以上です。それでは、質問を受け付けます。



その日のうちに、保守系新聞のワシントン・イブニング・スターという夕刊紙が、「合衆国政府に潜むソ連スパイ! 日本人のアメリカ共産党員が暴露!」という見出しの記事を載せた。

翌朝に、ワシントン・ポストを始め大手新聞が、「日本のエンペラーが蒋介石将軍に親書!」「日本のエンペラーは、平和の使者か?悪魔の使者か?」「大東亜諸国経済連合は、民族解放か?日本の侵略か?」という意地の悪い記事を載せた。

野村大使は、蒋介石宛の天皇陛下を含む日本政府の意見広告を新聞各社に載せたので、米国世論に多くの影響を与えた。


日中講和条約交渉は、1941年の年末になるとF・D・ルーズベルト大統領の横槍により中国側が強気になり、駐兵・満州問題に固執し、1941年の年末には停滞するかに見えた。

しかし、年明け8日に満州で油田が発見されると一挙に形勢が変化し、交渉は動き始めた。

 ルーズベルト大統領は、日本が意図的に日中講和交渉を遅らせているとは気が付かず、日米和平交渉をスケジューリング化しないまま放置していた。しかし、日中講和機運の進展を背景に、野党の共和党、孤立主義、平和主義の反戦運動家達による日米交渉継続を訴える世論が高まるとイライラする日が多くなった。

 

 1月9日、ホワイトハウスに、ハル国務長官、ヘンリー・スティムソン陸軍長官、ウィリアム・フランクリン・ノックス海軍長官が揃っていた。満州油田発見の情報は衝撃をもってホワイトハウスに持たされていた。

「ハル君、最近の日本大使館の広報により、反戦活動が高まっているが、どうにかならないかね。」


「大統領、野村大使の動きは止められませんが、新聞社の方はほとんどが民主党よりですので、日本は軍国主義かつ、侵略主義であると反論記事を掲載させております。」


「共和党の馬鹿どもは、日本大使館の意見広告の新聞掲載を許しおって。」


 ここで、スティムソン陸軍長官から発言があった。

「大統領、8日、日本軍機がサイゴン、フーコク島に集結しているとフィリピンの陸軍から報告がありました。これを新聞社に流してはどうでしょうか。」


「飛行機の数はどれくらいかね。」


「サイゴンに500機、フーコク島に400機と推定されます。」


「そんなに多くの航空機が終結しているのか。そうなると、フィリピンの航空機が足りないな。よし、新聞各社にリークしてくれ。やはり、日本軍は中国から撤退した部隊を南方に回している。それで、ハル長官、開戦がいつかは分からないのか。」


「はあ、駐米大使館宛の外交電では、まだ1月下旬としか判明しておりません。すでに、海南島に輸送艦を始めとする船舶が集結しているとの情報もありますから、もう間もなくではないかと思われます。」


「そうか。共和党の平和ボケは日本が戦争の準備をしていることを知らんのだ。いずれにしろ日本が南方侵略して、フィリピンを攻撃すれば分かることだ。しばらく我慢だ。陸軍長官、海軍長官、日本軍の攻撃は近い。太平洋の陸・海軍に警戒態勢を敷くよう命令してくれ。」


「承知しました。」


「ところで、チャーチルから要望があった駆逐艦の貸与はどうなっている。」


「はい、サウサンプトンに8艦、太平洋の方は、シンガポールに2艦、セイロンのトリンコマリーに2艦が到着する頃です。」


「そうか。旧型の駆逐艦でも対潜能力はあるから役立つであろう。」

1922年までに就役したクレムソン級駆逐艦は19艦、コールドウェル級駆逐艦3艦、ウィックス級駆逐艦28艦が、レンド・リース法によりイギリス海軍に貸与され、今回が最後の貸与になる。


「ハル長官、ドイツの状況は、どうかね。」


「はい、12月5日、モスクワ攻略は中止となり、ブラウヒッチュ各元帥、グデーリアン各大将他の将軍更迭を以て作戦は失敗に終わったとのモスクワからの入電がありました。」


「そうか。持ちこたえたか。早く、我が国が参戦しないと英国とソ連だけではヨーロッパの覇権はドイツに奪われる。日本が開戦すればな。」

ルーズベルト大統領のイライラは当分続くのであった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。

 続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。



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