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黄泉がえりの東條英機  作者: 広田昭和
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第64夜 開戦前夜-タイ国-

 昨日、原田節子さんの部屋を見回りした時の話をしましょう。


「黒井さん、遅かったのね。待ちくたびれてしまったわ。」


「先に眠ってしまっても良かったのですよ。」


「私が、この施設に来たか知っていらして?」


「さあ、分かりません。有名な女優さんがどうしてですか。」


「私、子供の頃、義理の父親から性的虐待を受けていたの。それで、性的な関係を持っている時だけ、男の人から大切にされていると感じるようになった。午前中に彼氏とセックスし、午後からは映画監督とセックスしたわ。また、夜はだいたいナンパされた人か、元彼とセックスしていたの。15歳の時からこんな感じで、セックスしてないと自分の中にある空虚感が埋められないわ。そんな空虚感を埋めるために覚えたのがお酒でした。それで、急性すい炎で入院し、回復するとこの病院に転院したのです。」

 

「大変な人生でしたね。父親を恨んでいますか。」


「そうね。義父は、セックスの後はものすごく優しくしてくれたわ。でも、最初は、嫌だったし、嫌がると暴力的になったので、応じたわ。」


「この病院でしっかり治してください。」


「この間のことがあったから、今、気持ちが動揺しているわ。黒井さんが落ち着かせてください。」


昨日は、長居をしたので、『また明日』といってナースセンターに戻った。


「今晩は、東條閣下ご機嫌はいかがでしょうか。」


「頗る良い。」


「それは、良かったですね。早速、お話をお願いします。」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 タイ国日本大使館。日本政府は、マレー侵攻にあたりタイ領内を日本軍が通過することをタイ国に昭和17年1月15日午後を期して、最後通牒を提出する段取りになっていた。16日未明までに日本軍は、タイ領シンゴラ(シンゴラ)に上陸、並行して仏印サイゴン及びタイ湾からバンコクに近衛師団(GD)が進駐する手筈になっていた。そのため坪上大使を特命全権大使に任命していた。


 タイ国が日本軍の進駐に承諾する間、在留邦人に不祥事がおきるか、日泰の戦闘が起きるか予断を許さなかった。

 ところが、15日午前9時頃、交渉相手の当のピブン首相が行方不明になったとの情報がタイ閣僚から大使館にもたらされた。

 

 ピブン首相は、一通の手紙を残していた。それによると1月13日、泰仏印国境画定のため派遣されていたタイ国外務省の課長が、近衛師団の将校により、スパイと判断され事情も身分も糺さずに暴行を受けたという事件が起きた。その上で、日本側の非礼を糾弾していた。


「こんな時に、近衛師団はなんてことをするんだ。」


 坪上特命全権大使は、田村武官に大本営にこの事実を報告し、善後策の指示を頼んだ。その上で、手紙を持ってきた閣僚に依頼をした。


「実は、数時間以内にタイ国の運命を左右する重大な交渉があります。直ちに、ピブン首相の行方を捜索するようお願いいたします。」


「それは、どんなことでしょう。」


「詳しい話はできませんが、国家の一大事ということです。」


 大本営からは、事件が真実ならば、タイ政府に対し陳謝と賠償に関し、最も誠意ある措置を取り、交渉を円満に妥結するよう打電があった。タイ政府との交渉は夕刻になって開始されたが、ピブン首相がいない状況下でこのような重大な交渉はできない旨の回答があった。


 第15軍飯田司令官は、マレー・ビルマ作戦はタイの協力がなければ達成できないと考え、ピブン首相の進駐承諾の回答があるまで近衛師団の進撃を待たせたいと意見具申したが、南方軍司令部の塚田総参謀長は、寺内総司令官の決裁を得て1月16日03:30、第15軍の進撃開始を命じた。

 岩畔豪雄大佐が率いる近衛歩兵第5連隊第1大隊基幹の部隊は、先遣隊としてシエムリアップ付近から1月16日午前7時に前進を起こし、まず国境監視哨を武装解除し、続いてバッタンバン平原に突入し新国境を突破し、シフォンソの旧国境線を突破し、バンコクへの西進を続けた。近衛師団の主力も、トンレサップ湖南方から1月16日払暁、新国境を突破し、バッタンバンを通過し、バンコクへの西進を続けた。吉田支隊は、フーコック島を1月15日出発し、1月16日午前4時、部隊はなんら抵抗を受けることなくバンプー海岸に上陸した。


 一方、ピブン首相は、1月16日午前7時ごろ自動車を飛ばしていた。


「それで如何されますか。」


「日本ばかりに顔を向けているとイギリスから後で抗議が来るからな。」


 東部国境方面のシソフォン付近にピブン首相はいた。電話の相手は外務大臣だった。


「日本軍は未明に進軍を始め、シソフォン旧国境線を突破した。これで、タイは自分から進んで承諾したのではなく、主権を侵害された上で、やむなく承諾したという形が採れる。

私はこれから首相公邸に戻る。」


「すでに、プラチュワップキーリーカンで日本軍が上陸し、死者が出ている模様です。」


「そうか。通り道の国軍基地の司令官に停戦を命じよう。」


 午前9時頃、ようやくバンコクに帰ったピブン首相は、直ちに全軍に対し停戦命令を無線で下達した。

以上の措置を終え、ピブン首相は、坪上大使との会談を内閣庁舎で行った。

 坪上大使は、まず13日のタイ国外務省の課長が、近衛師団の将校に殴打された事件について、陳謝した後、タイ進駐について承諾を迫った。


「日本軍は、マレー独立軍の要請を受け、マレー解放のため奇襲作戦を実行しました。事は秘密を要するので、首相に直接お話し申し上げたいと存じましたが、首相の所在が分からず、やむをえず事後になりました。」


「日本の立場は理解しますが、タイ政府としては、遺憾です。しかし、マレー独立のためとあらば仕方がありません。協力いたしましょう。」


「今や国際情勢は逼迫しております。タイ政府と日本政府との間で、(1)軍隊通過の承認 (2)防守同盟 (3)攻守同盟 (4)三国同盟加入 の4条件の中のいずれかをタイ政府と協定の上、条約を締結したい。」


 ピブン首相は、日本の侵攻が成功するかどうかを見極めたいと考えた。

「それでは、タイ政府は、単純な軍隊通過協定を結びたい。」


 1月16日正午頃、単なる軍隊の通過のみの協定が成立し、午後3時ごろ正式に調印された。

 タイ東部国境から何の抵抗もなくバンコクへの西進を続けていた近衛師団は途中で平和進駐の交渉成立を知ることとなり、引き続きバンコクへの西進を続け、近衛師団先遣隊は1月17日未明バンコクのドンムアン飛行場に到着。飛行場付近で大休止の後、午前11時ごろドンムアン発、バンコク市内ルンピニ公園に前進した。近衛師団(師団長西村琢磨中将)主力も1月17日午後バンコクに入り、飯田第15軍司令官も1月17日午後、別途バンコクに入った。バンプー海岸に上陸後バンコクに急進してラーマ6世橋を占領する任務を帯びていた吉田支隊は、バンコクからの事態の連絡で、バンプーでしばらく前進を待つことになり、ピブン首相の態度判明後、前進し1月17日午後バンコクに到着した。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。

 続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。


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